若い世代に向けて生き方を指南する本や、自己啓発書は数多くあるが、手に取ってみると自分では到底実践できないようなことが書かれていたり、帯の広告文句があまりにも現実離れしていて信用し難いものも多い。
『20代でしておきたい「ささやかな成功」と「それなりの失敗」』の著者である清水克彦さんは、愛媛県に生まれた少年時代、東京で過ごした大学時代、そして社会人時代と、とりたてて特徴のない“普通”の人生を送ってきた。しかし、同氏は明確な人生戦略を持ち、コツコツと実行することで、現在はラジオプロデューサー・キャスター・大学講師として活躍している。
“元・普通の若者”から今の普通の若者へ、清水さんは本書を通して何を伝えたかったのか?
―まず、本書『20代でしておきたい「ささやかな成功」と「それなりの失敗」』についてお聞きしたいのですが、「ささやかな成功」「それなりの失敗」という、控え目なタイトルをつけたのにはどのような理由があったのでしょうか。
清水 「俗に“自己啓発書”とか“生き方本”というのは、大きな成功を収めた企業の社長ですとか、強烈な運の強さによってサクセス・ストーリーを駆け上がって行った著者によるものが多いと思うんですよ。でも、私はそうではありません。ごく普通の生活をして、コツコツと足し算の生活をしてきました。際立った努力はしていないし、ものすごい幸運に恵まれたわけでもない。しかし、自分の人生戦略を描いて、これまでの成功や失敗を生かし、コツコツとやってきた延長線上に今の姿があります。そういったことを含めて“等身大”の人間であるという意味でこのタイトルにしました」
―確かに、このジャンルでは現実離れしたタイトルの本をよく見かけます。では、本書を書くにあたってどのような想いがありましたか。
清水 「目標や夢といわないまでも、誰でも将来こうなりたいとか、こうなれたらいいなという理想や方向性を持っていると思うんです。でもそれを100回唱えてみたところで何も変わらないわけですよね。政治家になろうと思っているだけでは政治家にはなれません。政策を勉強してみるとか、政治家の私設秘書になってみるとか、まず一歩を踏み出さないと何も変わらない。まずはその一歩を踏み出す勇気を持ってほしいと思いました。そうすれば、平々凡々と生きてきた私でも変われたのだから、みんなだって変われるということを伝えたいですね」
―清水さんご自身の、20代での印象深い失敗談と成功談がありましたら教えてください。
清水 「私はラジオ局の文化放送に入社したのですが、時間への感覚がルーズで、取材や収録の時に遅刻をして叱られたり、ということはしょっちゅうありましたね。それと、メディアの人間とメディアに出る人というのはある意味で対等でなければいけないと指導されたのを真に受けて、相手にぞんざいな態度を取ってしまったこともありました」
―成功の方はいかがですか?
清水 「もともと私は積極性がない性格です。それではいけないと思って、さして語学が堪能でもないのにアメリカ行きに志願したり、それほど詳しくもないのに“東欧のことなら詳しいから任せてください”と言ったりしていました。
でも、実際はそんなに語学ができるわけでもないし、東欧に詳しいわけでもないので、じゃあ現地に行って取材してこい、となると“ヤバい”と思って必死に勉強するんですよ。番組に穴を空けるわけにはいかないし、変なレポートをするわけにもいかないので。そうすると、語学もそこそこできるようになるし、東欧にも詳しくなってくるんです。“嘘から出た実(まこと)”ではないですけど、大風呂敷を広げてできるように見せかけることで、本当にできるようになるんですよ。普段なら躊躇して手を上げないせいで得られなかった知識や経験が、自信がなくても手を挙げてみることで得ることができた、そういう部分はあったかなと思いますね」
―積極的な性格ではなかったということですが、その性格を変えてみようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
清水 「私は一人っ子でしたし、田舎から東京に出てきたこともあって遠慮がちな性格だったのですが、就職をきっかけに遠慮していると何のチャンスも得られないっていうことがわかったんです。特にマスメディアに関わっている人って、割と自己顕示欲が強いタイプが多かったりするので。
謙虚さは大事ですけど、やる気を見せたり、できるということを見せないと、チャンスが与えられないと思ったんです。会議で一言も発言をしない間に自分が全然興味のない方向で話がまとまって終わるというようなことを、社会人になって3~5年目くらいのころに嫌というほど味わいました。変わったのはその頃からだと思いますね」
―本書では、20代の時期の人生戦略の立て方について触れていますが、清水さんご自身の20代の頃の人生戦略はどのようなものだったのでしょうか。
清水 「フリーランスになるか、何かの専門家として生きていくか、大学の先生になるか。ぼんやりとですが、いずれにせよラジオという小さな水槽の中で定年まで泳ぎ続けることはしないことだけは決めていました。30代か40代のどこかでギアチェンジをして、自分の活躍できるフィールドを別のところに見出したいと思っていましたね」
―ご自身の20代を振り返ってみて、今20代の方々にアドバイスをするとしたらどんなことを言いたいですか?
清水
「忙しさとか周りのスピードに流されてしまったという反省は残りますね。
放送局は時間が不規則ですし、いつ取材先に派遣されるかわからないこともあって自分で自分の時間をコントロールしにくいんです。そうなると計画を立てようにも立てられません。例えば毎週水曜に英会話学校に通うことはできないし、社会人向けの大学院に行って勉強し直すことも難しいですよね。結局忙しさにかまけて、将来こうなりたいという思いはあっても、実際にはほとんど何もできていなかったなというのはあります。
30代・40代になってはじめて、慌てて異業種交流会に行ったり、大学院に通ったりということを始めたんですけど、やってみると結構できるものなんですよね。そして、40代の私ができることなら20代の人はもっとできるはずなんです。自分への反省を込めて言えば、時間をうまく使ってほしいということは言いたいです」
―本書を拝読しまして、大事だということはわかっているのに、普段は忘れていることが数多く書かれていて、目が覚める思いでした。その一つが「一人で過ごす時間の重要性」だったのですが、清水さんは一日のどこかで一人の時間はどのように作っていますか?
清水 「行き帰りの電車の中や寝る前の数十分を1人の時間にあてています。本を読んだり、先の人生を考えたりしていますね。自分という人間を見つめ直す意味でも、ゆっくり自分と向き合う時間がないと精神的にしんどくなると思います。この本の中でいわゆる“PDCAサイクル”に触れていますが、自分と向き合う時間がないとPDCAのCの部分(C=Check 自分の行動を客観的に評価すること)が抜け落ちてしまうんですよ。自分の行動が良かったのかとか、人生を軌道修正すべきかどうかということは1人の時でないと考えられないので、そういう時間は大事だと思います」