―まず、ベストセラーとなった前著『絶望の国の幸福な若者たち』についてからお話をうかがいしたいのですが、前著を読んだ読者から様々な反応が返ってきたと思います。その反応に対して手ごたえはありましたか?
「僕も編集者も出版社も、誰もそんなに話題になる本だとは思っていなかったので、びっくりしました。いろいろな反応があって、もちろんその中にはとぼけた批判や中傷も多かったのですが、それだけの方に知っていただけたということなので、そういう意味で「手応え」はありましたね。あとは、作家の高橋源一郎さんがこの本の「あとがき」を『非常時のことば』という本で引用しつつ、解説して下さったことがうれしかったです」
―久々の単著となる本書は前著の若者論からさらにテーマをしぼった、「起業家論」「仕事論」が展開されていますが、このテーマにフォーカスした理由は?
「『絶望の国の幸福な若者たち』では、ファストファッションに身をつつみ、スマートフォンを片手に、お金をかけずにそこそこ楽しい暮らしをする若者たちの姿を描きました。ただメディアなどでは、僕がさもその「若者の代表」として扱われる機会が増えたんです。
だけど僕のまわりには起業家や経営者、エンターテインメント業界で活躍する人など「すごい人」がたくさんいる。僕自身も学生をしながら友達を会社をしたりしている。全然属性的には「若者の代表」ではない。そこで、「僕のまわりの世界のこと」を書いてみようと思いました」
―本書でも述べられているように日本は「起業」に風当たりが強い、もしくはポジティブではない印象があるように思います。古市さんはその現状についてどうお考えですか?
「単純に「起業」が一般的ではないこと、そしてホリエモン騒動の影響が大きいと思います。本でも書いたように、昔は起業なんて当たり前。この国には自営業者がたくさんいました。作家の村上春樹さんも喫茶店を起業されていますよね。それが地価の高騰などの理由によって起業というのが一般の人のものではなくなった。そして、90年代からネットバブルがはじまり、そのピークがホリエモン騒動です。あれで「起業」に関するイメージが偏ってしまったのかなと思います」
―冒頭に古市さんが執行役として経営に携わっている(そして本のタイトルにも使われている)有限会社ゼントについて触れられています。ゼントとはどんな会社なのですか?
「本の書き出しがこんな風にはじまります。「上場はしない。社員は三人から増やさない。社員全員が同じマンションの別の部屋に住む。お互いがそれぞれの家の鍵を持ち合っている。誰かが死んだ時点で会社は解散する」。あんまり意味がわからないですよね。詳しくは本を読んでいただけるとうれしいです」
―古市さんはどうしてゼントにコミットされているのですか? また、ゼントを通して学んだことはありますか?
「気づいたら、いつの間にか…。今でも何をしているかは自分でもよくわかりません。ただ、「会社」や「役職」というのはただの箱や肩書きにすぎなくて、そんなものに縛られているのは窮屈だなあということには気づきました」
―一部の若者たちが、いわゆる「雇われない生き方」(起業などを含む、正規雇用にこだわらない生き方)を求めるのは何故なのでしょうか。また、古市さん自身は「雇われない生き方」について肯定的ですか? 否定的ですか?
「脱サラからはじまり、フリーターブームまで、ずっと昔から「雇われない生き方」ブームはありました。問題は、日本社会が「雇われない生き方」に対応していないこと。社会保障は基本的に会社や家族単位。一度失敗したら、なかなか再チャレンジができそうもない社会。そんな中で専門性のない人が起業しても、結局ただの下請けみたいになってしまうと思います。学生ベンチャーとかでありがちなのが、ちょっとの利益で喜んでいて、でも時給に換算したらマックでバイトしたほうがよかった、みたいなパターンです」
―今後、日本人の働き方はどのように変わると思いますか?
「まず働く高齢者や女性が増えると思います。移民をどれくらい受け入れるかどうかによりますが、多くの若者、女性、高齢者は移民の代わりに安価や労働力として使われます。そしてますます「正社員」のような安定した身分の人は減っていくと思います。そんな中、多くの人が多かれ少なかれ、望む、望まないにかかわらず「起業家」のように働かざるを得なくなっていくと思います」
―古市さんが最近、注目している社会的事象はありますか? また、あるとすればそれはどのような事象ですか?
「春から夏にかけて創刊されるいくつかの女性誌に興味があります。ある種80年代的な女性のキャリアアップを追い続ける『DRESS』、ぽっちゃり女子向けの『ラ・ファーファ』、そして28歳前後の女子を対象としたカルチャー誌『ローラ』。メディアが社会を作る時代は終わったと思いますが、逆に社会の合わせ鏡として新雑誌には興味があります」
―社会学者として今後取り組みたい研究テーマを教えてください。
「いまは夏の発売に向けて戦争博物館の本を書いています。「現代」の「若者」から見た戦争というものを描いてみたいと思ったんです。あとは最近、宇宙にも興味がありますね。もちろん起業家に関しても、もう少し内容をアカデミックに深めた研究はしてみたいと思っています」
―本書で最も伝えたいこと、どのような人に読んで欲しいと思っているか教えてください。
「いまの働き方を考えたい人、働くことがしんどいと思っている人、起業を考えている人…。広い意味で「働く」ということに興味がある人になら楽しんで読んで頂けるんじゃないかと思っています。本の前半はドキュメンタリーのように、現代の起業家の生態系を描きました。そして後半はそれを相対化したパートです。まずは興味のある章から読んでいただけるとうれしいです」
―最後に読者の皆様にメッセージをお願い致します。
「新書や文庫じゃないので、よく「高い」といわれるのですが、飲み会一回分よりは安いと思うので、手にとって頂けるとうれしいです」