洗練されたデザインの商品を次々と生み出し、世界中で高い評価を受けている無印良品。
その本部社員の離職率が、ここ5~6年、5%以内を推移しているということを知っているだろうか。
その裏にあるのは、無印良品流の人材育成術。
株式会社良品計画会長の松井忠三氏は、無印良品V字回復の立役者として知られ、「MUJIGRAM」という無印良品に受け継がれる膨大なマニュアルを仕組みとして取り入れたことでも有名である。
そんな松井氏の新刊『無印良品の、人の育て方』(KADOKAWA/刊)でテーマとされているのは、まさに「人材育成」だ。
今回、新刊JPは本書の内容を軸に、無印良品で実践されている人材育成の仕組みについて話を聞いた。
■どうして無印良品の人材育成は成功しているのか?
――この本は、ベストセラーとなった『無印良品は、仕組みが9割』の続編で、無印良品で実践されている人材育成について書かれた一冊です。まず本書を執筆することになった経緯からお聞かせ願えますか?
松井忠三氏(以下敬称略):前作が思っていた以上の方に読んでいただけて、私たちの実践していることにニーズがあることが分かりました。
さらに、それらが少しでも悩んでいる人たちに役立つのならば、という想いから、今回は人材育成、教育という普遍的なテーマで書きました。
育成というテーマは困っていらっしゃる会社も多いと思われる部分です。
私たちも悩みながら一つの結論を出してきたという背景がありますので、その部分も含めて役立ててもらえているのではないかと思っています。
――前著には読者の方々から「実用的な一冊」など好意的な声があがっていました。
松井:組織としての力が強くないと、ライバルには勝てない。だから、「仕組み」をつくることで、一人一人は弱くても、互角に戦える力を組織としてつけていく必要があります。
その源になっている「MUJIGRAM」というマニュアルは、もともと、しまむらを参考にして、無印良品に適応させたものです。
前著ではその「MUJIGRAM」をどのように仕組み化し、PDCAを100%回していったかということを書いたのですが、私は「MUJIGRAM」が現場という範疇に限らない、一つの経営の仕組みだと思っています。
――そんな前著を受けての本書は「人材育成」が一つのテーマです。このテーマで書かれた理由は?
松井:無印良品が一時期経営難に陥った後、様々な経営課題を解決して立ち直っていく中で、企業風土を変えるというのが大きなテーマになりました。その風土を変える上で重要な要素の一つが「人材の育成」でした。 無印良品の人材育成の軸の一つになっているのが、全体最適での人材配置を考える「人材委員会」です。 ここでは、GE(ゼネラル・エレクトリック)の「ナインブロック」という仕組みを参考にしました。良品計画では社員を5つのブロックに分けて配置するように修正しましたが、育成方針の基準となります。 この仕組みはあまり世の中では知られていませんが、どのように社員にキャリアを伸ばしていってもらうかという問題を解決するものですから、人材育成にとっての一つの到達点になっていると思います。 この本を読んでもらえれば、新鮮な驚きを持って受け入れていただけると思いますね。
――「MUJIGRAM」や今おっしゃった「ファイブボックス」に限らず、無印良品で実践されている仕組みは、他の企業を参考にされているものもあります。しかし、普通、他の企業の成功事例をそのまま引っ張ってきても失敗してしまうことが多いと思うのですね。他社の事例を導入するにあたり、気をつけている点はあるのでしょうか。
松井:結局、「木に竹は接げない」ものです。従って、必ず自社流にカスタマイズします。例えば「ファイブボックス」という仕組みがあった場合、これは個別最適にするのではなく、全社的に動かしていくんです。だから、もし会長が変わっても、社長が変わっても、誰が変わっても、議論の内容は残って次に活かされていきます。各部署でそれをやってしまうと、その部署の優秀な社員を異動させたくないとなりますよね。そうなると、無印良品の業務を多角的に見られなくなってしまいます。 無印良品では商品部長と販売部長が代わるとか、管理部長が代わるといったことは日常茶飯事のように起きますが、それは人材委員会という全役員が入っている会議体だから全体調整が容易にできるのです。
――なるほど。
松井:こうすることで、会社の中で最も優先すべき部署に、一番優秀な社員を送り込むことができます。 もちろん、こうした仕組みは他社の事例をそのまま導入したわけではなく、少しずつ、少しずつ実態に合わせて変えていったものです。
――会社の風土を変えて、それを定着させるまでには、相当の大変さがあったと思います。会社が変わってきたという手ごたえを感じたのは、どんなときでしたか?
松井:最初は皆、抵抗していましたね。異動の候補にあげられるのは。その部署の最も優秀な人ではなく、だいたい三番手、四番手なのです。でもこれを許してしまうと、会社の血のめぐりが悪くなってしまいます。だから、優秀な人から異動するというルールをつくりました。 また、これは無印良品の海外展開においても非常に有効でした。海外の市場を拓くには、優秀な人材を送り出す以外に方法はありません。自分の頭で考えて、行動力を持っている人材を送り込む。 そして、例えばロンドンに送り込んだ社員が3年くらい経って、英語で現地の人とやりとりができるようになり、上手くいきはじめる。そこで得た成功体験が日本に帰ってきてからも非常に活きるのです。 結局、納得をしてもらうには、皆がその成功体験を得ることです。効果が出てくれば納得をする。時間がかかるのはその部分だけです。
――無印良品での異動はだいたい3年から5年に一度ほどだと書かれていますが、非常に短いようにも思いました。
松井:一つの目処として置いているのはそのくらいです。3年が過ぎると、「長期滞留者」としてチェックされ、5年が過ぎるとそろそろ異動をさせないとまずいということになります。 本部の部署の中でもシステム開発や経理担当は、専門職である側面もあって頻繁に変えることはできません。ただ、マネージャーは変わります。
――マネージャーが3年から5年ほどで異動になってしまうのはどうしてですか?
松井:一つの場所に長く居続けると、その人ありきで仕事が成り立ってしまうんです。でもそれは健全ではないですよね。仕事に人をつけたほうが、生産性は高くなります。 また、先ほど言ったように、別の部署からの視点を取り入れることで、業務の見え方も変わってくる。そうなると、新しい知恵が出てきて、視野も広くなりますし、風通しの良い組織ができあがります。
――「この仕事をしていたい」という希望についてはどのように対応するのですか?
松井:そういった自己申告も大事ですから、もし申告してくる人がいれば、尊重します。ただ、ずっとその部署に留まると停滞を招いてしまうので、異動してもらうということもあります。
■風通しの良い企業をつくるための“修羅場”とは?
――優秀な社員を海外に送り込むというお話がありましたが、無印良品の海外研修制度はとてもユニークでありながら、過酷だとも思いました。海外に赴任した後にやることを、完全に本人に任せてしまうのはなぜなのでしょうか。
松井:無印良品には約100人の課長がいますが、日本で仕事をしているとどうしても日本ばかり見るようになってしまいます。それに売上の8割以上は国内ですから、海外からの要望に対してはどうしてもおざなりになってしまいます。でも、ご存知のように日本の常識は海外の非常識ですから、その場しのぎの対応では上手くいきません。海外赴任の経験というのはそういうときに活きてくるのです。 ただ、海外に行く際に何を勉強してきてもらうかということは、あらかじめ決めません。本人が何をしたいのかということが第一です。そうなると、彼らは今の自分の仕事と関連する分野で成果を出そうとするのですね。その土地の料理のレシピを探すもよし、出店の準備を進めるもよし、その土地で生活をして得たものを、月に一回、私たち役員の前で報告します。
――社員個人にその土地でやることを任せてしまうのは、よほど信頼をしていないとできないことのように思います。
松井:意外と自分の仕事と全く違うことをする人はいませんね。店舗の開発を担当していた人がいきなりワインの勉強をしたいから、とイタリアに行くといような話はあまりありませんよ(笑)
――海外研修を通して、どのようなことを期待されているのですか?
松井:課題を見つけて、それに対応する力を身につけることです。 ある社員はドイツに赴任したのですが、あまりドイツ語も分からないわけです。そんな中で街頭インタビューをするなどして支店を出すための準備を進めて、実際に支店を出す。そのときにはすでに、ドイツのマーケットについて詳しくなっていて、なおかつ無印良品がドイツに出店している店舗の業務にも好影響を与えています。 実際にこのような海外研修の制度を取り入れてみてからは、予想以上に業務効率が上がっていますね。
――本書の中で出てくる言葉で最も印象的だったのが、「はじめに」で出てくる「修羅場」でした。無印良品には「修羅場」を意図的につくって、社員の成長を促すような仕組みがあります。この「修羅場」とは具体的にどのような経験のことを指すのでしょうか。
松井:いわば「逆境」というべきものですが、自分の思い通りにいかないこと、自分の持っている経験や知識では乗り越えられそうにないことに対峙したときが、成長の大きなチャンスになります。 例えば販売部の課長でずっとトップを走ってきて、順風満帆に仕事をしてきた人が、急にロンドンに赴任することになった。これは一つの修羅場ですよね。英語も覚えなきゃいけないし、実際にロンドンに行っても、ロンドンは多国籍で構成される都市ですから、一人ひとり考え方や価値観も全然違います。日本の価値観をそのまま当てはめても通用しません。その中で、ロンドンで営業部長として事業を進めるにはどうすればいいのか。それまでになかった課題ばかりに向き合うわけです。 こうした体験を乗り越えると、知恵がつきますし、人間としても一皮、二皮もむけます。ずっと日本にいて同じ部署にいると、どうしても停滞してしまい、組織も人も成長しなくなりますし、風通しの良さは失われてしまいます。海外展開をしようとしても上手くいきません。
――確かに現在活躍されている経営者の方々は皆さん必ず逆境体験を持っていらっしゃいます。
松井:大病を患ったり、異国の地で苦労をしたりとか、皆さん必ずそういった体験をお持ちですよね。ただ、その瞬間が最も成長しているときだから、後々になって語られるのでしょう。
――松井さんの修羅場体験を教えていただけますか?
松井:これはですね、西友時代の「幹部研修」ですね(笑)当時、総合スーパー業界そのものの業績が大きく下降している時期でして、西友も他の会社の例に漏れず、経営の立て直しが急務になっていました。そのとき、私は人事部にいたのですが、「社員の意識改革は人事部の仕事だから」ということで、それを一手に引き受けることになったんです。 そこで私は研修会社で実践されている教育プログラムを見て、一番ハードなものを取り入れようと思いました。「センシティブ・トレーニング」というもので、一時間ほどの性格診断テストを行って、それぞれが会社の現状を分析し、どのようにすべきかの提言をするというものです。そして、二泊三日の研修ではチームを組んで、その人の分析や提言を好き放題に指摘するんです。本人はその意見を受け取って反省をしていく、と。 このトレーニングを部長クラス以上のマネージャー全員を対象に行いました。これは嫌な研修ですよ、自分の欠点をひたすら指摘されて、説教されるのですから。 ただ、結論からいうと、意識改革はできなかったんです。「なんでこんなことをやったんだ」と怒られましたし、その後もいろいろなプログラムを実践しましたけど、成果が出なかった。当時の社長からは「ここまで頑張ったからいいだろう」とねぎらいの言葉をいただきましたが、そのときは修羅場でしたね。そんなことをたくさん経験しました。そこで私は、教育で経営改革はできないことを理解しました。
――松井さんが影響を受けた本を一冊、ご紹介いただけますか?
松井:『経営は「実行」』(日本経済新聞社/刊)ですね。2003年に日本でも出版されましたが、もともとはアメリカのベストセラーでした。 リーダーの仕事は実行することだということが書かれていて、計画することではないんです。自分の経験に落とし込みながら読んでいって、とても納得できた一冊でしたね、意外と実行を疎かにしている会社は多いのかもしれません。それはセゾンの文化とよく似ていて、セゾングループが解体したのも計画を実行に移せなかったからというところが一つの原因になっていると思います。
―最後に、『無印良品の、人の育て方』をどのような方に読んでほしいとお考えですか?
松井:あげるならば、若いビジネスパーソン、管理職になりたての人には特に読んでほしいですね。壁にぶつかることもあると思いますが、それを乗り越えるためのヒントになると思います。また、経営者の方にもこの本に書かれていることは幅広く理解いただけるんじゃないかなと考えています。
1949年、静岡県生まれ。株式会社良品計画会長。 73年、東京教育大学(現・筑波大学)体育学部卒業後、西友ストアー(現・西友)入社。92年良品計画へ。総務人事部長、無印良品事業部長を経て、2001年社長に就任。赤字状態の組織を“風土”から改革し、業績のV字回復・右肩上がりの成長に向け尽力。07年には過去最高売上高(当時)となる1620億円を達成した。08年より現職に就き、組織の「仕組みづくり」を継続している。 著書に、ベストセラーとなった『無印良品は、仕組みが9割』がある。