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【「本が好き!」レビュー】『龍は眠る』宮部みゆき著

提供: 本が好き!

もしも、自分に超能力があったらどんな行動をとるのだろうか。まさか世界征服まで考える人はほとんどいないだろうが、超能力を利用して金持ちにでもなろうとするのが普通の感覚ではないだろうか。その力を、自分のためだけではなく、広く世の中に役立てたいと思うような、高潔な精神の人も案外多いのではないかと思う。しかし、人は自分の理解できないものを排斥するものである。超能力を持つということは、この世界では必ずしも幸せなことではないのだ。明治の末ごろに、「千里眼事件」というものがあったことは有名である。透視能力を持つという女性に対し、当時の帝国大学の学者が色々と実験を行ったが、結局は明快な結論が得られないまま、その女性の自殺という悲劇で幕を閉じた。「龍は眠る」(宮部みゆき:新潮社)も、そのような超能力を持って生まれた青年の悲劇を描いていた作品である。

雑誌記者の高坂昭吾は、嵐の夜、自転車をパンクさせて立ち往生していた稲村慎司という少年を拾う。彼は超能力者であると言い、その夜に発生した不幸な死亡事故の真相を語った。ところが、そんな高坂のもとを慎司の従兄だという織田直也という青年が訪ねてきて、慎司の超能力はすべてトリックだと言うのである。

実は、直也も超能力者だった。彼も慎司と同じような能力を持ち、その力は慎司以上だった。彼らの能力は、相手の記憶を読むというもの。人の心が読めれば便利だと思うだろうが、それは違う。人は、同時にいくつものことを考えているものだ。能力を十分にコントロールできないと、そんな他人の思考が、のべつ幕なしに頭の中に流れ込んでくるのだ。これだけでもかなり辛いだろうに、その中には知りたくもない自分への評価なども混じっているのである。

それでも慎司の方は、まだ幸福であった。同じような能力を持った叔母がいたため、両親も彼の能力に理解があり、慎司も叔母を通じて、ある程度能力をコントロールする方法を身につけることができたのだから。しかし、直也の方は、家庭にも恵まれず、能力をコントロールを指導してくれる人もおらず、仕事も転々としながら世の中から隠れるように暮らしてきた。だから超能力に対する考えは慎司とは全く違う。慎司が超能力を世の中のため役立てるべきという考えを持っているのに対して、直也は超能力を持っていることを人に知られてはならないと思っている。でも、そんな生活にも関わらず、直也の心はあまりにも優しい。その優しすぎる心が悲劇につながっていくのである。そして、その悲劇は、高坂のもとに不可解な手紙が届くようになったことから幕を開く。

宮部みゆきによる超能力者の悲劇を描いた作品としては、念力放火能力(パイロキネシス)を持った青木淳子の「クロスファイア」が有名である。彼女も体内に潜む火龍のすさまじい力に翻弄され、悲劇的な最後を遂げる。この物語でも同じように、体内に潜む龍が目覚めてしまったため、その龍の力にもてあそばれた青年の哀しさが良く描かれている。その青年の心根が優しいだけに哀しさは一層深い。

(レビュー:風竜胆

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龍は眠る

龍は眠る

嵐の晩だった。雑誌記者の高坂昭吾は、車で東京に向かう道すがら、道端で自転車をパンクさせ、立ち往生していた少年を拾った。何となく不思議なところがあるその少年、稲村慎司は言った。「僕は超常能力者なんだ」。その言葉を証明するかのように、二人が走行中に遭遇した死亡事故の真相を語り始めた。それが全ての始まりだったのだ…宮部みゆきのブロックバスター待望の文庫化。

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