――『労使共働で納得できるWG式就業規則づくり』についてお話を伺えればと思います。まずは本書をお書きになった動機のところからお聞かせ願えますか。
望月:就業規則づくりの手法として、これまで一般的だったのは、規定例提示に特化した就業規則づくりについての書籍を参考にしたり、我々のような専門家が持っているひな形を参考にして作ったものを、“使用者側から労働者側に(ほぼ)一方的に提示する”というものです。
代表的なのが、過去の裁判例などを踏まえるなどして、労務リスクが高い箇所を一つ一つ潰した“リスク対応型”の就業規則であり、こうした就業規則を会社側が一方的に従業員さんたちに提示するというパターンなのですが、こうした就業規則の押しつけによって労使紛争が減ったかというと、ほとんど減っていないのが現状ではないでしょうか。ご存じのとおり、依然として、年間100万件を超える相談が総合労働相談コーナーに持ち込まれています。
私はかれこれ10年以上、労使紛争を減らすにはどうすればいいかということを、ずっと考えてきました。実務として、中央官庁や地方自治体、従業員数万人規模の東証一部上場企業から小さな会社まで、ありとあらゆる業種で250社以上の就業規則づくり支援をさせて頂いてきたのですが、これらの実務で得た結論が、今までのような“使用者側から労働者側に押しつける”就業規則をやめて、労使が「双方向」のコミュニケーションを取ることで、互いに納得感を得ながら就業規則を作っていくべきだ、ということです。
今回は、そのための方法を紹介したいと思ってこの本を書きました。
――今のお話にあったように、本書では、従来会社側が一方的に従業員側に提示するだけだった就業規則を、労使間で「双方向」のコミュニケーションを取り、納得感を得ながら作っていく方法が示されています。これを行う時、リーダーシップを取るのはやはり会社側になるのでしょうか。従業員側からはなかなか言い出しにくいところがあると思います。
望月:現実的に考えるとそうなるでしょうね。就業規則を変えようというアクションをまず起こすのは会社側で、そこから共働がスタートするのが自然だと思います。
もちろん、会社がそうしたアクションを起こす様子がないのであれば、従業員側からこうした提案をするのも一つの方法です。
ただ、おっしゃるように、これまでは「使」から「労」へ一方的に就業規則を押しつけるという形が一般的だったので、従業員さんたちの方から会社に就業規則を変えようと言いにくいのは確かです。
ですから、従業員の皆さんが私の本を読んで、経営者の方に手渡して頂くのもアリだと思っています。経営者の皆様にこの本を読んでいただければ、必ず得心がいくと思うので、まず腰を上げるという意味でも、従業員の皆様にも経営者の方と一緒に読んでいただきたいですね。
――従業員の方から就業規則の見直しを求めても、会社側はなかなかそれに応じようとしないのではないかと思うのですが、そのあたりはいかがでしょうか。
望月:“就業規則を従業員と一緒に作るなんてとんでもない”となる会社も現実問題としてあるでしょうね。
そこは、それまで培ってきたその会社の文化によって反応は変わってくると思います。
でも、どんなに就業規則や人事制度を使用者側からの一方的な押しつけで作っても、それらが会社に根づかないと何の意味もありません。
そもそも就業規則をつくることの目的の1つには従業員さんたちに自発的に遵守していただいて労務リスクを減らすことがあるのですから、従業員さんたちに守ってもらえないと所詮は宝の持ち腐れになってしまいます。だから、どうしても自発的な遵守意識を産みにくい“押し付け就業規則”が実務ではなかなか機能しにくいわけです。
人事制度もまさにそうで、よく社員のモチベーションを上げるために人事制度をつくるという社長さんがいますけど、そうじゃない。モチベーションを上げるというのは、あくまで人と組織の生産性を上げるための手段にすぎません。そのための人事制度の「可視化」なんですよね。その可視化された人事制度も、“押し付け人事制度”では可視化する意味がないのです。
このように、就業規則にしても、人事制度にしても、従業員さんたちに根付かなくては意味がないわけであって、従業員さんたちに根付かせるためには、一方的に押しつけてもダメだということは経営者の方も本当はよくご存じのはずなんですよ。だから、従業員側も“どうせ言ってもダメだ”とあきらめずに、粘り強く提案し続けてほしいです。
――労働組合がない会社でも、こういった取り組みは可能ですか?
望月:もちろん可能です。この場合の「労働組合」とは、企業にある「企業別労働組合」を指すことを前提にお話しますが、企業別労働組合がない会社にこそ、この本で紹介している方法は生きるはずです。
企業別労働組合がある会社というのは、労使の話し合いで労働条件を決めるという文化がすでに根づいていることが少なくないですから。
――労使間で対話しながら就業規則を作っていく際、気をつけるべきポイントがありましたら教えていただければと思います。
望月:二つ考えられると思います。一つ目は、社長さんや経営陣の皆さんが対話のはしごを外さないこと。
今まで押しつける一方だった就業規則を、ワーキング・グループ(WG)をで「双方向」のコミュニケーションを取りながら作っていくという、これまでやってこなかった取り組みをするわけですから、「産みの苦しみ」は当然あるわけで、従業員も経営者も面食らう場面というのが必ずあるはずです。
WG活動や業務改善のプロジェクトが空中分解する一番の原因は、こういう場面で、経営者がはしごを外して取り組みをやめてしまうことです。だからこそ、労使間の対話の過程でどんなことがあっても、はしごを外さないこと。これが一つ目のポイントです。
二つ目のポイントは、WGの活動をするうえでのルールを厳守することです。
WGが空中分解する一番の原因が「はしご外し」だとしたら、二番目は「有力者がもたらす圧力」です。経営者や役員といった有力者が自分の都合で不必要なリスケをしたりだとか、その会社で「実施可能」な具体策ではなく机上の空論の理想論で交ぜっ返すなどによって、WG活動が冗長化したり最悪空中分解してしまうケースも多くあります。こうしたケースでは、「社長と総務で決めればよかったね」となってしまい、これでは結局今までと何も変わりません。
そうならないためにも、WG式就業規則づくりでは「決められたルールの厳守」が大事になります。具体的には「時間に関する4つのルール」と「意見を言うことに関する3つのルール」の二つで、詳しい内容は本を読んでみていただきたいのですが、経営者であろうと、最大利益部門の役員さんであろうと、人事部長さんであろうと、WGに参加する方はみんなこのルールを遵守することが求められています。
――「会社」と「従業員」では、利害が対立してしまうこともあるはずです。そんな両者が就業規則を作るために対話するとなると、かなり紛糾することもあるのではないかと思うのですが、そうなってしまった時の対処法を教えていただきたいです。
望月:紛糾した時の対処法のお話をする前に、そもそも「会社」と「従業員」、すなわち労使は本当に対立関係にあるものなのでしょうか?
私は、労使紛争を専門にしている弁護士うや社労士の先生方のうちほんの一部の方々や、一部のマスメディアが、あたかも労使は対立しているかのようなイメージを作っているだけだという気がしています。
もちろん、全国に150万社もの法人があるわけですから、最近の各種報道にあるような悪辣な経営者もいるにはいるでしょう。でも、それはごく一部であって、多くはできれば従業員さんたちの労働条件ももっと良くてあげたい(けどなかなかできなくて申し訳ない)と考えている善良な経営者の方々ではないでしょうか。ただ、労使の「コミュニケーション不全」がある感は否めないと思います。
その典型を既存の“押し付け就業規則”のパターンからお話します。
会社側が、社労士など専門家の先生にひな形を出してもらって、就業規則を経営者や人事担当者など会社側だけで何となく作ります。それをもとに、「就業規則説明会」を開くわけですが、就業規則そのものはその場で配られるか直前に配らるなどして“読んでおいてね”といった具合です。
そして説明会の場で、社長さんや人事部長さんなどが出てきて“当社は「人財」を大切にしている会社だ。”とか“この就業規則は「君たちのための」規則だ。”というような、実体のない奇麗ごと(キラキラワード)を言って従業員さんたちを煙に巻こうとする。これが最悪のシナリオです。
――これでは対話にはなっていませんね。
望月:これで紛糾しないはずがありませんよね。たとえ紛糾しなかったとしても、それは労働者側が諦めてしまっただけであって、彼らの不満は溜まったままです。結果として、組織の中で労使紛争の火種がくすぶり続ける。私はそういうのはもう止めましょうと言いたいんです。
まずは、揉めないように労使が「双方向」のコミュニケーションを取って、納得感を得ながら就業規則づくりをすること。それでも揉めてしまうこともあります。だからこそ、WGミーティングでは、そもそも“完璧な結論”を出そうとしないことが大事です。
私は労使を対立するものだとは思いませんが、それでも立場の違う両者が限られた時間内・期限内で“完璧な結論”を出すのは相当難しいことです。これを十分理解していただいた上で、労使双方が「一応の納得感を得られればいいかな」くらいの気持ちで、気楽にに行っていただきたいと思います。
そもそも就業規則は、法改正は言うまでもなく、時代や会社のステージ、従業員さんたちのありようによってどんどん変わっていくべきもので、そういう意味では労使双方で「育てていく」ものだと言えます。だからこそ、就業規則づくりWGでは「一応の納得感」が得られれば十分なのであって、あとはその後運用しながら少しずつ変えていけばいい。そうやってどんどん労使の「双方向」のコミュニケーションを重ねていけば、だんだん完璧に近い就業規則ができあがっていくと思います。
――賃金がなかなか上がらない今、労使双方が納得できる就業規則の形はどう変わっていくのでしょうか。
望月:前述のとおり、経営者の皆様は、基本的には自分の会社の従業員さんたちの賃金を(できれば)上げてあげたいと思っている方々で、安く使ってやろうという経営者はほんの一部だと思います。
でも、事実として「ない袖は振れない」んですよ。ここで多くの社長さんは間違いを犯してしまうんです。
どういうことかというと、さっきも少しお話しましたが、従業員さんたちに対して“人財”“夢と絆”“仕事はお金のためじゃない”といった“キラキラワード”に逃避してしまう傾向が少なくありません。申し訳なさをこうした歯の浮くような美辞麗句を並べたててごまかそうとする方がいっらっしゃいます。これは絶対にやめたほうがいい。
私も経営者なので、そういうことを言いたい社長さん方の気持ちがよくわかります。賃金を上げてあげたいけどない袖は振れないという申し訳なさや恥ずかしさ、辛さが“キラキラワード”には込められているわけで、それはそうした一部の社長さんたちとっては偽らざる真実でもあるんです。
――キラキラワードで少なくとも事態が好転することはないですものね。
望月:そうなんです。キラキラワードを言ってみたところで、ない袖が振れるようになるわけではないですし、従業員さんたちからしたらこうしたごまかしの言葉は何の意味も持たないどころかかえって負の感情も産みやすい。
じゃあどうするかとなった時に、私は社労士として「ない袖を振れる」ようにするまでが自分の役割だと思っています。お給料を上げてあげるための「原資」を作る方法を経営者の方と一緒に考えて「実行」していくんです。
やり方はいろいろあって、売上にシフトする方法もありますし、生産性にシフトする方法もあります。私は「人の専門家」なので、人と組織の生産性を高める仕組み作りを、会社や経営者の方と一緒にやっていくわけです。生産性が上がれば売上げも利益率も上がりますから、従業員さんの給料を上げるための「原資」が生まれます。
こうした、生産性を上げる取り組みというのは、多くの会社に必要で、その発射台として、WGによる就業規則づくりは最適なんです。それまで労使間の「双方向」のコミュニケーションがなかった会社が、いきなり「残業をゼロにして生産性を上げよう」というのはハードルが高いので、まずは就業規則のところから、労使間の「双方向」のコミュニケーションを練習しましょうということですね。
――最後になりますが、読者の方々に向けてメッセージをお願いできればと思います。
望月:労使が「双方向」のコミュニュケーションで、納得感を得ながら、就業規則づくりをしていきたいと考えているような経営者の皆様、人事部門の担当者の皆様、また、会社にそういう就業規則づくりをしてもらいたいと思っている従業員の皆様に、ぜひこの本をお手に取っていただきたいと思います。
昭和54年、静岡県生まれ。特定社会保険労務士、残業ゼロ将軍®® 。
中央大学文学部卒業後、外資系戦略コンサルティング会社を経て、アイエヌジー生命保険株式会社に入社。平成15年に社会保険労務士試験に合格。平成22 年に望月建吾社会保険労務士事務所/ 株式会社ビルドゥミー・コンサルティングを開業。人材や組織に特化した戦略コンサルタント、外資系大企業の人事部門、そして開業社労士と一貫して組織・人事のスペシャリストとしてのキャリアを歩む。現在は、従業員数万人規模の東証一部上場企業から小さな会社まで、数多くの顧問先企業へのヒトと組織の生産性アップに特化した経営指導にあたる傍ら、これまで200 社余りの就業規則づくり支援、100 社余りの残業ゼロの労務管理™ 支援を手掛ける。また、最近はこれまでの実践経験を生かし、全国の商工会議所・商工会・法人会などでの講演活動、及び雑誌の記事執筆、並びに大学での実務家教員なども数多くさせて頂いている。さらに、N H K 総合テレビ『クローズアップ現代』や『あさイチ』に、企業と二人三脚で長時間労働対策に取り組む専門家として出演するなど、テレビ出演も多数ある。著書として、『会社を劇的に変える!
残業をゼロにする労務管理』( 日本法令 刊) がある。加えて、全国史上最年少支部長候補( 平成24 年11月現在)
として擁立されるなど、「お客様目線」の社労士業界を目指して、後進育成でも精力的に活動している。
■連絡先/ コンサルティング依頼先
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