■ 英語で一番重要なのは「動詞」。その理由とは?
―本書『まずは動詞を決めなさい。』では、言語の中の「動詞」に着目する「動詞フォーカスメソッド」について解説されていますが、網野さんが動詞の重要性に気づいたきっかけは何だったのでしょうか。
―たしかに、単語を覚える時は、別の単語で言い換えられることを意識せず、同じ単語を使い回してしまうものかもしれません。
網野「もちろん、今挙げたような中学校で習う動詞を使った自然な言い回しはたくさんあるので、それはそれで覚えたほうがいいんですけどね。
ただ、そういった動詞に頼りすぎると語学力がレベルアップしにくくなってしまう可能性もあります。
たとえば“席を譲る”という時は“offer”という動詞を使って“offer a seat”または“offer
one’s seat“というのが適切なのですが、つい“give”を使ってしまったり、“目撃した”という意味で“witness”という動詞がありますけども、“see”を使ってしまったり、そういう手ごろな動詞に頼りがちだというのは日本人の英語の特徴だと思います」
―自分のことを振り返ってみると、その傾向はあると思います。
網野「それが全く通じなかったら、違う言葉を使った方がいいんじゃないか、と気がつくんでしょうけど、往々にして結構通じてしまうんですよ。日本語がわかる英会話の先生などはある程度察してくれたりもしますし。
“そういう場合はこういう動詞を使った方がいいよ”と指摘をしてくれる先生もいるんですけど、そのまま会話が進んでしまうとそのままになってしまうこともあります。そういう意味では、日本人は動詞のボキャブラリーが少ないことを指摘してくれるネイティブの先生は少ないのではないかと思いますね」
―動詞のボキャブラリーを増やすというのは、やはりひたすら覚え続けるしかないのでしょうか。
網野「レベルアップしようと思ったら、たとえば英検一級レベルの単語集や、TOEIC・TOEFLの単語集、ネイティブ向けのボキャブラリービルディングの本で動詞を優先的に覚えていくということは必要だと思います。その際には単語と意味だけ覚えるのではなく、まず最低でもその動詞が自動詞と他動詞のどちらで使われるのか、両方あるのかをしっかりおさえて下さい。そして「席を譲る」の“offer a seat”のように他動詞なら目的語、「太陽は東から昇る」の“The sun rises in the east.”のように自動詞なら主語と動詞の後の言葉の例をセットで覚えるようにすることをお勧めします。そうすると覚えた動詞をすぐに実際のコミュニケーションで使えるようになるからです。
できれば辞書などでそれぞれの動詞の語法をおさえるのが理想です。とにかく動詞のボキャブラリーを増やすことの効果は絶大です。TOEICの点数もすぐに上がりますし、英語として適切な表現をインプット・アウトプットしやすくなるんです」
―たとえば、仕事で商談ができるレベルの英語力を身につけるとなると、だいたい何語くらいの動詞が必要になりますか?
網野「英語の上級レベルのボキャブラリーが約10000語といわれているので、そのうちの動詞となると句動詞も入れて3000語くらいではないでしょうか。ボキャブラリーはおおまかにいうと動詞・名詞・形容詞・副詞がメインなのですが、動詞を中心に考えると、名詞や形容詞の派生元が動詞だったりするので、ひとつの動詞に関連して名詞や形容詞を覚えられるということもあります」
―網野さんが、語学において動詞が最重要と考える理由は何ですか?
網野「英語でいう“be動詞”のような状態動詞も含めると、多くの言語は動詞がないと文を作ることができません。たとえば高校の英語でSVCとかSVOなど5文型を習いますがどれも動詞(V)が入っていますよね。
5文型の中でも英語の一番の基本文型といえるのはSVO(主語+動詞+目的語)なんですけど、高校や大学受験などでは案外そのことを教わっていないようです。SVOの重要性は英語以外の言語をやるとわかります。
日本語のように、動詞が後にくるSOV(主語+目的語+動詞)が基本文型になっている言語も多くありますし、アラビア語のように主語より動詞が先にくるVSO(動詞+主語+目的語)という文型が基本になっている言語もあるんですけど、大雑把にいうと世界の言語はSVOかSOVなんです。ただ、いずれにしても動詞がセンテンスの中心であり、文法がセンテンスを作るための決まりごとであることを考えると文法の中心でもあると言えます。
また、動詞には他の品詞にはない特徴があって、それは動詞だけが“時間の流れ”を持っているということです。
たとえば、“歩く”という動詞ですが、動詞そのものが時間の流れを持っています。これは英語のように時制(現在形・過去形・未来形)がある言語だけでなく、日本語のように時制のないといわれる言語でも同じです。
『広辞苑』を引くと、動詞の定義として、“事物の動作・作用・状態・存在などを、時間的に持続し、時間とともに変化していくものとしてとらえて表現する語”というような書き方をされています。この“時間とともに”、つまり“時間の流れ”がキーワードなんです。
“今日”とか“明日”とか“何時何分”など、時間そのものを現した名詞や副詞は、それ自体は時間の流れを持っていません。動詞だけがそれを持っている。
では、なぜそれが大事かというと、人間は時間の流れの中で言葉を持って生きています。それはどこの国の人であっても何語であっても同じで、無意識的にも意識的にも言葉の中に時間の流れを反映させます。だからこそ、時間の流れを持っている“動詞”は普遍的なものなんです」
―動詞の次に大事な品詞としてどんなものが挙げられますか?
網野「動詞と関係が強いということで名詞でしょうか。
ただ、日本語は名詞がすごく強い言語ということもあって、日本人は英語を覚える時も名詞から覚えようとする傾向があるのですが、私はあまりいいアプローチではないと思っています。
あくまでセンテンスの中での主語として、あるいは目的語としてなど、“動詞の客体”として名詞を覚えていってほしいですね」
―語学に関して、日本人がつまずきがちな落とし穴はありますか?
網野「一つは英語だけでなく、韓国語のように文字を覚えるところから勉強する言語で陥りがちなことなのですが、発音を覚えるのを難しく感じてしまって挫折してしまうパターンです。これはすごくもったいないことです。
英語の例でいうなら、確かにカタカナ発音では通じないことが多いのですが、かといってネイティブのような発音を覚えなくてもコミュニケーションはとれます。発音規則を気にしすぎると話せなくなるので、標準的なアメリカ英語など、お手本となる発音を極力真似るくらいの気持ちでやった方がいいと思います。
もう一つは、動詞フォーカスメソッドと関連することですが、日本語は極端に動詞のボキャブラリーが少なく、動詞の地位が低い言語なんです。極端に言えば、名詞と形容詞だけで文が作れてしまいますから。それに気づいていない人が英語を使うと、どうしても日本語を直訳したような言い方になってしまうんです。
先ほども申し上げた通り、それだとより英語らしい言い方を探す努力をしなくなってしまい、“一応通じる”というレベルから上に行けなくなってしまいます。
代表的なのが“○○is △△”のような言い方です。これでも通じますし、ネイティブもそういう言い方をしているのでそれでいいじゃないかとも思えるのですが、これに頼りすぎると実際見たり聞いたりする英語には動詞がすごくたくさん使われているのに、それらが頭に入らなくなってしまうんです。動詞にしても“make”や“see”など、意味は広くて使いやすいけれども、それ自体あまり具体的な意味を持っていない動詞に頼りがちになる。
“realize”や“miss”は英語ネイティブなら子どもでも使っている動詞なのですが、日本人だとかなり勉強した人でも使えていないことが多いです」
―たしかに、英会話で“realize”を使ったことがないかもしれません。
網野「“understand”とか“find”で済ませてしまうことが多いのですが、“実感する”とか、“それはわかってますよ”と言う時は“realize”の方がいいと思います。
たとえば、“動詞の大切さがわかりました”と言う時は“understand”でいい場合もありますが、実感するようになったというニュアンスを出すために“I have come to realize”のように言った方がいい場合もあります。
“realize”はTOEICでもよく出てくる言葉ですし、NHKの『リトル・チャロ』のような日常会話番組でも使われています。動詞を使う意識を持っていると、そういう言葉が頭に入ってくるんです」
―ただ、使わないだけで覚えている言葉ではありますよね。
網野「覚えてはいるんですよね。“miss”にしてもそうです。さっきいった『リトル・チャロ』で“miss”の現在形・過去形・未来形すべて使われていたのですが、それぞれ日本語の字幕からでは思いつかないような言い回しでした。ボキャブラリーと時制を意識して、そういう動詞も使うんだという意識を持っていると会話表現なども覚えやすいですし、応用もしやすいと思います」
■ 日本人の英語習得を妨げる「日本語の特性」
―今もどんどん新たな言語を習得し続けているという網野さんですが、ご自身を語学に駆り立てるものは何でしょうか?
―どんな言語でも、動詞さえおさえていればある程度のレベルには行けるものなのでしょうか。
網野「そう思います。私自身、初級文法だけ勉強しておけばいいと思っている言語も多いのですが、そういった言語でも入門書を見ると動詞関係の項目はすごく多いんです」
―本書を読んで、日本語の特性が日本人の外国語学習をさまたげているようにも思えました。網野さんから見て、他の言語にはない日本語の特性としてどのようなものがあるとお考えですか?
網野「日本語だけということでいうと、漢字の名詞が、文法的には名詞であるにもかかわらず、意味的には動詞のような働きをすることが挙げられます。
「体言止め」というのがありますけど、“参加”と書くと“参加する”あるいは“参加した”という動詞の意味まで表すことができます。同じく漢字を使う中国語でも“参加”だけで動詞として通じることがあるんですけど、中国語の場合は文法的に動詞として使っているか名詞として使っているかを区別できるんですよ。
日本語の場合は“参加”だったら「する」をつけないと文法的には動詞にならないのですが、“参加”だけで“参加する”という意味も含んでしまうので、“参加”という名詞に“お願いします”をつけて会話が成り立ってしまう。
“提出”などがそうなのですが、“提出してください”と動詞の形を作って言うよりも、“提出お願いします”といったほうが自然ですし、柔らかい言い方になったりもします。
このように、日本語では漢字の名詞が万能な役割を果たすのですが、他の言語はそうではないために、日本語の感覚で英語に触れると、自然なSVOベースの言い回しが頭に入ってこないということがいえると思います」
―語学は多くの人が関心を持つ反面、挫折してしまう人も多くいます。挫折せずに語学学習を続ける秘訣がありましたら教えていただければと思います。
網野「動詞フォーカスメソッドとは別の、精神論的なお話として二つほどあります。
一つは語学というのは、あるハードルを越えなければ身につかないものではなく、どんなに短い時間でも、積み重ねた分確実にプラスになっていくということです。“英検1級に受からないと英語が身についたことにならない”ということはありません。
もちろん、自分のモチベーションとか、語学力の目安としてTOEICの点数だとか検定試験合格を目標にするのはいいのですが、試験の合否や目標の点数に届いたかどうかというのは、語学が身についたかどうかとは別問題で、その過程で覚えたことは必ずプラスになります。
もう一つは、自分自身で壁を作らないことですね。時間がないからとか海外留学経験がないということで、勝手に自分でブロックをつくって諦めてしまうのはもったいないですから。英語に関していうなら、外国に行ったことがない同時通訳者の方もいるくらいですから、日本国内で十分にレベルアップできます。特に、インターネットが発達している今は、英語以外でもNHKの講座が利用できるような言語であれば上級レベルにいけるんです」
―最後になりますが、読者の方々にメッセージをお願いできればと思います。
網野「この本でテーマにしている“動詞フォーカスメソッド”が、読者の方を英語に目覚めさせるものだと信じています。このメソッドは他の勉強法とバッティングすることもありません。今までやってきた勉強法に動詞を意識することをプラスするだけでいいんです。また流行り廃りがないので、時を経ても使えなくなることはないんですよね。なので英語だけでなく世界中の言語を身につける手掛かりとして取り入れていただけるとうれしいですね」
(取材・記事/山田洋介)