―本書『ボイス ソーシャルの力で会社を変える』のまえがきに、ソーシャル全盛の時代に対応するためには“従業員のマインドセットと企業の体質がオープンでなければならない”と書かれていましたが、これは具体的にどういったことなのでしょうか。
田中「よく企業のマーケッターの方がSNSを使って商品やサービスの告知をしたり消費者と会話をしていますが、大体は場所をFacebookなどのSNSに移しただけで、内容としては既存のマーケティングと同じことをやっています。
また、それをやっているのも一人かごく少数の従業員が担当しているケースが多く、組織的に実行できている企業は日本ではあまり見られません。これが米国と日本の大きな差で、米国では、社員全員がその担当者と同様のマインドセットを持ってお客様の声に耳を傾け日々の業務や製品を改善しています。日本の企業はそれがまだできていないので、早急に対応しないといけないところですね」
―すでにSNSで商品情報を流している企業は多くありますが、ただ情報を流すだけという印象が強いですね。
田中「そうですね。これには段階があって、まず情報を流すだけ。次にお客様や消費者と会話をするという段階。でも、会話をするだけでは実は意味がなくて、その次のステップとしてお客様の声を吸い上げて企業活動に反映させるという段階があると思います。この三段階目がもっとも重要です。」
―SNSの普及によって、マーケティングだけでなく企業のありかた自体にも変化が問われます。こういった状況に対応して生き残っていける企業とそうでない企業、それぞれの特徴を教えていただけますか。
田中「今言ったことと重なりますが、生き残ることができる企業というのは、社内基盤構築にリソースをかけています。たとえば、社員のトレーニングをしっかりと実施しています。社内基盤にもいろいろありますが、たとえばソーシャルリスニング、つまりソーシャル上のボイス(声)を吸い上げて、企業活動に結び付ける仕組みをしっかり構築しているか、といったことですね。
これは、ただ担当者がFacebookやtwitterで消費者の声を聴いて、その場だけの対応をするということではなく、消費者の声を実際に自分たちが提供しているサービスや商品に反映させていくことが大事です。
反対に、生き残れない企業はうわべだけのマーケティング活動をソーシャルの場を使って実施しているだけということなのではないでしょうか。また長期的な戦略・戦術の欠乏も指摘しなければなりません。なぜかというと、SNS上の消費者の声というのは今後どんどん増えていくはずで、そうなった時に、社内全体でそれを聴く仕組みができていないと対応しきれなくなくなってしまうからです。」
―社内基盤ということで、ソーシャル上の声を拾い上げて商品やサービスに反映させるとなると、組織ごと変えないといけませんね。
田中「まったくその通りです。だから、今回の本に書いていることも、小手先のマーケティング技術ではなくて、企業改革についてです。
これは本気で取り組んだら年単位で時間がかかります。下準備に長ければ1年、社内に広めていくためにはさらに1年程度かかると思います。もちろん企業のサイズにもよりますけどね。小さな企業ならすぐにできると思いますが、大きな企業だとトレーニングにも時間がかかるでしょうし、業務に落とし込むのにも時間がかかります」
―長い時間をかけてでも、やっておくことで大きな効果が得られるということですよね。
田中「そうですね。これをやっている企業とそうでない企業で、米国ではすでに大きな差がついていますので、日本の企業も早く対応した方がいいと思います」
―先ほどおっしゃっていたトレーニングについてですが、各従業員に対してどのようなこと教えるべきなのでしょうか?
田中「従業員レベルだと、知識というよりは、マインドセットですね。ソーシャルを使ってやるべきなのは“マーケティング”ではなく“カスタマーサポート”であるというマインドの切り替えが必要です。
マーケティングという意識を持っていると、やはり自社商品やサービスを売るための情報を流すことに重きを置いてしまいますが、ソーシャルの場で売ろう売ろうという姿勢を見せてしまうと逆効果になりかねません。そうではなくカスタマーサポート的意識を持つことで、活動が「売ること」から「支援すること」に変わるはずです。“マーケティングをするのではなく、お客様のサポートをしろ”というのがメッセージですね」
―では、自社の製品の告知をしたい場合はどういったやり方がいいのでしょうか。
田中「もちろん告知はしてはいけないという訳ではないですが、過剰にやるのはよくないと思います。お客様を支援することによって、たとえばtwitterならフォロワーの数が増えてくるわけじゃないですか。そうなってから新製品を出したことなどをちょっと告知することは効果的です。しかし、毎日のように製品の情報を流したり、すでに告知した製品を何度もプッシュするのはあまりよろしくない。見ている人が嫌気がさして見なくなってしまうので」
―たまに見かけますよね。
田中「そうですね。多いと思います。だから、目的設定を“バズをどれだけ獲得したのか”“どれだけのビュー数があったのか”というものから“どれだけ満足度の高いファンを作れるのか”ということに切り替えてしまった方がいいと思います」
―今おっしゃっていたような、ソーシャルをつかったカスタマーサポートですが、今の日本では教えられる人もあまりいないのではないですか?
田中「日本の経済は長い間成長を重ねてきたので、どの企業も“拡大”を大きな目的にしてきたわけです。そうなってくると、目標設定がマーケティングの方にしか向かなくなり、お金もそちらにばかり投資されます。
米国の場合は、大きくするというよりもいかに成熟した市場の中で戦っていくかということで、どちらかというとリテンション、つまり自分の持っているシェアをいかにキープするかというマインドセットで業務や経営企画をやってきているので、カスタマーサポートにかけるお金は日本の企業より多いんです。そういう土壌だと、カスタマーサポートのマインドを持った人がどの世代にもいるわけで、教育方針もできあがっていきますよね。
日本でも、この本で取り上げている東急百貨店さんのようなリテール業やサービス業だとそういうマインドセットを持っている人が多いんですけど、日本の経済って実際のところメーカーに支えられてきたわけじゃないですか。だからメーカーこそがそういうマインドを持たないと、経済の復活もないと思います。
本書に書いている施策も、早くメーカーの方々に取り入れていただきたいのですが、現状遅れてしまっています」
―SNSによって消費者が購買にいたるまでのプロセスが変わり、それにともない企業が取るべき行動も変わりました。結果として、これからはいいサービスやいい商品だけが生き残る、つまりビジネスが基本的なところに立ち返るということかと思いますが、これはどの業界・どの業種にも言えることなのでしょうか。
田中「どの業種にも共通すると思います。真実が伝わりやすくなったというのが一番ですよね。SNSによって、いい商品やサービスを提供していると必然的にそれが評価されるようになりました。これは本来至極当たり前のことなんですけどね。すごくいい傾向だと思います。企業からしたら悪いことができなくなったということですね」
―本書では、SNS時代に適したマーケティングの手法が紹介されていますが、これを実践するための仕組みづくりとして企業にはどのようなことが必要になりますか?
田中「これは難しいお話で、企業の中のすべての人がカスタマーサポートのマインドを持っていないといけないんですが、それって不可能に近いと思うんです。
マーケティングの人であれば、何年も売り上げを上げるということを目的にしてきたでしょうし、開発の人であれば自分たちの信じる商品を世の中に出すということをやってきたはずです。それを変えるという話ですから難しいですよね。
それをうまく軌道に乗せるためには、まずお客様の声をみんなが聴く場を用意してあげないといけません」
―「場」というのは、たとえばどのようなものですか?
田中「良い例としてはvoc(voice of customer)を共有する場を開いている企業があります。フロントエンドに立ってお客様の声を集めているチームが、そのボイスを定性的・定量的に事業を回している責任者に報告する場です。
事業をまとめている責任者は、全員のマインドセットが揃っていなくても命令したり指示することはできるわけですよね。だから、責任者を説得してその場に連れてくることが、まず押さなければいけないボタンなわけです。その人が納得すれば企業は動くわけですから。
さらに、その場にマーケティングだとか商品開発だとか、企業をつかさどるそれぞれの部署の人が一堂に集まっていることも重要ですね。意思決定がされる場を目撃することで、なぜ自分たちが今この改善活動をしなければいけないのかがわかるわけです。やらされているだけでなく、納得して改善活動をすることになるのでモチベーションも生まれます」
―全員がマインドを共有するのは難しいですが、責任者から徐々に広げていくやり方なら可能かもしれませんね。
田中「理想論でいうと全員がわかっていないといけないのですが、まずはやってみないと広まらないので。そのためには企業のテコを使わないといけません」
―そのように組織を変えていくにあたって、たとえば管理職に必要な資質も変わってくるのでしょうか。
田中「確実に変わりますね。今までは短期的なゴール設定をして、そのゴールをこなせた人を評価するということをやってきたのだと思いますけど、これからは管理者が長期的な視点を持たなければいけない時代がきます。評価の指標も、自分の部下がお客様と深い関係構築ができているかどうかなどソーシャルなものになるでしょう。だから、部下により広いフィールドで自由を与えてあげられる管理職の人が求められるようになると思います。 これも難しいことで、放任しているだけで管理していないように見えるんですよね。でも、実際には自分の部下だけではなく、部下の周りのネットワークも一緒に管理できなければ成り立ちません」
―同時に経営陣も変わらなければいけませんよね。
田中「そうですね。経営陣は自分の利益を犠牲にしなければならない人たちかもしれません。短期的に会社の利益をあげないと自分のこれからの行く末が変わってしまうような人たちですから考え方を変えるのは難しいはずですが、そういう人たちが自分のためでなく会社のために、あるいは業界、国、世界のために何かできるのかという考え方を持てるのか否かというところが分かれ目だと思います」
―本書は、主に広報やマーケティングに携わる方々に向けて書かれているかと思いますが、それ以外にどのような方々に役立つとお考えですか?
田中「一番読んでいただきたいのは経営層ですね。各担当者の方々にももちろん理解はしていただかないといけないことなのですけれど、ある程度組織や会社の仕組みを再構築する必要があるので。 企業の経営企画であるとか、リソース配分、もしくは人事権を持っているような人でないとこの本で書いたような組織改革は起こせないと思います。 とはいえ、ボトムアップも必要です。欲張って言えば両方の立場の人に読んでいただきたいですね」
―最後になりますが、SNS時代の企業と消費者それぞれに向けてメッセージをいただければと思います。
田中「消費者の方々は、自分の思ったことを企業に伝えるということをどんどんやっていただきたいですね。それをSNS上でやることで、自分と企業の間の会話が、第三者にも見えるオープンな会話になります。そういうのって企業にとっては意外とプレッシャーになるんですよ。そういったことをすることで日本の企業は良くなっていくと思います。そういった意味でも、消費者も一緒になって日本の経済を良くしていける時代になっているので、消費者も一緒にがんばりましょうと言いたいですね。
企業については、消費者の声がこれから増えてくるはずですから、それに誠心誠意対応していくということに尽きます。これは会社を運営するうえでもっとも当たり前のことで、それさえやっていれば企業が寿命を迎えることなんてほとんどないはずなのですが、今はそれができていないわけです。ソーシャルはこの流れをいい方向に修正してくれるものだと思うので、有効に使って正しい企業活動をしましょうと伝えたいです」
(取材・記事/山田洋介)
アンツ・アイ・ビュー・ジャパン株式会社 創業者・代表取締役。1996年米国ラトガース大学(Rutgers University)機械工学科卒業。2009年青山学院大学大学院国際マネジメント研究科卒業(MBA)。キヤノン株式会社、ソニー株式会社の商品企画を経て、マイクロソフト日本法人では、インフルエンサープログラムのプログラムマネージャとして登録ユーザー数27万人のオンラインコミュニティーを企画・運営。2010年から現職。企業のソーシャル化に特化した経営コンサルティング企業であるアンツ・アイ・ビューで、消費者の声(ボイス)を企業活動に活用するための社内基盤の構築と、協創戦略を専門分野としている。米国本社のアンツ・アイ・ビューはマイクロソフト勤務時代の同僚が米国で起業。米スターバックス、米プロクター・アンド・ギャンブル、米シスコシステムズなどのクライアント企業を擁する。