BOOK REVIEW
- 書評 -

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 日本には約250万もの企業が存在し、そのほとんどが中小企業だと考えると「親が経営している会社をいつかは継ぐ」という人は案外多いのかもしれない。

 ただ、事業の継承というのはもちろん簡単なことではない。手続きの上では子から親へと経営権がバトンタッチされたとしても、親がなかなか会社から離れようとしなかったり、親が引退したとしても古参の社員が「先代のほうが良かった」と何かと足をひっぱるような言動をとることは珍しくないのだ。こうなると、経営の引き継ぎはなかなかスムーズに進まない。

『先代を超える「2代目社長」の101のルール』(明日香出版社/刊)の著者、長井正樹氏も、親子間での事業承継の難しさを知りつくした経営者のひとりだ。今から10数年前、父親が経営していた会社を継ぎ、試行錯誤の末に会社経営を軌道に乗せた経験を持つ。
 そんな彼が本書のなかで語る「事業承継101のルール」は、親から子への事業承継における普遍的な真実を示している。

■会社を継ぐのは若いほうが良い

 中小企業庁が発表している『中小企業白書2013』によると、直近5年間での現経営者の承継時の平均年齢は50.9歳。一方、長井氏が父親から会社を継いだのは29歳のときのことで、平均に比べればかなり若い。
 長井氏はこの経験を振り返り、会社を継ぐタイミングについて「若ければ若いほど良い」と述べている。その主な理由は、「若いときほど情熱を保ちやすいから」というもの。逆に、年齢や経験を重ねるほどに情熱を保つのが難しくなるとも指摘している。
 どんな人でも、会社を継いだ当初から成功を重ね、順調に事業を成長させていくのは難しい。当然、最初のうちは失敗やミスをすることも多いだろう。そこで、後継者の年齢が鍵になる。
 「若い」後継者が情熱的に仕事に取り組んでいる姿勢を見せれば、多少の失敗をしたとしても、周囲の人が目くじらを立てることはまずないが、年を取ってから会社を継いでしまうと、このように大目に見てもらえることは難しくなるのだ。「継ぐなら若いほうが良い」という長井氏の主張にはこんな理由があるのだ。

■先代社長の退職金は最大限の額を払うべき

 本書によると、通常、社長や役員への退職金は「最終月額報酬×在任年数×功績倍率」という計算式によって算出され、支払われる。当然、企業の規模や退職者の置かれた状況によって退職金の額は様々だが、長井氏が父親に払った退職金はいくらだったのか。
 長井氏が継いだ当時、会社は赤字こそ出していなかったものの、資金的に余裕のある状態ではないにもかかわらず、父親から経営譲渡の条件として1億5千万円もの額を提示され、その額をそのまま借金として背負いながらも退職金を用意したという。
 長井氏がこのような姿勢を示したことで、先代社長の気持ちを落ち着かせることができたのはもちろん、事業継承や相続の際に生まれがちな、兄弟間や親族間での不公平感や軋轢を拭いさることができた。
 上で紹介した「会社を継ぐタイミング」の話にも言えることだが、会社を継ぐ者にとって、その一挙手一投足は常に「関係者の目」にさらされ、その行動いかんで親族や古参社員は敵にも味方にもなる。退職金という物差しを使って、「事業を継ぐ側の覚悟」が試されているというわけだ。

 現在、自身の経験を生かし、若手後継者たちへの事業承継コンサルティングという活動も自社の経営と並行して行なっている長井氏だが、事業を継ぐ側の悩みは、その大半が父親に関することだという。親だからこそ引退しても経営に干渉してくることもあるだろうし、親が経営していた頃の問題が代替わりしてから表面化することもありえる。親子だからこそ一筋縄ではいかないのだ。
 そんな彼が「101のルールのなかで最も重要」なものとして挙げるのは「父との和解」。幼少期からずっと父親と不仲だった長井氏は、事業承継をして10数年が過ぎたころ、父親が肝臓がんになり余命わずかとなったことがきっかけで和解をした。そのことによってようやく「ほんとうの意味で『事業承継を終えた』と思えた」とも語っている。
 事業承継の難しさ、そしてその困難を乗り越えたときに得られる幸福感、本書では事業を受け継ぐことの苦しさと喜びが著者自身の言葉で綴られている。「いずれは家業を継ぐ」という人にとって、これ以上ない教科書になるのではないか。
(新刊JP編集部)

PROFILE
- 著者プロフィール -

長井 正樹

株式会社高浄(タカジョウ)代表取締役
株式会社さんきゅー 代表取締役
高槻まちづくり株式会社 代表取締役社長
1972年、大阪府高槻市生まれ。大学卒業後に上京し、保険会社の営業マンに。29歳で地元、高槻に戻り、父親のビルメンテナンス会社を継ぐ。事業承継の条件は、父親への1億5千万円の退職金。この借金を返済する一方で、出張シュレッダー会社、福祉用具レンタル会社などを創業。不仲だった父親との和解によって経営が安定し、すべての会社を黒字にした経験から、「真の事業継承は、先代の想いを継ぐこと」をテーマに講演活動を開始。幸せを分かち合う経営に情熱を注ぐ傍ら、多くの若手後継者たちから事業継承の相談を受けている。

CONTENTS
- 目次 -

  1. 1章
    継ぐ意志を固め、逃げ場をなくす
    後継者宣言期
    1. 後継者としての覚悟を決めよ!
    2. 悩む前に〈後継者決意宣言〉をしよう!
    3. 先代と比べてしまう、そんな自分をまず受け入れる
    4. 事業承継の「イニシエーション」を通過しよう!
    5. 親の「継がせたい」をくみとろう!
    6. 「得」だけではなく、先代の「徳」を継承せよ!
    7. 「継ぎたい」と思ったときが継ぐとき!
    8. 何歳になっても、情熱をチャージしよう!
    9. 気づく「勇気」で、継ぐ前の恐怖心は消える
  2. 2章
    継ぐと決めたものの、心穏やかでない
    モヤモヤ期
    1. 〈モヤモヤ期〉があることを知っておこう
    2. 事業承継までのロードマップは、父と一緒につくろう!
    3. 先代がなかなか引退しないなら、しない理由を一つずつ消していこう!
    4. 引退後の父の活躍の場所をきちんと考えておこう!
    5. 先代に十分な額の退職金を払おう!
    6. 先代の借金は、稼ぐためのエネルギー源と考えよ!
    7. 自分の運命を呪うな!
    8. 〈武者修行〉も選択肢の一つに入れよ!
    9. 〈モヤモヤ期〉の心の穴を埋めるのは、チャレンジ精神だ
    10. いちばん後悔するのは、「やりたかったことをしなかったこと」
    11. 理不尽な先代と衝突したら、「感謝」のブレーキを踏もう!
    12. 「つながり」を感じる心が、後継者の孤独を救う
    13. 良き相談相手は、「ほかの三角形の頂点」にあり
    14. 古参社員の「引き出し」を利用しよう!
    15. 「決定する」仕事に集中し、先代に退いてもらおう!
    16. 迷う時間を惜しみ、早く決断せよ!
    17. 「負の遺産」は、先代に清算してもらっておく
    18. ときには「弱い自分」を見せ、泣きごとを言っても良い
    19. 後継者の空気が職場を変える
    20. 社内のピリピリ空気に早く気づこう!
    21. 息子は父から見ると、ずっと半人前。競争するなら昔の父と!
    22. ピンチのときの応援・支援を忘れるな!
    23. 事業承継の苦労はすべて思い出になる
  3. 3章
    安定飛行をめざし、試行錯誤がつづく
    ジタバタ期
    1. パートナーの声に耳を傾けよ!
    2. 第三者の目で自分を見つめ、〈モヤモヤ期〉を脱出せよ!
    3. 自分の心に潜む「マグマのような願望」を直視せよ!
    4. 欠けている部分を埋めてくれるメンターをもとう!
    5. ホンモノのメンターを見つけよう!
    6. 〈見えない契約書〉があることを知ろう!
    7. 心のなかの「会社私物化」を見直せ!
    8. 挨拶が社員との距離を縮める
    9. 小さなこと、一つひとつを全力で!
    10. 「汗をかく後継者」のすがたをまわりは見ている
    11. 「誠実な後継者」のすがたをまわりは見ている
    12. 疎ましい父との会話のきっかけは、部屋の隅に転がっている
    13. 「母の自立」イコール「後継者の自立」!
    14. 母親からのプレッシャーを受け止める必要はない
    15. 先代から誉められることはない、と心しておく
    16. 「自己依存」の考え方で不安を解消しよう!
    17. 先代との約束を大切にせよ!
    18. 心に潜む最大の「一害」を探し、取り除け!
    19. 創業者の時代に思いをはせよう!
    20. わが社の「心の聖地」をもとう!
  1. 4章
    ココからが本番、やるべきこと山積の
    社長業奮闘期
    1. 先代のスキマを埋めよ!
    2. 心のなかの「よこしまな部分」に早く気づこう!
    3. 新事業をはじめて、創業者の苦労を知るのもヨシ!
    4. 頭のなかで、何百社倒産させても良い
    5. 冒険と安定のあいだで、「事前調査」を怠るな!
    6. 人事改革という甘い誘惑に乗るな!
    7. コントロール目的で社員を研修に行かせるな!
    8. 後継者は〈ナンバー2〉を置こう!
    9. 「顔」だけで「お客さま」をつなぐ個人商店から脱却しよ!
    10. 先代の「顔」による関係を、「質」の関係にしよう!
    11. 「ねぎらい思考」で行こう!
    12. 失敗から学ぼうとする姿勢、それが社員に伝わる
    13. ときどき辛苦はともなうが「楽しい」をめざそう!
    14. お金という「会社の血液」の流れをつかもう!
    15. 「貸借対照表(B/S)」で、キャッシュを管理しよう!
    16. 税理士とは違う「数字」の見方をしよう!
    17. 先代からの「お客さま」を軸にマーケティングを考えよう!
    18. 「信頼関係」のため、最低限のチェック体制は敷こう!
    19. 信頼できる仲間を得るには、行動にふさわしい心が必要
    20. ちっちゃなこと、くだらないことを楽しもう!
    21. 「与える」ことができる、ホンモノの親分をめざせ!
    22. "困った人"を、「追い出してあげる」のも仕事!
    23. 創業者が見た夢を確かめよう!
    24. 「理念の原点」を確認できるメモリアルを準備しよう!
    25. 「失敗が怖い」はただの甘えに過ぎない!
    26. 子どものときの小さな夢を思い出そう!
    27. 自社を「良い会社だ」と語れ!
    28. 「リスクの見積もり」で、引き際を考えておこう!
    29. 「やっている」感の強い仕事をぐんと増やそう!
    30. 後継者予備軍でも、社員採用に必ずかかわろう!
    31. 社員とのコミュニケーションを疎かにするな!
    32. 社員の「できている部分」を評価しよう!
    33. 職場のチームワークを上手く機能させよう!
    34. 効率化の罠にハマるな!
  2. 5章
    先代の理念を確かな実りにする
    真の継承期
    1. 継いで5年も過ぎたら、旅に出よう!
    2. 家族単位の交友は、最大のセーフティーネット
    3. 自分のために働こう!
    4. ホンモノに接して感性を磨け!
    5. 違う世界の空気に触れろ!
    6. わが子に「ぼくも継ぎたい」と思われる後継者をめざせ!
    7. 後継者は「旦那」をめざせ!
    8. 迷える後継者は父の「生き様」を確かめよう!
    9. 「生きる喜び」を追求しよう!
    10. "魂が震える"ような「小さな物語」をたくさん創ろう!
    11. 100年先を考えよう!
    12. 「父との和解」を果たしたときが、真の事業承継だ!
    13. 父との確執は、親子で正面から向き合って解消しよう!
    14. 「理念」さえ継げればそれでヨシ、と考えても良い
    15. 見えない大切なギフトを、次の世代に引き継ごう!

INTERVIEW
- インタビュー -

芸能人にしても、経営者にしても、「二世」には何かと「親の七光り」という言葉がつきまとう。こうした世間からの冷やかな視線をはねのけ、「●●の子ども」という看板の力を借りずに、その世界でのし上がっていく人がいる一方、プレッシャーや誘惑に押し潰され姿を消す人も少なくない。
特に企業経営の世界には「初代が創業して二代目で傾き三代目が潰す」という言葉があるほど、親の事業を継いで発展させていくのは難しいことなのだ。
『先代を超える「2代目社長」の101のルール』(明日香出版社/刊)の著者である長井正樹さんはこの例えでいうと「三代目」だが、事業承継の「苦しさ」を存分に味わいながらも、見事に発展させている。長井さんがこの体験で学んだ、事業承継の「苦しみ」と「喜び」はどんなことだったのだろうか。

著者近影

―まずは本書の執筆経緯を教えていただけますか。

長井: 2011年の年末、父をがんで亡くしました。私が父から会社を継いで10年ほど経って、ようやく「本当の意味で事業承継を終えた」と思えるようになった矢先のことです。そんなとき、とある異業種勉強会から、事業承継について話してほしいとオファーをいただいたことが執筆の直接のきっかけです。
それは参加者が30名ほどの勉強会で、上は70代の「先代」社長、下は40代の「二代目(あるいは三代目)」社長に向け、自分の体験を30分ほどかけてお話させていただいたのですが、「先代」の世代の方からは「息子がなぜ自分に反抗的なのかが分かった」、「二代目(あるいは三代目)」からは「親父がどんな思いでいるのか、少しだけ分かった」といった感想をいただきました。
そして、その勉強会が開かれてから半年も経たないうちに、その場に参加されていた何名もの先代がパタパタッと会社をお子さんに譲られたんです。

―それだけ長井さんの体験談が、参加者の心に刺さったということでしょうか。

長井:そうだったのかもしれません。その後も、知人経由で事業承継に関する講演を頼まれたり、「こんな後継者がいるから相談に乗ってあげてほしい」とお声がけいただりといった機会が増えていきました。そういうなかで、「自分の体験談を必要としている人は多いのかもしれない」と思うようになっていったんです。
ただ、私の本業はあくまで社長業。いつもそういったことばかりしているわけにもいきません。そこで、ここ3年ほどの間、自分が話してきたことを書籍にまとめておきたいと思ったというわけです。

―今、「事業承継の相談に乗る」というお話が出ましたが、そのような相談に数多く乗ってきた実感として、本書では「父親との関係性に悩みを持つ後継者が少なくない」と書かれていますね。父親との関係を良くしたいと思いながらもきっかけをつかめずにいる後継者には、どのようにアドバイスされているのですか。

長井:いつもお伝えしているのは二点です。
まず、父親側の視点でこれまでの出来事を振り返ってみること。息子が生まれたとき、息子が自分の会社に入ったとき、父親はたいてい、うれしく思っているものです。
でも、こうして意識的に振り返らないかぎり、子は父のそうした思いを忘れてしまいがち。逆に言うと、それを思い出すことができれば、自分が子どものころ父親に対して持っていた感情……尊敬や憧れといったものも自然と思い出せるのではないか、というお話をします。
次にお伝えするのは、人生には必ず終わりがあるということ。自分は父親とどういう形で終わりを迎えたいのか。それをイメージしてみてくださいというお話もしますね。

―なぜ、その二点をお話されるんですか?

長井:後継者は、この二点をじっくり考えることで「自分は“望まれて”生まれた人間なんだ」と思い出すことができ、「父親の人生がいつ終わっても後悔のないよう、何かチャレンジしなきゃ」と思えるようになるケースが多いからです。そうなれば、父親に「ちょっと話したいことがある」「一回呑みに行こう」と声をかけたくなる。もちろん、そうなったからといって、すぐに父親との関係が良くなるというわけではないのですが、良い方向には向かっていくと思うんですよ。
私自身、子どものころからずっと父と不仲で「分かり合えるわけないんだから、このままでいいや」と諦めていた時期が長かった。でも、ある時期を境に「和解したい」と思えるようになってからは、確実に関係が良い方向に向かっていったという実感があります。

―長井さんの場合は、どのようにお父様と和解されたのですか。

長井:父が肝臓がんになり余命宣告を受けたことがきっかけでした。会社の古参のスタッフが働きかけてくれたこともあり、あるとき父から初めて私への感謝の気持ちをつづった手紙が届いたんです。その手紙を読み、「ようやく合格サインが出た…」と思え、いがみ合っていた数十年間でできた溝が一瞬にして埋まりました。
それまでの自分は必要以上に父への対抗心が強く「親父を越えなきゃ」といった思いにとらわれていました。でも和解した瞬間、親子というより対等な大人同士として分かり合えたような感覚を味わったんです。こうして「自分は会社を継いだんだ」と心の底から思えるようになりました。

―前回のインタビューで出てきた「古参のスタッフの方のサポートもあって、父と和解できた」というエピソードが印象的でした。

長井: これは象徴的な出来事でしたが、古参スタッフにはいつも助けられています。ただ、そういった周囲の支えに気づくことができるまでに、会社を継いで4、5年はかかったと思います。

―つまり、その4、5年の間にご自身のなかで変化があったということですか。

長井:そうですね。それ以前の私は、何かと見栄を張って、「俺はすごいんだぞ」と周囲にアピールしてばかりいました。それだけ、まわりに「すごい」と思われたかったんでしょう。ただ、それは裏を返せば、自分で自分ことを「すごくない」と分かっている証拠でもあります。そんな状態だと当然視野も狭いですから、周囲の支えに気づけるはずもありません。
語弊のある言い方かもしれませんが、やはり何かを成し遂げた先代に比べて、二代目、三代目というのは「すごくない」んですよ。そのことを受け入れるのに5年ほどかかったということです。

―何かきっかけがあって、そのことを受け入れられるようになったのですか。

長井:きっかけというよりは、時間が経つなかで少しずつ自分の等身大の実力を受け入れていったという感覚が強いですね。あえてひとつターニングポイントを挙げるとすれば、事業承継をして3年が過ぎたころ、妻から「あなたはいつもピリピリしている。だから私は心が休まらないし、幸せじゃない!」と言われたことです。
当時の私は、父から会社を継いで以来がむしゃらにがんばっていましたし、「がんばれば、答えは出るもの」だと思っていた。でも妻から突然そんなことを言われて、「がんばっても、答えが出ないこともある」と突きつけられたんです。自分としては「歩くべき道がなくなった」という感覚で、精神的にかなりつらかった。そうなると、すべてが悪い方向へ向かい出すといいますか、会社にも家庭にもどんどん居場所がなくなっていったんです。
会社へ行くとスタッフから「あの若い社長が調子に乗っている」と冷ややかな目で見られているように感じたり、妻とも家庭内別居のような状態になってしまったり……。なので、オフィスにあまり人のいない早朝や夕方に会社へ行き、その他の時間帯は喫茶店へ行って時間をつぶしたり、家で過ごしたりすることが多かったですね。
当時、私は30代前半だったのですが、初めて「自分はどうやって生きていったらいいのか」「働くとは、どういうことなのか」といったことを真剣に考えました。このことがきっかけで、自分が少しずつ変わっていき、色々なものを受け入れられるようになっていったんだと思います。

―そうした変化を積み重ね、集大成としてお父様との和解があったということでしょうか。和解する以前の長井さんは「父を越えたい」という思いが強かったとお話されていましたが。

長井:そうですね。そのことは常に頭の片隅にあったと思います。そして、先代と和解しないまま承継した事業を経営している状態はきわめて危険です。たとえば、よくあるのが「親父ができなかったことをやりたいから」といった動機で新規事業を始めてしまうことです。こういう動機で始めた事業なりサービスはたいてい失敗します。恥ずかしながら、私もかつてそういう失敗をしたことがありました。
もちろん、「後継者が新規事業をやる」ということが100パーセント悪いという話ではありません。問題は「どういう動機で、それをやっているか」ということなんです。社員やお客さんは、実に敏感にこの点を感じ取りますからね。

著者近影

―最後に読者の皆様へメッセージをお願いします。

長井:私たちは「夫婦とは」「仕事とは」といった具合に、両親から価値観を受け継いで生きていくものです。後継者の場合、そこに「会社経営とは」というものが乗っかってくる。
当然、そのなかには責任の重さといいますか、ある種の「呪い」のようなものも含まれるでしょう。私のケースで言えば、会社の経営権譲渡の条件として、父への退職金1億5000万円を払うことになり、借金を背負わざるを得ませんでした。ただ一方で、これだけの額の借金を背負ったからこそ自分を奮い立たせるができたとも言えます。もし借金がなかったら、途中で投げ出してしまっていたかもしれません。
つまり、自分のこれまでの体験を振り返って思うのは、「何かを背負うからこそ味わえる喜び」のようなものがあるんじゃないかということです。本書を通じて、そういうことを感じていただけたらうれしいですね。

(了)

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