―この小説は三橋さんとの共著だった『コレキヨの恋文』『真冬の向日葵』の続編にあたる一冊となっていますが、今回はさかきさんが著者、そして三橋さんが原案とクレジットされています。その理由を教えていただけますか?
さかき:
少し説明が長くなってしまうのですが。
もともと三年ほど前に私が書いた「夜桜をモチーフにした短編小説」があったのですが、これがなぜか三橋先生からお褒めの言葉を頂いたのです。ちょうど同じタイミングで、小学館から三橋先生へ「経済を学べるエンタメ小説」のオファーがあり、私もこの小説の制作に参加することになってしまいました。結果できあがったのが『コレキヨの恋文』です。これはまず三橋先生がざっと書いた原稿を、私の方で小説として書き直す、という作業でした。全篇にわたり脚色や加筆修正はしてもいいということだったのですが、“削る”という行為は完全にNGの仕事でした。
この共作が予想を上回る評価を受けたことから、続編を作ろうという企画が持ち上がりました。通常は本と言うのは、出版社から依頼があって初めて出版できることが多いんです。が、この続編は三橋先生ご本人による企画だったため、まず三橋・さかき共作の続編を出してくれるという出版社探しから始まりました。有難いことに海竜社様と自由社様が手を上げてくれ、自由社に先んじて海竜社から生まれたのが、『真冬の向日葵』になります。『真冬の向日葵』については、三橋先生のメディア・リテラシーに関するお考えを完全に取り入れる、というルールの下で、物語自体はかなり自由に書かせていただきました。ただこの作品は、小説としての執筆期間がたった二か月強と極端に短かったこともあり、私としてはもっと練りたかった、というのが正直なところです。
上記二作が一応ほどほどに売れたことから、三作目である『希臘から来たソフィア』については私ひとりに任せてもらえることになりました。つまり、三橋先生から預かるのは、政治経済や歴史に関する先生の持論のみで、その中から取捨選択して好きなものだけを作品内に取り入れれば、あとは自由に物語を書いていいということでした。従って本作に関しては、小説としての内容だけでなく、作品全体で訴えた“国家観”についても、実は私個人の考えが大きく反映されています。当然ながら、三橋先生のお考えとは少々差異があるかと存じます。そういった理由で、最後の「希臘から来たソフィア」のみが、三橋先生原案、さかき著として、世に発表されました。
―本作ではヒロインのソフィアがギリシアの出身ということになっていますが、どうして日本との比較対象としてギリシアを選んだのでしょうか。
さかき:
これは自由社の担当さんのご提案です。経済危機に瀕するギリシアを今取り上げるのは、タイムリーで意義が大きい、という理由だったと思います。
しかしいざ物語にする段になって、両国ともに多神教の考えが根幹にあるという点を思い出し、それがストーリーを作る上でのキーになりました
―冒頭を読んだ時に、主人公の2人(航太郎とソフィア)が持っている考え方(新自由主義的な思想)がかなり極端だなという風に思いましたが、その分、自分たちが背負っているものに気づいて成長していく姿が印象的でした。この2人のキャラクター作りで気を付けた点はありますか? また、ソフィアの異様なツンデレぶりの裏話を教えてください。
さかき:
キャラクターの性格が極端という点、これは本書の企画者である三橋先生のご提案、というか“指示”です。私がひとりで考えると、キャラクターたちは至って常識的な性格になってしまいます。特に“ツンデレ”に関しては、三橋先生の提案を受けて初めて勉強したものですから、書きながら「果たして、これでいいのだろうか?」と自問自答する日々でした。
―前作、前々作の主要キャラクターたちも要所で登場し、ファンの皆さんも楽しめると思いますが、ストーリーを作る上で悩まれたところがあれば教えて下さい。
さかき:
『コレキヨの恋文』は自然とハッピー・エンドにできたのですが、『真冬の向日葵』については主題の性質上、どうしてもバッド・エンドしか考えられませんでした。三橋先生からは「コレキヨ同様に、ヒマワリも明るく終わらせてください」と要望が来ていたのですが、どう考えても難しい。そこで交渉し、最終的には「悲劇のまま終わらせる」ということを了承いただきました。私も小説家として、作品を一定の水準以上の出来に仕上げるため、そうせざるを得なかったのです。ですが、そうは言っても、せっかく本を購入してくれた読者の皆様も、向日葵については読後感がさぞかし悪かったろうと思います。ですから、三作目『希臘から来たソフィア』はとにかく明るい未来を予見させて終えられるようにと、力を注ぎました。
―さかきさん自身は、新自由主義、グローバル化についてどのように考えていますか?
さかき:
私は政治経済については素人ですから、学術的な観点から意見を述べることはできません。ただ三橋先生を始め、例えば筑波大学名誉教授の宍戸駿太郎先生、京都大学大学院教授の藤井聡先生、元京都大学大学院准教授の中野剛志先生、あるいは滋賀大学の准教授の柴山桂太先生、九州大学大学院准教授の施光恒先生などなど、様々な先生方のお話を聞くにつけ、「新自由主義的な考えは、日本人には合っていないのではないか」、との思いを強くします。政治経済の問題点はひとまず置いておいても、その他、日本の文化や伝統についても、破壊してしまう恐れを孕んでいる思想であると危惧しています。
―本作は読み手に対して「日本とはどんな国か」について考えさせる内容になっている小説です。さかきさんは日本という国の素晴らしさについてどう考えていますか?
さかき:
まず、これほどの長きに亘り国名が変わらなかった、という歴史的事実からして、誇るべきことだと考えています。世界地図の変遷を見れば分かるように、多くの国は、短いスパンでその名を変え続けてきたのですから。
続いて特筆すべきは、“モノづくり”にかける情熱です。日本人がひとたび何らかの生業に携わると、ありとあらゆる方向からの切磋琢磨を重ねます。あまねく産業を文化芸術の域にまで高めてしまう、この凝り性な国民性を誇りに思います。
そして最後に挙げたいのは、大多数の日本人が持っている、おおらかな宗教観です。古事記・日本書紀をお読みになれば分かるように、人間臭い神々が実に奔放に活躍する物語が、国の史記であり立国神話なのです。一神教を信じる人の国民全体に占める割合が高い国とは、宗教観に大きな隔たりがあると思います。他国と自国の宗教観のどちらが良い、ということはありませんが、私個人としてはこの日本の鷹揚な宗教観を好んでいます。
―本作で読者に最も伝えたかったことをあげるとすれば?
さかき:
現代において、人間は、国という概念から逃れて生きていくことは困難です。なぜなら正常に機能している共同体として、現状の最大なものが、「国」であるからです。ですから、より幸福に安定的な生活を求めるひとならば当然、国を否定することはできないでしょう。
しかし、だからと言って、極端な国粋主義に染まることも、これまた困難な生き方です。そのため、作中で航太郎に「国は大事だが、それによって人が理不尽な枷を付けられてはならない」と語らせました。
私たちにとって、現状もっともバランスの良い「国」との付き合い方とは、月並みではありますが最終的には、「穏やかに国を愛し、国民の益を保持する。そのうえで他国との良好な関係を築く」ということしかないのではないでしょうか。アリストテレスの遺した考えのひとつに「中庸の重要性」というものがありますが、なにごとにも通ずる、非常に含蓄深い考えであると思います。
―さかきさんは哲学を専攻されていたとのことで、古代ギリシア哲学に触れる機会は多いと思いますが、古代ギリシア哲学から学んだことなどがあれば教えて下さい。
さかき:
学生時代、私はそれほど真面目ではなかったので・・・。
ただ上げるとすれば、プラトンの「哲人政治」については、よくできた考えだと当時から思ってきました。未だに、これを実現できたら良い世の中になるのではないか、と考えてしまうこともあります。ただ理想論であるので、実際に運用したら恐ろしい事態になる可能性を否定できません。なぜなら哲人にとって「民にとって幸福である」と考えられる概念が、一般大衆にとっても正しく幸福である、という保障はどこにも無いからです。また、本当に無私無欲の「哲人」を生み出すこと自体が困難で、まずもって不可能であるからです。
それにしてもギリシアとは稀有な存在だと思います。偉大な思想家を多数生み、その考えが書物として残り、現代にまで息づいている。この事実だけでも尊敬に値します。
―人生の中で影響を受けた本を一冊あげるとしたらなんですか?
さかき:
一冊、と限定することが難しいので。太宰治と立原道造の全作品です。
―このインタビューを読んでいる読者へメッセージをお願いします。
さかき:
本書は中高生から大人まで楽しめる教養小説です。楽しく読みながら、「“国”とはいったい何だろう? 人生における“幸せ”とは何だろう?」と考えて頂ければ幸いです。
そして読了の後には、中野剛志先生による帯の文句、「大学でも教えない国家の本質を一気に読ませるなんて、反則だ!」の妙を味わっていただければ、これ以上の喜びはありません(笑)
作家。幼少時より茶道や華道など日本古来の伝統芸能を修得。大学では哲学と美学芸術学を専攻。 美術関係の職業などを経て、文筆業に。日本文化の保持に貢献したいとの思いから、作家活動を展開している
経済評論家・中小企業診断士。東京都立大学(現:首都大学東京)経済学部卒業。外資系IT企業、NEC、日本IBMなどを経て2008年に中小企業診断士として独立。経済指標など豊富なデータをもとに経済を多面的に分析する。単行本執筆と同時に、雑誌への連載・寄稿、各種メディアへの出演、講演活動など多方面で活躍している