仕事の悩みに恋の悩み、たくさんの悩みを抱えながら生きる私たちですが、家族や友達のちょっとした一言で、気持ちが楽になることがあります。
そんな、重くなった心を軽くする言葉をくれるのが、歌舞伎役者・市川左團次さんの著書『夢を見ない、悩まない 市川左團次』(サイゾー/刊)です。
年齢も性別も様々な方々から寄せられた悩み事に、左團次さんがひとつひとつアドバイスしていく本書は、同氏のほんわかとした語り口もあって独特の不思議な味わいがあります。
今回はそんな左團次さんにお話をうかがい、「悩みがない」というご自身の人生観や生き方について、話題の趣味の話などに脱線しながらも語っていただきました。
― 左團次さんの著書『夢を見ない、悩まない 市川左團次』についてお話をうかがえればと思いますが、失礼ながら左團次さんと「悩み相談」というのが結びつきませんでした。
本人もそう思っていますよ(笑) 僕は全然悩まないので、こんな人間に他人の悩みがわかるわけないじゃないかと。
― 本の中でも「悩みがない」と書かれていましたね。本当に全然悩みがないんですか。
悩まないですね。今に始まったことではなくて、若い頃からそうなんです。
― 本書では、様々な悩みに対してアドバイスをされている左團次さんですが、ご本人がこれほど悩まないとなると、悩みがある方々のことは理解しがたいのではないですか?
先に進むステップになるのであれば、悩むことはいいことなのではないかと思っていますよ。僕みたいに何にも悩みがないのでは、先に進みようがないじゃないですか。
― 悩むことだけでなく、怒ることもないというお話を聞きました。
怒ることもないです。嫌なことがないわけではないんですけど……。おもしろくないことがあっても、自分が我慢することで周りの人が一日楽しく過ごせるのであればそれでいいじゃないかという考え方です。
怒ったら向こうは嫌な気持ちになるし、自分も嫌な気持ちが残ります。それならば我慢したほうがいいという考え方です。親父(三代目 市川左團次氏)も怒らない人でしたから、その性格を受け継いだのかもしれませんね。
― かなり周りのことを考えていらっしゃるんですね。そういった性格のせいか、本の中のどのアドバイスにも不思議なあたたかみがあります。
そんなもんないよ(笑) 周りのことも考えてないし……。
― 左團次さんのもとに寄せられた様々な悩み相談のなかでも、恋愛や結婚についての悩みが特に多かった気がします。こういった悩みとも、やはり無縁でしたか?
悩みというほどのものでもないのですが、女性に対して一歩引いてしまうというのはあります。
僕らの商売は名古屋だとか大阪だとかあちこちに行くんですが、そうすると先々で女性のいる店に連れて行ってくださる方がいまして、そのお店でお花などの戴き物をすることもあります。そうなると、お返しはどうしようと考えるんですけど、お菓子をあげるわけにもいきませんから、お礼代わりにまたその店に行こうとなる。そうやってだんだん関係ができて、通うようになってくると、お気に入りの女性ができて、人によっては「今晩つきあえよ」ということになるわけです。これが僕はできない。
僕の同級生を見ると、ちょっとお酒が入るとお尻をさわったりおっぱいを触ったりする人はいますよ。僕も人に負けないくらいスケベですからね、「いいなあ、俺も触りたいなあ……」と思うんだけど、こういう性格もあるしお酒が飲めないから触れないですね。シラフだから「何すんのよ!」と怒らせてしまってもお酒を言い訳にできないじゃないですか。
― 周りの歌舞伎役者の方は、そのあたりについてはいかがですか?
「ファンです」っていう女性は寄ってきますからモテるといえばモテますね。
― 左團次さんもかなりモテたのではないかと思うのですが……。
いや、モテてなかったんじゃないかな。何というか「硬派」とか「暴れん坊」みたいな感じが好きだったから、あんまり女性と付き合ってないんですよ。かといって硬派になりきれてもいなかったんだけど。
― 悩みのお話に戻りますが、本の中にも登場する市川左升さんや市川蔦之助さんといったお弟子さんの相談に乗ることはありますか?
僕があんまり口をきかないからね(笑) 向こうからしたら話しかけても返事もしない人だと思ってるんじゃないですかね。一応、毎日一緒にいますが稽古なんてしませんし、話す時はほとんど雑談です。
― となると、歌舞伎役者の子弟関係というのはどのようなものになるのでしょうか。演技について細かく教えたりするのかと思っていました。
そんなこと全然しません(笑) 僕が衣装を着る時に手伝ってくれるとか、合引(舞台で使う腰掛けのこと)に座る時に後ろで合図をしてくれたりはしますが。
― そういうことをしながら歌舞伎の所作を学んでいくということでしょうか。
そういうところはあるでしょうね。ただ、なんとなく「僕が教えてもしょうがない」というのがある。
― そんなことはないでしょう。60年以上の芸歴があるわけですから。
おかげ様で、「明日が初日」と突然言われてもできるような、手慣れた仕事が増えて、演技には何の不安もなくなっています。でも、気づいたら僕も歌舞伎の世界でも上から数えて5番目の歳ですからね、下の世代といってももう皆さん芸歴を積んだ一流の方ばかりです。そこに僕がああだこうだと教えるのはおこがましいですよ。
― 歌舞伎役者の方には「遊び上手」というイメージがあって、同じ男性として憧れるところがあります。「かっこいい遊び方」「粋な遊び方」について教えていただけませんか?
粋でも遊び上手でもないと思いますけどね(笑) 昔は歌舞伎俳優もそうですけど、お客さんの中にも遊ぶ場所が花柳界しかないという方が多かったんですよ。だから、そういうお客さんに呼ばれると必ず芸者遊びをするようなお店に行くわけです。そうするとだんだん顔馴染みになって、芸者さんがこちらの舞台を観に来てくれるようになったり、そのお返しにまたお店に行ったりということで、花柳界と歌舞伎の世界は密接な関係があったんです。「粋」とか「遊び上手」っていうのは当時のイメージが残っているんでしょうけども、どれが粋な遊び方かというと全然わからないですね……。
― 上の世代でかっこいいと思った役者さんはいましたか?
紳士然としていたのは、今の尾上菊五郎さんのお父さんの七代目 尾上梅幸のおじさんとか、うちの親父ですかね。
おじさんには「おまえ、どこで人が見ているかわからないよ、Tシャツ一枚で出歩いていたら“あの役者は街の小僧っ子と一緒だよ”と言われるよ」と言われていました。
お客さんや先輩に急に呼ばれてご飯に誘われたりすることもあるんだから、そんな時でも困らないようにどこに行くにも必ずジャケットを羽織りなさいよ、ということですね。身だしなみについてはよく言われていました。
― 顔が知られてしまっていますし、変な格好はできませんからね……。
実際はそんなに知られていませんよ。外を歩いていると「どこの道端の石ころだ」ってなものです。ただ、以前住んでいた浅草でビデオ屋さんのアダルトビデオコーナーに入った時にはこんなことがありました。気に入った作品をレジに持っていったんですけど、対応してくれた店員が「今月は浅草にご出演ですか?」なんて言うわけです。顔を知ってるならアダルトビデオコーナーに入る前に声をかけて欲しいですよね。一度目の前を通ってるわけですから。そうすればもっとちゃんとした映画を借りたのに……。
― それは恥ずかしい……。左團次さんのSM好きはバラエティ番組で取り上げられて話題になっていましたが、昔からお好きなんですか?
そうですね。最初は普通にアダルトビデオを借りていたんですけど、どれも結局やることは一緒ですから飽きてしまったんです。そんな時にSMというコーナーを見つけて、試しに借りてみたらこれが面白くて・・・。
― そういうお店に行かれたこともあるんですか?
公演で京都に行った時に、お囃子さん(歌舞伎の舞台で鼓を打つ役割の人)から、祇園にSMスナックがあって、そこの女王様が僕のファンだということを聞いたものですから、じゃあということで、一人で行ったんです。そこで頼まれたのでお店の壁にサインをしたんですけど、後日また行ってSMショーを見たら、専用の器具に女性が縛られて吊るし上げられている。その時は隠れているんですけど、ショーが終わって女の子を下す時に、大きく「市川左團次」というサインが現れるという。それは本当に参りましたね。
― 世間体をあまり気になされないというお話を聞いたことがあります。
あまり考えません(笑) さっきのアダルトビデオのお話にしても、本当は「俺のお金で俺の好きなものを借りて何が悪いんだ」という考えです。
― 左團次さんといえば、以前出演されたバラエティで「キティちゃん」のパンツを披露されていましたが、今日のパンツは……。
今日はミッキーですね。このあいだ、誕生日(11月12日)に歌舞伎座にいたら、いろんな人がプレゼントをくださったんですが、みんなパンツでしたね。しまう場所がないって家で怒られてしまいました。
― 最後になりますが、悩みがあるせいで元気が出ない方々にメッセージをお願いできればと思います。
これはどう言ったものかすごく難しいのですが、悩むことで先に進めるのであれば、悩んでもいいと思います。でも、悩みに負けてしまうようだったら悩んでもしょうがないというか、気楽に生きていった方がいいと思います。
悩まないほうがいいよっていうのもおかしな話ですけど、僕もいろいろありつつ気楽に生きてきて、案外どうにかなってきていますからね。
(新刊JP編集部)
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