BOOK REVIEW -書評-

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 キャリアを積めば積むほど仕事には慣れる一方で、マンネリ化してしまう危険性もあります。もしマンネリ化してしまったと感じているのなら、自分の仕事の仕方を総点検してみることで、新たな発見があるかもしれません。
 『社員、取引先、家族を守るために、まずは会社を守る! その極意』(明日香出版社/刊)の著者、土屋一延さんは会社勤めを経て46歳のときに独立。現在、アキュレイトというばねを製造・販売する会社の代表取締役社長を務めています。

 土屋さんは新人時代、営業セクションに所属し、「たくさんの無駄」を経験させられたことで、仕事において「効率性」を追求することの重要性に気づいたといいます。ここでいう「効率性」とは「短時間で問題を解決する」というニュアンスではなく、できるだけ無駄をなくして、会社としての利益を最大化するというニュアンスで使われています。
 本書では「営業で一番やってはいけないことは、会っても意味のない相手に多くの時間を費やすこと」だという考え方が紹介されています。会っても成果のあがらない相手に営業をすることは非効率しか生まないというわけです。ゆえに、もし「営業をがんばっているのにいっこうに成果が出ない」という人がいるのなら、それは営業相手を間違っている可能性が高いとも指摘します。

 正しい営業相手に営業することが最も効率的に成果を生みだす方法。言葉にするのは簡単ですが、実行に移すのは難しいというのが正直なところ。では、どのように「正しい営業先」を見つければよいのでしょうか。ここでは、ある新製品を拡販するためにおこなわれた営業活動を例にとってみましょう。

■商談は弾むのに受注につながらなかった理由とは?

  新製品の発売当初、「大企業に製品を採用されれば実績になるし、大口の契約になるから」と考えていたため、営業先は大企業が中心でした。そして案の定、どの営業先の担当者からも「これは良い製品だ!」とポジティブな反応をもらえたそうです。つまり、この時点での土屋さんは目先の効率性を追いかけていたわけです。
 しかし、その目論見は外れます。担当者は良い反応を示してくれるのに、なかなか発注に結びつきません。新製品は従来の製品にくらべ高品質だったものの高価格だったために、担当者レベルでは好感触を得られても、決裁者レベルになると「価格が高い」とネガティブな反応をされてしまっていたのです。
 そこで営業方針を転換。決定権を持つ人と直接話ができる中小企業をターゲットにし、営業をかけはじめます。すると、中小企業は決定スピードが早いこともあって順調に売れはじめ、会社によっては「年間3000万円のコストダウンにつながった」という報告をしてくれるところも現れるようになります。
 そして、それら中小企業の成功事例をもとにカタログを製作し、宣伝活動を開始。その結果、新製品の好評を聞きつけた大企業も発注をするようになったそうです。
 営業を開始した当初の土屋さんは、「採用までに何人もの決済が必要になる」「実績と信頼のないものが採用されるにはハードルが高い」といった大企業側の事情に振り回されてしまっていました。つまり、自ら難易度の高い選択をしてしまっていたのです。しかし、少し発想を転換するだけで事態は好循環に入り、営業努力が結果へ結びつくようになっていきました。できるだけ効率よく結果を生むためには、ただがむしゃらにがんばるだけではいけないと思い知らされる好例といえるでしょう。

  本書では他にも、少しでも成約率を上げるために見込み客にダイレクトメールを送ったことで100%見積もりの依頼をもらい、そのうち50%の確率で契約することができた等、業務の効率性を上げるためにどのような工夫が効果的なのか、その具体例が紹介されています。
 また、効率に関するエピソードだけでなく、「叩き上げ」で営業職から社長へとのぼりつめた土屋さんが語る仕事論、経営論はどれも説得力があります。営業の仕事をしている人はもちろん、仕事に行き詰まりを感じている人も気づきを得られる一冊といえるでしょう。

(新刊JP編集部)

PROFILE -プロフィール-

土屋 一延(つちや・かずのぶ)

株式会社アキュレイト代表取締役社長。
1962年生まれ。東京都出身。
大学卒業後の1985年、株式会社加藤スプリング製作所(現、株式会社アドバネクス)入社。
翌年、子会社アキュレイト販売株式会社(現、株式会社アキュレイト)への出向を命じられる。小口ばね事業を立ち上げ、京都営業所所長、営業課長を経て、2000年37歳で社長就任。ITブル崩壊を機に事業変革を行い、年商10億円、営業利益1億円の会社に育て上げる。リーマンショクの真っただ中の2009年、株式会社アドバネクスからMBOで独立、現在に至る。

CONTENTS -目次-

  1. 第1章 戦略で生き残る
    1. ポジショニングでの差別化を図る
    2. 小口注文というウルトラニッチ戦略
    3. 在庫を抱える戦略
    4. 高品質をつくるノーミス戦略
    5. 売れる地域を見極める
    6. 本当のお客様を見極める
    7. ビジネスモデルにあわせて社名変更
    8. 本店・支店の区別はしない
    9. 1.戦略チェック
  2. 第2章 効率化を徹底する
    1. 効率化を考えるきっかけとなった新人時代
    2. DM作戦で効率化が成功
    3. プル型営業で見込み客をさらに増やす
    4. 広告はドカンと大きく掲載
    5. 工業製品もネットで買う時代
    6. 値下げは時間の無駄!
    7. スピーディーな社外とのやりとり
    8. 新商品の効率的な広め方
    9. 2.効率化チェック
  3. 第3章 差別化を仕組みにする
    1. 町のばね屋さんに勝つには?
    2. 強みを最大化して他社と差別化する
    3. 差別化は2つの掛け合わせで動き出す
    4. 目先の損得勘定だけで考えない
    5. トラブル対応も差別化のチャンス
    6. 3.差別化チェック
  1. 第4章 人材を育成する
    1. 育てる? それとも、育つ?
    2. 社員が頑張る環境「1クラス経営」
    3. 任せることで社員は育つ
    4. 部下の失敗の大半は想定の範囲内
    5. ばね社員を育てる
    6. 「自社の強み」は教えても身につかない
    7. 採用で気をつけたい伸びる人材、伸びない人材
    8. 人材も「選択と集中」
    9. スピードのカギを握るパートさん
    10. ミスを防ぐための協力会の開催
    11. 適材適所の人材登用
    12. 4.人材チェック
  2. 第5章 成功する経営者は法則をもつ
    1. 私が大切にしている「ばねの法則」
    2. ばねの第1法則―大きな仕事は小さな仕事が支えている
    3. ばねの第2法則―やり続けることで見えてくる
    4. ばねの第3法則―ピンチは最大のチャンス
    5. 中小企業の経営者は「優れた料理人」であれ

INTERVIEW -著者インタビュー-

上司は、部下を育てるうえで、手取り足取り教えるべきか、それとも、思い切って仕事を丸ごと任せてしまうべきなのか。もちろん「どちらが正しい」と言えるような単純な話ではないが、部下を持つ上司にとっては常に頭をもたげる問題だろう。

この問題に関するヒントを示してくれるのが、『社員、取引先、家族を守るために、まずは会社を守る! その極意』(明日香出版社/刊)。著者は、社員数30名超、年商10億円のばねメーカーの経営者である土屋一延氏。銀行のATM、駅の自動改札などに使われる「ばね」の製造・販売を手がけている。本書のなかで土屋氏は、ばねにヒントを得て、経営論や人材育成論を展開している。
約30年にわたって組織を率いてきた土屋氏が現場で見てきた実例を通して、人材育成の要諦について話をうかがった。今回はその前編である。

― まず本書の執筆経緯を教えていただけますか?

著者写真

土屋:今年、当社が創業30周年ということもあり、何かと過去を振り返る機会が増えまして。そのなかで、サラリーマン社長として9年、オーナー社長として6年の経験を何かの形で残せないかなと思うようになり、このような形で本を執筆させていただくことになりました。

― 本書を読み、土屋さんの「人材」に対するユニークな考え方が随所に出てくるという印象を持ちました。御社では、パートタイマーのスタッフが経営のカギを握ると書かれていましたね。

土屋:はい、お客様にとって電話越しに対応してくれる人が正社員かパートなのかは関係ありません。また、当社の強みのひとつはスピードです。迅速な対応をするためには、パートさんが正社員と同じクオリティの仕事をしてくれなければ、経営が立ちゆかなくなるんです。なので両者の間に「仕事の質の差」をつくらないようにしています。

― 「迅速な対応をするために、仕事の質の差をつくらない」というのは、どういうことですか。

土屋:会社として困るのは、パートさんに「私は正社員ではないので、それについてはわかりません」と言われてしまうこと。そこで正社員にもパートさんにも「ばねのプロフェッショナル」として働いてくださいとお願いしているんです。正社員であるかどうかにかかわらず、会社の価値を下げてしまうような、いい加減な仕事は困ります。したがって、両者の「価値」に変わりはなく、違いといえば、フルタイムかどうかという点ぐらいです。
当然、責任を負ってもらう分、待遇面でも差はつけないようにしています。パートさんにもボーナスは支給しますし、福利厚生や定年も正社員と同じにしています。

― 本書の人材育成のくだりに、「ばね社員、非ばね社員」という表現がありますが、それぞれどのような違いがあるのでしょうか。

土屋:ばね社員とは、小さな仕事をコツコツ行ない、物事を柔軟に考え、困難やピンチをエネルギーへと変えていく力を持った社員のことを指します。それに対して、非ばね社員は小さな仕事をバカにし、物事を一つの方向からしか考えられず、困難やピンチに直面すると、すぐに心が折れてしまいます。どちらがより成長するかといえば、前者です。

― 土屋さんがこれまでに目にした「ばね社員」で印象的なケースがあれば教えてください。

土屋:ある町工場の跡取りが「将来、家業を継ぐことになるので、勉強したい」といって、当社に入ってきたことがありました。彼は「なんでも吸収してやろう」という思いがあふれていましたね。まわりから「こうしたほうがいいよ」とアドバイスされたことは本当に何でも取り入れて実践していましたし、地味で小さい仕事も嫌がらずにコツコツとやっていましたから。
彼の場合、目的が明確だったということもあるのでしょうが、短期間でグングン成長していき、1年も経たないうちに入社数年の社員と肩を並べるほどになっていました。すると、こちらとしては、ますます難易度の高い仕事を任せるようになる。本人としては、ピンチだと感じることも多かったかもしれませんが、それをはねのけるだけの意志をしっかり持っていました。入社して3年ほど経ったときには、かなりの戦力になっていましたね。

― いま「任せる」という言葉が出ましたが、社員の成長を加速させるうえで、「任せる」ことは重要でしょうか。

土屋:重要です。人は結局、任せれば、大抵のことはできるんですよ。社員の失敗を恐れず、どんどん仕事を任せることが、社員を最短スピードで育てる方法ですから。すぐにできない場合でも、経営者は親のような愛情深い心を持って社員の成長を見守ること。本当に、上司が「任せるか、任せないか」だけの問題だと思いますね。
わたし自身、37歳でこの会社の社長になったばかりのころは、社長としての経験もスキルも持ちあわせていませんでした。もちろん辛いこともありましたが、任せてもらえたらこそ、ここまでがんばってこれたと思うのです。そういった経験から、社員で経営者になりたい人がいるなら、どんどん「社長になる」チャンスをあげたいと思っています。

― 具体的に、どのようにチャンスをつくろうとしているのですか。

土屋:当社がこれから「100億円企業」を目指すにあたって、積極的に分社化を行なおうと考えています。ひとつの会社で年商100億を目指すのではなく、年商10億の会社を10個つくる。そこで、社員のなかに希望者がいるのなら、「会社の社長になる」という選択肢を与えてあげたいと思っています。

― 本書には「ばねの特性や強みは中小企業経営者にも役立てられる」という一節があります。土屋さんがこのように考えるようになったきっかけはあったのでしょうか。

土屋:きっかけといいますか、およそ30年にわたって、ばね事業と向き合うなかで、そういうことに少しずつ気づいていったように思います。
ばねは本当に地味な存在ですが、世の中には銀行のATMや駅の自動改札などのように「ばねがきちんと働いてくれないと動かないもの」が沢山あります。あるとき、ばねの「目立たないけれど、黙々と働く」姿が中小企業に重なる気がしたんですよね。ばねのように小さな仕事を正確に積み重ねていくことで社会に対して貢献することは可能でしょうし、それこそが中小企業の生き残る道だと思うようになっていったのです。

― 今、「長い時間をかけるなかで気づいた」とおっしゃいましたが、これはまさに、ばねの特性を経営に活かすための考え方として本書に出てくる「ばねの5つの法則」の「ばねの第2法則―やり続けることで見えてくる」につながるように思います。また第2法則に関して、何かを継続するコツとして「70%で走り続けること」を挙げられていますが、経営者にかぎらず、「成長したい」と思っている個人がこれを実践するにはどのようなことをイメージすればよいのでしょうか。

土屋:ジョギングで例えてみましょう。走っていて「もうやめたい」と思うようなら、「100%の力」で走っているということだと思うんです。こういうとき、まわりの景色を楽しむだけの余裕を持てていないことがほとんどです。それに対して、70%の力を出し「ほどよく頑張って」走っているときは、身体に負荷がかかりつつも、「葉っぱが色づいてきたな」「そろそろ肌寒くなってきたな」と、まわりの変化を感じ取るだけの余裕があるはず。「100%の力を出して頑張る」というと聞こえはいいですが、これは「ひとつのことに集中しすぎて、まわりが見えない」状態になってしまっているともいえるのではないでしょうか。そうではなく、まわりのことを観察できるほどの余裕がないかぎり、物事は続かないのではと思うんです。これは経営者であっても、そうでなくても「成長したい」と思っている人であれば、ぜひ取り入れてみてほしい考え方ですね。

― しかし「限界まで力を出したほうが成長できる」という考え方もあると思います。「つねに70%」というのは、見方によっては出し惜しみをしているようにも見えますし、結果的に、その人の成長を阻んでしまうことがあるのではないでしょうか。

土屋:そこで「続けること」の意味を考えてほしいんです。たとえ70%でも1ヶ月走り続けていれば、翌月には同じ70%の力でもっと速く走れるようになるでしょう。さらに3ヶ月、1年と続けていけば…言わずもがなです。つまり、続けることで自ずと成長もついてくる。逆に、100%の力を出して頑張っても、1週間でやめてしまったのでは、そこで得られる成長はたかが知れています。
「ただガムシャラに走る」よりも「ほどよく頑張りながらも、季節の移り変わりを楽しみに走る」ほうが長続きするのではないかというのがわたしの考えなんです。
ちなみにこれは余談ですが、ばねのたわみ量は70%付近のとき、そのばねは最も安定すると言われています。つまり、ばねにとっても70%が「ほどよい」数値なのです。

― 最後に読者の皆様へメッセージをお願いします。

著者写真

土屋:本にも書いたことですが「ピンチは最大のチャンス」ということをぜひお伝えしたいですね。ばねは衝撃を与えられたり、力を加えられると「縮み」ます。でも縮んで終わりではなく、その後に必ず反発力が生まれる。これと同じように、ばね社員はピンチに直面すると、いったん縮んで力を蓄え、そのあと一気に力を解放して、見事な成長を遂げるものです。そして、この「はねかえす力」を持つためには、「ぜったいにうまくいく」という根拠のない自信を持つことが重要なのだと思っています。逆にいえば、根拠のない自信さえ持つことができれば、どんな人でも逆境を乗り越え、成長することができると信じています。
(了)

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