■日本企業がイノベーションをもたらすために不足しているものとは?
――『無印良品の「あれ」は決して安くないのに なぜ飛ぶように売れるのか?』はどうして日本発のヒット商品が少なくなりつつあるのか、どのようにすればヒットが生まれるのかということがシンプルな形で提示されていて、非常に参考になる一冊です。
ただ、この「コンセプト」という言葉をしっかりと理解することが大事なのですが、コンセプトを広告業界の人や企画、クリエイティブに携わっている人以外に説明するのはかなり難しいのではないかと思いました。
江上:コンセプトを辞書で開くと「概念」と書かれています。でも、なんだか分からないですよね?僕自身も「コンセプトとは一体なんだろう」というのが、ずっと頭にありました。どの説明でもなかなかしっくりこなかったんです。ただ、経験的にコンセプトというのは一種の道具で、ぼんやり集まっている様々な要素を貫いてまとめる言葉なんです。
この本では、なかなか上手く説明できないなりに「目的を達成するための原理・原則を短く表現した言葉」として規定しました。でも、これだけでは分かりにくいというところで、豊富な具体例を載せています。この本は、誰でも作れるようにという前提で、コンセプトの作り方をひもといたものなんです。
――確かに本書には、タイトルになっている無印良品をはじめアップルやアスクル、スターバックスなどたくさんの事例が出てきますね。iPodの「1,000 songs in your pocket.」は非常に印象的なコンセプトです。でも、自分事になると難しくなります。
江上:僕はブランド・マネージャー認定協会というところでブランド作りを教えているのですが、ブランドのコンセプトを作るところで受講生の皆さんが躓いてしまうんです。コンセプトが上手く作れない、と。
本書では、コンセプトを作るための様々な方法の中から、一番オーソドックスなやり方を取り上げているのですが、基本からスタートするので、SWOT分析などマーケティングで普通に使われる手法もたくさん出てくるし、職種によっては当たり前のことが淡々と書かれています。広告業界の方や企画・開発部門ではない人がコンセプトを作れるようにする上で一番間違いない方法をピックアップしました。
――どのヒット商品、成長企業にも一言で言い表すことができるコンセプトがありますよね。その意味では、やはりどの企業でもコンセプトを作る力が必要だと思うのですが、これは広告業界の方々が得意としているコピーライティングに通じるものがあるように思います。
江上:それはあるかもしれませんね。得意かどうかは人によるけれど、コピーを作ることも大事な仕事の一つですから。
――江上さんはアサツーディ・ケイのご出身で、クリエイティブ・ディレクターとして活躍されていますが、具体的にコピーを考えたりアイデアを生み出したりするために、普段から訓練はされているのですか?
江上:僕らが「広告のアイデアを考える」のって、つまりは「切り口を考える」ということなんですね。広告の切り口、事業の切り口…コンセプトの、ある意味での分かりやすい言い換えでもありますね、切り口は。
もともと僕らは、こうした切り口を日常的にたくさん考えさせられるんです。一つのキャッチフレーズを考えるだけでも、切り口をまず10個くらい考えて、そのうちの1個の切り口ごとに10個ずつフレーズを作っていく。そうすれば100個フレーズができますよね。そういう訓練をしているので、逆に一番良い切り口はどれかということが、キャッチフレーズを出すことで分かってきたりもするんです。
――普段そういった仕事をしていない人にとっては、フレーズを作るのはかなり難しいのではないでしょうか。
江上:そうなんですよね。だから、本書ではそれとは逆の、文章を作って、そこから削ってコンセプトを作っていくというやり方を載せています。コピーライターはさっき言ったようなやり方をしますが、慣れていない人はこの本で書かれているやり方がやりやすいと思います。
――日本人はコンセプトを作りだすのが苦手だという指摘とともにあったのが、日本は「型」に従って物を生みだす文化が根付いているということです。確かに「動きが遅い」「イノベーションを起こしにくい」という傾向が日本の企業にはありますが、それも「型」に捉われ過ぎている部分が影響しているのでしょうね。
江上:「型」を覚えることは良いことなんですが、日本人は戦略的に動くのが苦手な傾向がありますよね。逆に欧米はコンセプトを作ったり、概念的に考えたり、さらに大きな戦略を描くのが得意だと思います。それはやはり、国と国が陸でつながっていて、山脈を隔てれば言葉や人種が違うという環境があって、その中でどう動くかという戦略を立てないと不利益を被る背景があるからでしょう。
ただ、日本人がまったく戦略を作れないかというとそうではなく、織田信長も徳川家康も戦略を持っていたと思うんです。ただ小さな島国だから、戦略的に動かなくてもなんとかなってきたんではないかと思います。
――日本においても、「大きな戦略」を考えられた人が、偉業を達成してきた、日本を変えてきたという側面もありそうですね。
江上:確かに、それはあるでしょうね。
――本書では豊富な事例が載っていますが、書籍タイトルをはじめとして、表紙のイメージも事例の一つである無印良品がフィーチャーされているのはなぜなのですか?
江上:これは編集者と相談した上でこのような形になりました(笑)無印良品は昔から広告業界の中でも注目されていて、成功しているブランドとして有名でしたから。
コンセプトの作り方を解説している本ですが、「コンセプト」をタイトルで使ってしまうと誰も手にとってくれなくなるのではないかということで、誰でも知っているブランドをタイトルに入れることになったのです。
――本のタイトルもコンセプトですよね。『無印良品の「あれ」は決して安くないのに なぜ飛ぶように売れるのか?』というのも一つの切り口ですし。
江上:一種の戦略ですよね。実は、僕はこのタイトルでいいのか最後まで悩んでいて(笑)僕の出したタイトルには「コンセプト」という言葉を入れていたのですが、知り合いの作家さんにもアドバイスをいただいて。今ではこのタイトルで良かったと思っています。
――江上さんは現在、ブランド・コンサルタントとしてご活躍されていますが、どうしてその道に入ったのですか?
江上:先ほども言いましたけど、僕はアサツーディ・ケイの出身で20年近く勤めていたのですが、クリエイティブ・ディレクターの仕事って、クライアントの課題を広告で解決したり、コミュニケーションの施策で解決するということなんですね。それって、実は半分、ブランド・コンサルタントの仕事でもあるんです。だから、これまでやってきた仕事の発展形と言えます。
――仕事の中で様々なクライアントさんのお話をうかがうと思うのですが、ブランドを立ち上げる際に、「こうあるべき」「こうなんだ」という思い込みが必ずあると思います。その思い込みをどのように外していくのですか?
江上:そうですね、思い込みはあります。そのときは、一つは客観性に基づいた新しい切り口をいくつか提示します。あとは、ブランディング・セッションといって、例えば小さい企業ならば、その経営者の幼い頃からのストーリーを全部掘り起こしていきます。
――人となりを掘り下げていくのですね。
江上:経営者の人となりがベースになって企業はできています。それを聞いておかないと、切り口を考えることも難しいですし、ブランドの全体像も整理できないんです。想いを聞くことは大事ですね。
■衝撃的だった「ウォークマンの登場」
――最近の企業や商品でコンセプトをうまく使うことができていると思ったものはありますか?
江上:そうですね、意外と小さな企業に多いように思います。彼らは「コンセプト」についてはおそらく意識していないのでしょうけど、きちんとコンセプト作りができている。例えば「らでぃっしゅぼーや」という有機栽培や無添加食品の宅配サービスをしている会社ですね。ここはNTTドコモの子会社なのですが、とても上手にコンセプトを使っています。非常にブレにくいんですね、コンセプトをしっかりと使えていると。でも、そのコンセプトを表に出さない企業も多いんです。
――その企業の中の人たちも、自分たちがコンセプトを作っているということに気づいていないからですか?
江上:そういう社風やカルチャーであるという側面が強いと思いますね。コンセプトを作って、使っているけれど、それほど表立って出さない企業も多いです。
――この本の中で取り上げられていたアップルのiPodと、ソニーのウォークマンの事例は大変分かりやすかったです。
江上:最初にウォークマンが出てきたのが1979年くらいですが、僕は非常に衝撃を受けたんですよ。それまでは録音機能があるのが当たり前で、聴くだけのプレーヤーなんて市場になかったんですよ。でも、借りてテープを聴いてみてビックリ。当時の常識としては有り得ないくらい音質が良かったんです。しかも、その音質の良さと、その音質で自分の好きな音楽を持ち歩けるという体験を一度してしまうと、もう以前の環境に戻れなくなってしまう。
iPodもすごいけれど、個人的にはウォークマンの方が革新的だったと思います。音楽を外に持ち出すというコンセプトは、その後に続く携帯音楽プレーヤーの先駆けになったわけですから。その前って、大きなラジカセを肩で担いで外に持ち出していたわけですからね。単1電池を10個くらい使って。
――iPodがすごい部分の一つはデジタル化と曲数の拡大ですね。
江上:iPodは、iTunesやアップルストアと合わせて、その中で全て出来てしまうという仕組みを作ったことがすごいですね。もちろんiPhoneも。アップルのすごさは、既存の技術を組み合わせて、イノベーションを起こすことです。ユーザーにとって素晴らしいものを作るというスティーブ・ジョブズの哲学なのでしょうけど、それを徹底してやっているように思います。
――本書の中のトヨタのレクサスの事例の部分で、トヨタの自動車づくりがあれほど真似され、研究されてもなかなか追いつかれないのは見えない強みがあるからだと書かれていましたが、そういう強みは大切ですよね。
江上:見えない強みは、社風やカルチャーによって生まれます。それは制度化することによって作りだすことが可能です。以前聞いた話で印象的だったのは、アメリカのとある企業では、仕事で失敗するとペナルティボックスに入れられるのだそうです。しかし、昇進する人は一度ペナルティボックスに入れられた経験がある人じゃないとダメなんだそうです(笑) つまり、チャレンジをさせる風土を作って、企業を活性化させているんです。
――日本では逆ですよね。
江上:そうですよね。ペナルティボックスに入れられたら、逆に昇進できなくなってしまう企業が多すぎる。笑えるほど、そういう企業が多い。
――そうした社風やカルチャーが見えない強みになって、コンセプト作りにつながるのですね。では、コンセプト作りは、いわゆる自分たちのことをよく知ることからスタートすると考えられますね。
江上:すごく大事なことですね。インタビューで経営者や企業のことを掘り下げていくと、見えないカルチャーが出てくるものです。
だからブランド作りのお手伝いをすると、どうしてもクリエイター的というよりコンサルタント的になってしまうんですよ。オーダーメイドの服を作るのと一緒で、相手を知らなければブランドもコンセプトも作ることができませんから。
――ブランド・コンサルタントとして企業のお手伝いをする中で、何か変化みたいなものは感じますか?
江上:企業自体が公共的な存在だという価値観が前面に出てきているように思います。儲かれば良いではなく、どれだけ社会に寄与できているかを意識する企業が増えてきました。
――もしよろしければ、本書の他にコンセプト作りに役立つ本をご紹介いただけますか?
江上:この本を書く上でとても役立ったのが『失敗の本質』と『「超」入門 失敗の本質』です。『失敗の本質』は、いわゆる名著で、日本軍がどうして戦争で負けてしまったのかということを研究しているのですが、型の考え方、コンセプトの考え方をまとめるのに非常に参考になりました。また、あとがきの部分で今の日本の進路に対して熱く語っていますけれど(笑)そのフックになったのも、この2冊ですね。
『失敗の本質』の著者の一人の野中郁次郎さんは世界的な経営学者としても活躍されていますが、経営やマーケティングと戦争は不思議なことに相通じるものがあります。たぶん、そういう意味で立ったのかもしれません。
――確かに孫子の『兵法』なんかも、経営者の方々から読まれていますよね。
江上:読んでいますよね。人事の要締を書いた『貞観政要』などは経営者の参考になると言われています。
――では、江上さんがこれまでに読んできた本で特に影響を受けた作品はなんですか?
江上:うーん、これは難しいですね…(笑)本よりは雑誌に強く影響を受けています。『宝島』という雑誌で、今でもありますけど、僕が影響を受けた1974年、75年頃は今とは内容が全く違います。当時、北山耕平さんという日本にヒッピー文化を紹介した人が編集長をされていて、その直前は植草甚一さんというジャズや欧米文学に詳しい若者に人気の方が編集顧問をされていました。当時僕は高校生でしたが、やはり10代の頃に熱心に読んだ雑誌には考え方も含め相当影響されていますね。
――本書をどのような方に読んで欲しいとお考えですか?
江上:20代、30代くらいの若いビジネスパーソンに読んでほしいです。これから日本を作っていく人たちに、コンセプト作りができるようになってほしいですね。ガンガン挑戦して、日本をかき回してください。
――では、このインタビューの読者の皆さまにメッセージをお願いします。
江上:この本は、専門職以外の人でもコンセプトを作れる、コンセプトを使えるようになるということを意識して書きました。もし手に取っていただいたら、ぜひ活用して下さい。読んで終わりではなく、使って活きてくる本なので(笑)
(了)
ブランド・コンサルタント/クリエイティブ・ディレクター
有限会社ココカラ 代表取締役
デキル。株式会社 取締役
長崎県五島列島の大自然の中で伸び伸びと育つも、父親の事業失敗により愛知県へ転居する。
大学卒業後、プロミュージシャンを目指したが挫折。しかし、それが幸いしてコピーライターに。
その後20年近く大手広告代理店でコピーライター及びクリエイティブ・ディレクターとして、さまざまな業種の広告とブランド構築にかかわり、コンセプト力を磨く。2005年独立後はブランド・コンサルタント、クリエイティブ・ディレクターとして、数億から50億、100億単位の広告制作やブランド運営にかかわっている。最近では、誰もがイノベーションを起こせるようにするスキルの開発や、地方自治体イベント・自治体首長のマニュフェストづくりに参加するなど活動の幅を広げている。主な受賞歴に朝日広告賞、日経広告賞グランプリ・優秀賞、日経金融広告賞最高賞、日本雑誌広告賞、東京コピーライターズクラブ新人賞などがある。