だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『ピロティ』佐伯一麦著

提供: 本が好き!

少し前に同じ作者の「空にみずうみ」のレビューを書いた時、noelさんからこの作品のことを教えてもらいました。この「ピロティ」は「空にみずうみ」より5年くらい前に書かれたものですが、今では中古でしか手に入らないみたいです。

でも面白いんですよ。特に分譲マンションの暮らしを経験した方には、いかにもというエピソードが満載ですよ。文庫本にならなかったのが不思議です。

舞台はたぶん、著者の住んでいる建物なんでしょう、築十数年・5階建ての分譲マンションです。主人公はもうすぐ退職する予定のこのマンションの管理人で、今日は後任の新人管理人に業務の引き継ぎを行う日でした。その引継ぎの様子を順を追って描いていきます。

この管理人さんは元は民間企業の営業職で最後は課長でしたが、定年後にマンションの管理会社に再就職したのです。でも管理人の仕事は結構体を使う仕事で、7年間の間に膝を痛めてしまい引退を決めたとか。

新人さんも元は銀行員でしたが、その銀行がつぶれて市役所に再就職し定年になってから管理会社の求人に応募したのでした。

そのマンションは仙台市内の山の上(大年寺山でしょう)に建っていて近くに植物園(仙台市野草園でしょう)があります。管理人は朝から夕方まで一日をかけて新人さんに管理業務の実際を実地で案内します。

僕は今の分譲マンションに住んでもう20年以上になり、管理組合の役員も何回か経験したので、管理会社の社員である管理人の仕事もある程度は知っています。でもマンションに住んだことのない人は知らないでしょうし、住んでいてもマンションの管理に何の関心もない人もたまにいます。そういう人は、本来は分譲マンションの所有者全員にマンションを適切に管理する義務があることを無視し、勝手放題して平気だったりします。

分譲マンションに住んだことのある方はご承知でしょうが、住民の代表である管理組合が管理会社に様々な管理業務を委託し、その社員である管理人が清掃や日常の設備点検などの仕事を担当します。管理会社との契約は原則1年契約なので、管理会社には契約年を越えたマンションの将来については何の責任もないのですが、管理会社がマンションの将来について何か責任を持ってくれていると勘違いしている住民も多い気がしています。そういう人に限って、管理組合の仕事には非協力的で自分の権利だけを主張しがちなのかな。

この小説の管理人さんも誰か特定の人の都合に合わせて仕事をすることなど無いのですが、住民に反感をもたれないように腰を低くして言動には気を付けているようです。実際、管理組合が管理会社を変更する際の理由の一番は管理人と住民のトラブルだったりするらしいですから。

この管理人さんはサラリーマンから転職してきて、住民から社会的に一段低い人のように思われていると感じているようです。実は僕は以前、管理組合関係の仕事で日曜日に掲示板にポスターを貼っていたのですが、外から来た初老の男性に住民の部屋の位置を聞かれました。人にものを尋ねるにしてはずいぶんぞんざいな口のききかたなので違和感があったのですが、後から思うと僕を管理人と思い込んでいたのでしょう。

この小説にも毎朝必ず一言管理人に小言をいう、退職したばかりのもと会社役員らしき男性がでてきます。小言をいう部下がいないと耐えられないのかな。

僕の20余年のマンション暮らしの間に管理人さんは4、5回変わりましたが、個性的な方たちも多かったです。僕自身は管理人さんと話す機会は限られていますが、奥さんを通じて管理人さんの個人情報?を知ることもあります。ある人は元カメラマンでカメラが趣味の住民と仲良くなったとか。僕も作品の一部をちょっと見せてもらえました。また別の管理人さんは若い頃はアメリカの西海岸でシェフをしていたとか。心臓が良くなくて管理人室で倒れているのを住民が発見し一命を取り留めたこともありました。また別の管理人さんですが、単身の初老の住人がお風呂場で倒れていたのを窓の異変で気が付き消防のレスキュー隊が出動したこともありました。

マンションの住民は管理人さんも含めて、一種のコミュニティーの一員であるのは間違いなさそうです。そんなことを再認識させくれる、これは良書だと思います。

(レビュー:三太郎

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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ピロティ

ピロティ

エゴがぶつかりゃ、人情も通う
マンションが現代の長屋なら、管理人は長屋の大家さんのようなものだ。後任に仕事を引き継ぐ管理人の言葉を通じて、人間の心の深層を、野間文芸賞作家が軽妙なリズムで描く。

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