朝がつらい、眠りが浅い、寝つけない……などなど、睡眠に関して何の問題も抱えていないと言い切れる人は、そう多くないでしょう。
『驚くほど眠りの質がよくなる 睡眠メソッド100』の著者であり、快眠セラピスト・睡眠環境プランナーでもある三橋美穂さんは、本書のなかで快眠を実現するためのノウハウを多数、紹介しています。
今回、新刊JP編集部は三橋さんにインタビュー、良質な睡眠をとることでどのようなメリットを得られるのかを聞きました。
(インタビュー・構成:神知典)
夏の寝苦しい夜もグッスリ! 小豆を使った快眠法とは
― 三橋さんはもともと寝具メーカーに勤務なさっていたそうですが、当時はどのようなお仕事をなさっていたのですか?
三橋:枕のコンサルティング販売を全国展開している会社にいたのですが、実際にかかわった仕事は、本当に様々でした。枕の商品開発やマーケティング、枕のアドバイザーたちを養成するための社内研修講師、あとは広報もやりましたね。最後は、研究開発部門の部長でした。頭を触るだけで合う枕がわかるのが特技です。
― 会社を辞め、独立したきっかけはどんなことだったのでしょうか?
三橋:あまりカッコイイものではないんですが……体調を崩したのが、きっかけといえばきっかけです。
休日の朝、起きられなくなってしまったんです。平日はなんとか起きて会社へ行くんですけど、休日になるともうダメで。「夕方まで寝てしまって休日を棒にふる」みたいなことが続きました。
当時、精神科へは行きませんでしたが、いま思えば軽いうつ病だったかもしれません。
― そのような経緯もあって独立なさったのがおよそ12年前。その後、何冊かの本を出されています。今回の『驚くほど眠りの質がよくなる 睡眠メソッド100』の執筆動機はどのようなものだったのでしょうか?
三橋:前著(『快眠レッスン60』)を出したのが7年前。7年も経つと、色々と新たにわかってきた科学的なことや、自分で考案したメソッドも増えてきたので、書きたいことがたまってきたんです。
― たとえば、どのようなものがありますか?
三橋:「朝食をとると、体内時計が揃う」という話ですかね。「(体内時計を整えるために)朝起きたら、まず太陽の光を浴びましょう」という話は耳にしたことがあると思います。これ自体、重要なことですが、これだけでは十分ではないことが、近年わかってきました。
― 具体的には、どういうことですか?
三橋:体内時計は「脳のなかに一つしかない」と思われがちです。脳の奥深くに存在するマスタークロックと呼ばれる親時計です。でも実は、体内の約60兆個の細胞ひとつひとつに末梢時計があることがわかってきたんです。
朝、太陽の光を浴びることで調整できるのは親時計だけです。つまり、陽の光を浴びるだけでは、親時計と末梢時計とを揃えたことにはならないのです。
― では、その二つの時計を揃えるにはどうすればよいのでしょうか?
三橋:太陽の光を浴びた上で、起床後1時間以内に朝食をとることが必要です。そうすることで、全身にある末梢時計と親時計の動きがピタッと揃い、体温や代謝のリズムが整います。
逆にいえば、朝食を抜いたまま一日をスタートすると「頭は起きているのに、身体は寝ている」というアンバランスなことになってしまう。その結果、寝ても疲れが抜けにくくなってしまいます。
― 「疲れを取る」ということでいうと、これから気温が上がって寝苦しい夜が増えてきます。熱帯夜を乗りきるためのノウハウを教えていただけますか?
三橋:「寝つきをよくする」ということでいうと、後頭部を冷やしながら首を温めるのが効果的です。まず、小豆や玄米などを入れた小袋をふたつ用意します。片方はあらかじめ冷蔵庫で冷やしておき、もう片方は使う直前に電子レンジで少し温める。そちらの小袋を首にあて、冷たいほうの小袋を後頭部にあてるんです。実際にやってみると分かりますが、これが本当に気持ちいい。自然に意識が遠のいていきます。
― なぜこの方法だと、気持ちよく眠りにつけるのでしょうか?
三橋:ポイントは「首をあたためる」点にあります。日中パソコンを使っている人ほど、首の後ろ側が凝っています。なので、このゾーンをあたためて血流をよくするだけで、かなりリラックスできる。首の後ろはリラックスポイントなんです。
首をリラックスさせつつ、頭はヒンヤリとした状態にして脳の温度を下げることで寝つきがよくなるというわけです。
― なるほど。なぜ、小袋のなかに小豆や玄米を入れるのですか?
三橋:穀物は水分を適度に含んでいるため、冷やしても、あたためても、いずれの場合でも20~30分くらい持ちます。ちょうど眠りにつく頃に常温になって、体に負担がかからないからです。繰り返し使えるので、エコでもあるし。それと、小豆はコロコロした形なので、頭の形に合わせてスルッと「程よい形」におさまってくれますしね。保冷剤や蒸しタオルでも代用きますが、穀物がおすすめです。
― 「深い眠り」につくための、暑さ対策についてはかがですか。
三橋:背中が蒸れないように、通気性のいい敷きパッドを使いましょう。立体メッシュ構造のものや、い草や麻などがおすすめです。手軽にできるこことしては、背中の下にシーグラスマットを敷きましょう。水草を粗く編んだ足ふきマットで、100円ショップで購入できます。そうすることで、背中が布団にくっつかずにすみます。また、シーグラスマットは通気性がよいという点でもすぐれています。背中の温度が上がることで目が覚めてしまう、という事態を避けることが重要です。
― なるほど。これらの方法はどのように編み出されたのですか?
三橋:実は、これは東日本大震災が起きた年に編みだした方法なんです。あの年は大規模停電がありましたよね? ある雑誌の企画で「エアコンも扇風機も使わずに快適に眠れる手軽にできる方法」というオーダーに応えるために考え出しました。
― 他にもすぐに効果が出るメソッドはありますか?
三橋:クライアントの皆さんから「すぐに効果が出た」と好評なのは、三橋式快眠ストレッチですね。1分でできますので、本書で紹介している手順にならって、就寝前にストレッチをしてみてください。
ストレッチによって体のこわばりをとってから寝ると、血液やリンパの流れがよくなるので深い眠りにつくことができ、疲れがとれます。その結果、翌朝の目覚めがかなり変わってきます。
いい睡眠が仕事の成果を高める!スリープマネジメントの重要性
― 深い眠りにつけないという悩みを持つ人は多くいます。一般的に「不眠」とはどのような状態を指すのでしょうか?
三橋:不眠には、いくつか種類があります。寝つきが悪い「入眠困難」、いったん寝ても途中で何度も目が覚めてしまう「中途覚醒」、朝早く目覚めてしまう「早朝覚醒」、眠りが浅い「熟眠障害」といった具合です。
このような状態が週に3回以上あり、それが1か月以上続いて日中の活動に支障をきたしていたら、それは不眠症といえるでしょう。
― 「日中の活動に支障をきたす」ということについて、さらに具体的な判断基準を教えていただけますか?
三橋:「午前の10時から12時ぐらいの時間帯に眠気や疲労感がある」なら、不眠を疑ったほうがいいかもしれません。というのも、脳の覚醒度がもっとも高まるのがこの時間帯だからです。
― 不眠の状態を放置してしまうと、どのようなリスクがあるのでしょうか?
三橋:うつ病になる可能性が高まることがわかってきました。そもそもうつ病と不眠は関係が深く、うつは眠れないことから始まるともいわれています。
― なるほど。では、不眠を改善するための「質のよい睡眠」とはどのようなものだとお考えですか?
三橋:寝つきがスムーズで、途中で目覚めることなく、朝スッキリ起きられる。これが、「質のよい睡眠」をとれている状態ですね。
でも、ここで注意していただきたいことがあります。それは、目を閉じるとすぐに寝落ちするから寝つきがよいというわけではないこと。健康な人は、入眠に10分~20分ほどかかるのが普通です。
― では「すぐに寝落ちしてしまう」というのは、睡眠に関して何か問題をかかえているということなのでしょうか?
三橋:これは「睡眠不足症候群」とよばれるもので、眠りに飢えている状態です。この状態が続くと不安感が強まり、自己評価も低下します。その結果、仕事の生産性も落ちて残業時間が長びき、さらに睡眠時間を取りにくくなるという悪い循環が始まってしまいます。
― 先ほどお話があった「不眠」と、この「睡眠不足症候群」とは、どのように違うのかを教えていただけますか?
三橋:不眠は「寝たいし、寝る時間もあるのに、眠れない」状態、睡眠不足症候群は、「眠れるけど、睡眠時間をとれずにいる」状態という違いがあります。
― 不眠であれ、睡眠不足症候群であれ、睡眠を改善する上で生活そのものを見直す必要はありますね。ところで睡眠と人生との関係については、三橋さんはどのようにお考えですか?
三橋:本来、昼の活動と夜の睡眠は、同じだけの価値があると思っています。さらにいえば、昼の活動を成り立たせている土台が睡眠であるとも思っています。
仕事で成果をあげるために、仕事以外の時間でも、本を読んだり、勉強をしたり、セミナーに行ったり……と、皆さん色々な努力をなさると思います。でも、睡眠という土台がしっかりしていなければ、その努力も成果に結びつかないのではないか、というのが私の考えです。
本書では「器」という表現を使いました。これは、人の器を大きくするのも小さくするのも睡眠次第ということを言いたかったんです。睡眠不足のときは自分のことで精一杯になりがちだし、イライラしやすくなりませんか?
― 視野や思考がどんどん狭まっていくような気がします。
三橋:そうなんですよ。睡眠不足の状態でどんなにがんばったところで、たかが知れている。小さな器に見合った成果しか出ないんです。
逆に、ぐっすりと寝ることができれば、朝起きたとき気持ちに余裕が生まれますよね。それは自分という器が大きくなっていることの証しです。当然、集中力も高まるので、努力の量に見合うだけの結果がついてきます。
「いままでひたすら突っ走ってきたけど、最近ちょっと行き詰まりを感じているんだよな」という方ほど、ぜひ一度、ご自身の睡眠を見直していただきたいです。
― さらにがんばるよりも、睡眠を見直すほうが効果的だということですね。
三橋:そうです。いま伸びている会社の経営者のなかには、眠ることの大切さを知っている方が増えてきている印象があります。
本書でも紹介しましたが、星野リゾートの星野佳路社長は「睡眠は7時間とる」そうですし、ハフィントン・ポストの創設者、アリアナ・ハフィントンさんも「成功と幸福感を同時に手に入れるためには、十分な睡眠をとることが不可欠」と語っています。
リスク回避という意味でも睡眠は重要です。大きな産業事故……チェルノブイリの原発事故や、スペースシャトルのチャレンジャー号爆発事故は、作業員の睡眠不足が事故の一因だったという報告もあがっていますからね。
これからの企業経営において、従業員が健全な睡眠を確保することが重要視されるようになっていくと思います。タイムマネジメントと同じように、スリープマネジメントが求められるようになるのではないでしょうか。
― 最後に、読者の方へメッセージをお願いします。
三橋:多くの人が、睡眠は一日の疲れをとるものだと思っているはずです。朝、目を覚ますところから一日が始まり、日中は色々と動きまわる。そして活動を終え家に帰り、日中の疲れをとるためにベッドに入って眠る。
でも、もし「明日が人生最後の日」といわれたとして、あなたはいつものように眠るでしょうか? 多くの人は、やり残したことをやると思います。つまり私たちは、「明日がない」とわかっていたら眠らないのです。そう考えると、本来、睡眠の目的は、今日の疲れを取ることにあるのではなくて、明日のために眠る、それが一番の目的です。睡眠は、もっとポジティブなものなんです。
眠りにつくときに「明日のために眠る」、そう意識するだけで、翌朝の目覚め具合が変わりますよ。
(了)