「育休とりたいか?」理系男子の反応
帝国データバンクが2015年におこなった調査によると、日本における女性管理職の割合は平均6.4%、さらには「女性管理職ゼロ」という企業が50.9%にものぼることが分かっている。
これらのデータを見る限り、「ダイバーシティ」や、そこに含まれる「女性の社会進出」はいまだ道半ばといったところ。「女性の社会進出」は日本社会が今後真のダイバーシティを獲得していくための一里塚だといえる。『思い通りの人生に変わる 女子のための仕事術―――会社では教えてくれない女性のためのビジネス作法とルール36』(ダイヤモンド社/刊) の著者、竹之内幸子さんにお話をうかがった。
――まずは、竹之内さんが普段どのような活動をなさっているのかについて教えていただけますか。
竹之内:ダイバーシティ推進のための活動の一環として、企業のなかで女性が活躍できるよう、コンサルティングや研修をさせていただいています。
今年の4月から「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(女性活躍推進法)」が施行され、301人以上の従業員を抱える企業は女性の活躍推進に向けた行動計画の策定などが新たに義務づけられるため、最近はこれから真剣に取り組んでいきたいと考える企業様向けに、「多様なリーダーシップスタイルを持つ女性管理職」を生み出していくための支援をさせていただくことが増えていますね。
――「多様なリーダーシップスタイルを持つ女性管理職」を生み出すための支援とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。
竹之内:女性の管理職候補の方向けに、リーダーシップやキャリアデザインについて学んでいただくための研修をおこなっています。前者については、従来の「私についてきなさい」というトップダウン型のリーダーシップだけでなく、「皆を称えながら、一緒に進むべき方向に導くタイプのリーダーシップだってある。そもそもリーダーシップはリーダーだけに求められるスキルではなく、自分の役割を全うするために、周りを巻き込み目標達成するスキルなんだ」ということを知ってもらいます。後者については、通常の階層別で行うキャリアデザインもありますが、特に、最近企業が力を入れている「育休(育児休暇)前研修」の場合「出産後も働き続ける女性社員の存在は特別なものではなく当たり前」になりつつあることを当事者も認識し「復職後どのような働き方をしたいのか」についてグループワークをしながら考えてもらい、しっかりとした個人のビジョンを持っていただくことを意識しています。実際に復職し育児と仕事を両立させる中で「思いがけないこと」が立て続けに起こり自信をなくす方も出てきます。研修ではそのような方々に自信をつけていただくためのフォロープログラムも入っています。
また、「多様なリーダーシップスタイルを持つ女性管理職」を生み出すためには、そのための土壌づくりも欠かせません。そこで、女性管理職を「育てていく」側に向けてのコンサルティングや研修をすることもあります。
――女性管理職を「育てていく」側というのは男性管理職を指すのですか。
竹之内:現状、男性の方に向けてお話する機会が多いです。ただ、これは必ずしも「男性に向けた研修」というわけではなくて「管理職向けの研修」という位置づけでおこなっています。要するに、これまで「決まったパターンの管理職」しかいなかったという課題を抱える企業様に向け、多様性に富んだ管理職を生み出すための支援をさせていただいているのです。
――日本でも、「ダイバーシティ」や「多様性」といった言葉はごく普通に使われるようになりました。にもかかわらず、依然として日本企業の多くはダイバーシティを実現できていないようにも映ります。竹之内さんにとって「ダイバーシティが実現された企業」とはどのようなものを指すのでしょうか、また、その理想に対して日本の現状はどのような進捗状況にあるのかについてご意見をお聞きかせください。
竹之内:まず私が考える「ダイバーシティが実現された企業」とは「対話のできる組織」です。つまり、一人ひとりが思い込みを捨て、お互いの違いを認め合いながら、しっかりと対話できる組織。
そういう理想に対して、日本の現状はどうなのかと言われれば、「まだまだ」だと思っています。ただ、このような変化というのは、5年や10年でドラスティックに起きるものではなく、長い時間をかけて徐々に変わっていく性質のものだとも思いますね。
――その意味では、ここ10年ほどの間に起きた小さな変化のなかで、竹之内さんが注目しているのはどのようなものですか。
竹之内:男子学生の働き方に対する意識の変化ですね。今の若い人たちは共働きがマストだと思っているし、自分も育児休暇をとるのが当たり前だとも思っている。就職する企業選びにもその考え方が反映されるようになってきています。理系男子を例にとると、約36%の人が「育児休暇を取って、積極的に子育てしたい」と思っているようです(※1)。
背景としては、1992年に共働き世帯の数が専業主婦世帯の数を逆転し、そこから20年近く経ったことが大きいでしょうね。つまり状況の変化に対して人々の意識がようやく追いついてきた。あとは、生涯賃金が上がらない、「1億総活躍社会」になり定年が延びて70歳ぐらいまで働くことになりそう……といった将来的な不安があることも影響していると思います。
――たしかに、それは10年前には考えられなかったことですね。そのように男性側の意識が変化するなかで、日本企業においても自ずと多様性が徐々に実現されていくのかも、と希望を持てます。ところで本書は、特にどんな層の女性に読んでもらいたいですか。
竹之内:あるアンケート調査(※2)によると、「管理職になりたい」と答えた女性が18.7%だったのに対し、「管理職になりたくない」と答えた女性は49.0%にのぼったそうです。つまり、管理職に「なりたい」とも「なりたくない」とも答えていない女性が32.3%いる。この本は、この「どちらでもない」層の女性たちに読んでもらいたいですね。
――本書は仕事から育児まで様々な切り口が扱われています。そのような層の女性に、特に伝えたいメッセージは何ですか。
竹之内:その質問にお答えする前に、まず、なぜこれほど多くの女性が「どちらでもない」と答えたのかに触れておく必要があると思います。男性と女性とでは、脳の仕組み上、「視野の広さ」が異なります。女性の場合、物を見たり考えたりするときに「手前のもの(こと)」に意識が向いてしまいがちですが、男性は空間認識能力が高いことから、奥行きにまで意識が向くといわれています。
この視野、奥行きの違いは、たとえば車の運転にも現れます。私は一つ前の信号しか見ませんが、夫は三つ先の信号まで見て運転するといった具合に。キャリアに関しても同じことが言えて、女性は半年先のことならリアルに考えることが可能ですが、男性は3年先、5年先、10年先のことを考えることに対する心理的抵抗が少ないと言われています。
――なるほど。その違いは大きいですね。
竹之内:言い方が難しいのですが、女性は実際の視野同様キャリアに関しても近視眼的になりがちといえます。ただ、「どちらでもない」というのは、決して「どちらでもいい」と投げやりになっているという意味ではありません。女性は「今、ここ、自分」を大切にしたいという意識が強い。「今、ここ」の自分が幸せであれば、過去の自分も、未来の自分も幸せと考えるわけです。
なので、そういう女性にはぜひ、本のなかにも書いた「65歳の誕生日をイメージしてみる」ということにトライしてみてほしいです。漠然としたもので構いません。65歳になったとき、自分はバリバリ働いていたいのか、それとも子どもや孫たちに囲まれた穏やかな生活を送りたいのか……といったことをイメージするだけでも、見える風景が変わってきます。
もちろん「いきなり65歳のときのことを考えるのは難しい……」と感じる方もいるでしょうから、その場合は「1年後、どういう自分になっていたら、自分で自分のことを好きになれるか」をイメージするだけでもいいと思います。そうすれば自然と「何をすれば、そうなれるのか」「どういうことからなら始められるのか」といった具合に思考できるはずですから。
※1『2015年卒 マイナビ大学生のライフスタイル調査』より
※2 クレイア・コンサルティング株式会社が2014年6月に実施した調査にもとづいたデータ
自分で自分を苦しめる 働く女子にありがちな思い込み
――インタビュー前編の最後にも少し話が出ましたが、本書の特徴の一つは「男女の脳の違い」に着目した上で論を進めているところにあると思います。竹之内さんは、どういう経緯で「脳の仕組み」に興味を持つようになったのでしょうか。
竹之内:この本にも書きましたが、 私自身、男女の脳の違いに気づくまで、空回りの連続でした。たとえば、同じ提案をしているのに、私の場合は通らず、同僚の男性の場合はすんなり通って、「なぜ?」と思うことがよくあったのです。他の女性スタッフを見ても、私と同じような思いをしている人が少なからずいるようにも感じました。
そこで、提案の内容そのものではなく「伝え方」に問題があるのではと思い、書籍や講座を使って心理学やコミュニケーションについて学ぶようになったのがきっかけですね。その後、5、6年ほど、そういった分野を学びつつ、同時に学んだことを実際に「ああしてみたらどうか、こうしてみたらどうか」と試すうち、以前のように男性の上司とぶつかることがなくなっていったのです。
――心理学などを学び、男女の脳の仕組みに気づき、そのことを踏まえて働き方を変えていくなかで、「女性がスムーズに働くためのノウハウ」を見つけていったのですね。本書で「私たちが向かうべき先は、男女が肩肘張り合う世の中ではありません」と書かれていたことも印象的でした。
竹之内:その点は特に強調したいところです。本書を通してお伝えしたいのは、男性を打ち負かすことでも、男性の考え方に従うことでもありません。あくまでお互いの違いを認め合い、コミュニケーションをしていくなかで理解を深めていくために、男女の脳の違いを理解することが重要だということが言いたいのです。
冒頭で「ダイバーシティが実現された企業とは“対話のできる”企業のこと」というお話をしましたが、たとえば男性側の「女性に重要な仕事を任せるのは可哀想だ」という一方的な思い込みだけで、組織の様々なことが決められていくのではなくて、いったん「それは本当に可哀想なことなのか」について、男性と女性、両方の視点を交えて対話する機会をつくる。その結果、「やっぱり可哀想だよね」ということになるならそれはそれでいいと思っています。
――少し話が逸れてしまうかもしれませんが、「思い込み」という言葉が出たのでお聞きしたいことがあります。本書には「仕事、家事、育児の三つ合わせて100点なら合格!」というメッセージが出てきます。このくだりを読みながら、こういう書き方をされているということは、「仕事も家事も育児も、“それぞれ”100点じゃなきゃダメなんだ」と思い込んでいる女性が少なくないのかなと思ったのですが。
竹之内:そういう部分はあります。私がクライアントとしてお会いする女性の方に関して言えば、本当に真面目な方が多い。そして、真面目だからこそ「全部、完璧じゃないと!」と思ってしまう人が多いようです。でも女性にとって重要なのは、何から何まで自分でやろうとすることではなく、うまく周りの助けを借りるということだと思っています。
――どうすれば、うまく周りの助けを借りられるのでしょうか。
竹之内:たとえば自分が時短勤務制度を使っているのなら、退社後のフォローをお願いしている後輩女性に、「いつもありがとう」という感謝の気持ちを込めて、ランチをおごったり、スイーツを差し入れしたりといったことをしてみるといいでしょう。
私はよく「相手矢印」という言葉を使うのですが、相手の立場、視点に立って物事を考え、行動することを心がけると、周囲の反応はガラリと変わります。なので、先の例でいえば「私って大変!」と自分本位に考えるのではなく、まずは「手伝ってくれる人たちに、自分は何をギブできるのか」と考えてみることが、うまく周りの助けを借りるためのポイントだと思います。
――竹之内さんが「相手矢印」の重要性に気づいたきっかけは何ですか。
竹之内:息子に発達障がいがあると分かったのは大きなきっかけでしたね。分かった瞬間はショックでしたが、すぐに「息子をどういうふうに育ててあげたら、彼は幸せになれるだろう」と、彼が向かうべき「ゴール」について考え始めていました。そして、そのことを考えるなかで、私は彼からもう一つ大切なことを教わったのです。
――それは何でしょうか。
竹之内:「自己内対話」の重要性です。自己内対話とは、何か心がザワつくようなことが起きたとき、自分の感情にフタをするのではなく、「なぜ自分はそう感じているのか」を納得いくまで自分に問いかけてみること。
そうして問いかけるなかで見えてくる、弱い自分や逃げたくなるような感情をしっかりと見つめることで、自分の価値観や軸がクリアになるのです。私の場合、息子の将来について自己内対話をした結果、「人からお世話になるだけでなく、“ありがとう”と言われる人生を送ってほしい」というゴールを設定することができました。彼は今、23歳ですが、某小売業のスタッフとして働いています。
――自分の価値観や軸を見つけることが、「相手矢印」にどうつながるのでしょうか。
竹之内:自己内対話の結果、「この軸で行くんだ!」と決断することで、自分の考えや行動に自信を持てるようになります。そしてそれは心の余裕につながる。心に余裕が生まれれば、「私はこう思うけど、あなたはどう思う?」と、他人の価値観やモノサシにも理解を示すことができるようになるのです。それはつまり、相手矢印で物事を考えることができるようになったということです。
――最後になりますが、読者の皆様へメッセージをお願いします。
竹之内:なぜ私が自己内対話を通じて「自分なりの価値観や軸を持ちましょう」と申し上げているのかというと、それは時代の要請だからです。これだけ世の中の価値観が多様化してくると、「自分のモノサシはこれだけど、あの人はどれ?」と、多様性を認め合い、理解し合うために、いくつものモノサシが必要になってくるでしょう。
そして、そこで求められるのが、自分の思いを大事にしながらも、人の思いに寄り添うことができる、という女性脳的な価値観です。
女性脳的な価値観と男性脳的なそれとがうまく掛け合わされ、自然と「みんな違って、みんないい」と言い合えるような社会にしていけたらと思っています。
(了)