―本書『お話はよく伺っております』は、能町さんが喫茶店や電車の中など、人の集まる場所で盗み聞きしたエピソードを取り上げたエッセイ集になっています。思わずクスッと笑ってしまうような会話や出来事が多く掲載されていますが、こういったお話は能町さんの方がいつも聞き耳を立てているんですか、 それとも、たまたまそういう場面に遭遇してしまうのでしょうか?
能町「日頃から聞き耳を立てていますね。みんなが聞いていないだけで、普段から聞き耳を立てていればいろんな話が聞こえてくると思います。人の話を盗み聞いて、おもしろかったら書きとめたりするのが好きなんですよ。でも、そういう場所を目指してわざわざ出向いているわけじゃないです。たまたま隣にいた人とかの話を聞いてしまうだけで」
―喫茶店などでつい聞き耳を立ててしまうと、そのお話は最後まで聞いてしまうんですか?
能町「そうですね。長い時は2~3時間聞いていたこともあったと思います。向こうが出て行かなければずっと。聞き取りにくかったりするので、ところどころわからない部分もあるんですけど。この本の「甘酸っぱい歌舞伎町 午前4時」の男女のエピソードは、深夜3時くらいから朝方まで2時間くらい聞いていました(笑)」
―ちなみに能町さんはなんでそんな時間に喫茶店にいたんですか?
能町「仕事をしていました。間に合わない締め切りを喫茶店でやっていたんです。喫茶店で仕事をすることが多いので、この本のエピソードも喫茶店で聞いたものが結構多いですね」
―本書は雑誌『Soup.』で連載しているコラムを書籍化したものですが、この連載が始まったいきさつはどのようなものだったのでしょうか?
能町「まだ雑誌連載を一つも持っていなかった時期に、『Soup.』の編集長の方に“来月号から空くページがあるから何かやりませんか”って言っていただいたんです。内容などは何も決まっていなかったのでゼロからの打ち合わせだったんですけど、会って10分か15分くらいで“いつも盗み聞きしてるからそういうのをやりたいです”って言って(笑)。向こうも“じゃ、それでいいです”ってことですぐに決まりました」
―“盗み聞き”というとあまりお行儀のいい趣味とは言えませんが、バレないぶんには楽しそうですよね。自分もやってみたいという初心者のために“盗み聞き”のコツがありましたら教えていただけませんか?
能町「リアルな話ですけど、相手の方を見ないことですね。あと、会話の内容をメモするなら、見るのと書くのが同時にならないように(笑)。私は喫茶店で仕事をしている時などは、聞こえてきた会話の内容をついパソコンにメモしちゃうんですけど、相手の方を見ながらキーを打ってると明らかに怪しいじゃないですか。だから、あくまで仕事をしていることを装ってます。それと、誰かの話をこっそり聞くならチェーン店より個人経営の喫茶店の方がおもしろいんじゃないかと思いますね」
―実際に会話を聞く前から、おもしろいことを話しそうだと予感するような人はいますか?
能町「あー…。年齢でいうと上の方ですかね、おばあちゃんとか。何回話がループするか数えたり…。同年代はあまりおもしろくなくて、普通の人が多いです。経験的にお年寄りか若い子がおもしろい気がしますね。幼稚園児の女の子とかは本当におもしろいんですけど、めったに会わないんですよね。あと小学生の男の子もいいですよ。盛り上がっているんですけど、全然会話になってなかったり…(笑)」
―どういう時に聞き耳を立てたくなるんですか?
能町「気まずそうだと聞きたくなりますね。さして仲の良くない人がたまたま一緒になってしまっている時とか。そういう気まずい雰囲気がわかると相当おもしろいです。どっちもすごいギャルなのに全然仲良くなさそうで、今日初めて会ったような感じだったりとか。 本に書いたお話なんですけど、50代くらいの男女が、“この人たちは付き合いたいのか?”と思ってしまうような雰囲気で会話をしていたんです。男性は口説いている風なんですけど、話題が人身事故だったりちょっとおかしいんですよ。それを女の人も特にひくわけでもなく、かといって盛り上がるでもなく淡々と聞いているっていう」
―確かに、さして親しくない人と何かのタイミングで一緒に行動せざるを得ないタイミングってありますね。そういう時の会話って傍から見たらやっぱりどこか変なんですね。
能町「ありますよね。気まずさが伝わってきます」
―さきほど気まずい雰囲気の人たちがいると話をこっそり聞きたくなるとおっしゃっていましたが、他におもしろいと思うツボはありますか?
能町「友達にいないタイプの口調の人は気になります。すごく演技じみた口調の人とか、一人で突っ走ってしまって周りが全然ついてこれていない人だとか、そういう人を見るとメモしたくなりますね。あとはテンションがやたらに高い人はおもしろいです。自分が話すとしたら面倒くさいんでしょうけど(笑)」
―個人的に、うっかり言った一言から占い師がピンチに陥る「冷や汗占い」のエピソードが好きなのですが、あれはどこで遭遇した出来事なのでしょうか。
能町「あれは若松河田のタリーズです。今思い返すと、この本に載っているお話を聞いた場所って結構覚えているんですよ。(本を開いて)これは飯田橋のモスバーガーで、これは家の近所のマンヂウカフェ…これは新宿のパークタワーに行くバスの中、これは下北沢のオオゼキっていうスーパー(笑)。もうかなり前のことなんですけど結構憶えているもんですね」
―この本で取り上げているエピソードには、大別して出来事や会話自体がおもしろいパターンと、会話の中で能町さんがたまたま耳にした断片の部分がおもしろいパターンがあるように思いました。個人的には後者の方が奇跡的な感じがして好きです。
能町「割とそっちが企画の最初のアイデアに近いと思います。何の会話の断片だかわからないものを想像で補ってみるとか、そういうことを元々は考えていたような気がします」
―また、出来事や会話自体はさほど変わったものでなくても、能町さんがおもしろく書いているとも言えると思います。普段エッセイを書く時にどんなことを意識されていますか?
能町「文章を音読した時のリズムとか間ですかね。そういうのは大事なんじゃないかと自分では思っているので、句読点と改行には気をつかっています。あと、見た目もリズムの一種だと思っていて、同じ字でも漢字にしたりひらがなにしたりと変化をつけています」
―エッセイスト、ライターとして活躍されている能町さんですが、文章を書く仕事をするようになったきっかけは何だったのでしょうか?
能町「2005年から『オカマだけどOLやってます。』っていうブログを書いていたんですけど、それは最初から本にする気満々だったんですよ。それがまんまとうまく…(笑)。 最初はその一冊で終わりにして、OLは続けようと思っていたんですけど、他の執筆の仕事が入ってきて、ちょっとやってみようかと思っているうちに案外それで食えそうな感じがしてきてしまったんです。それで、そのまま成り行きですね」
―ずっと本は出したかったんですか?
能町「そうですね。半分はお金がほしいっていう理由なんですけど…(笑)。本当は最初の一冊でもっと印税が入ると思っていたんですよ。でも、思ったより入らなくて。ただ、他の仕事が入ってくるというのは予想していませんでした。結果的にはその方がよかったと思っています」
―例えば会社勤めをしている人だと、通勤中は本を読んでいるか、寝てるか、携帯をいじっているかじゃないですか。たまには電車の中で周りの人の話を聞いてみるのも楽しいかもしれませんね。
能町「聞き耳を立てるなら断然帰宅時でしょうね。朝はあんまり人が話していないから。ただ、酔っぱらっている人同士の会話って案外おもしろくなかったりするんですよね。単なるお説教になっていたり。変に真面目な話になっていたり。帰りの電車でいえば、酔っぱらって寝ている人が大好きでつい見てしまいます。おかしな体勢で寝てたり、靴がなかったり、あとはどういう関係の二人かわからないんですけど、男性サラリーマン二人がきれいにそろったまま傾いて寝ているっていうのもありました。外見も似ていてすごくきれいでしたね」
―最後になりますが、読者の方々にメッセージをいただければと思います。
能町「何冊か本を出してきましたけど、こういう意地の悪い感じの本はもしかしたら初めてかもしれません。何かの教訓があるわけでも何でもないですが、寝る前とかトイレの中で読むのにちょうどいいと思います」
(取材・記事/山田洋介)
北海道出身、茨城県育ち。著書に『くすぶれ!モテない系』(文春文庫)、『縁遠さん』(メディアファクトリー)、『お家賃ですけど』(東京書籍)、『ひとりごはんの背中』(講談社)、『ときめかない日記』(幻冬舎)など。