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【「本が好き!」レビュー】『描かれた病:疾病および芸術としての医学挿画』リチャード・バーネット著

提供: 本が好き!

かつて医学書に用いられた病変した部位や摘出した臓器などを描いた図版を集めた一冊です。
18世紀から20世紀中盤にかけて、ヨーロッパの大部分の芸術院は解剖学の教授を擁していたそうです。
それは、古くはレオナルド・ダ・ヴィンチが、人体を描くためにはその人体の構造の理解が不可欠であるとして自ら解剖を行ったことと同じ発想なのでしょう。

他方で、医学の分野でも病におかされた人がどのような外見的症状を呈するのか、臓器はどうなっていたのかを記録として残し、また、後進の教育のために用いるため、その絵を必要とし、そのために画家を用いていました。
何だか正反対の方向を向いて、結局、医師と画家のコラボレーションが行われていたというわけですね。

本書には、そういった時代に描かれた、様々な病の図版が病気ごとにカラーで収録されています。
取り上げられている病気は、皮膚病、ハンセン病、天然痘、結核、コレラ、がん、心臓疾患、性感染症、寄生生物、痛風です。
表紙絵の女性は、コレラに罹患した女性の絵で、罹患して1時間後の様子ということです。
本書の裏表紙には罹患する前の健康だった彼女の絵が載せられており(本文中にはこの2枚の絵が並べて掲載されています)その変わりようには驚かされます。
ちなみに、この女性、2枚目の罹患した絵が描かれてから4時間後に亡くなったということですよ。

このような図版は、写真撮影が可能になった後も描き続けられたのだそうです。
確かに、写真によりその症状等を記録する方が正確と言えば正確なのですが、当時の写真ではどうしても平板に写ってしまい、注意を促したい部分などが必ずしもそうは見えなかったのだそうで、それよりはむしろ絵で残す方がこれらの絵の目的に添った効果が得られたというのです。
また、モノクロ写真しか撮影できなかった時代には、やはりカラーで記録できる絵の方が優れていると考えられたこともあったようです。

というわけで、そういう『病』の絵がずらずらと並ぶわけですが、大変真剣な目的のために描かれた絵であり、こういった絵を残すのには苦労があったということはよく理解できるのですが、リアルに描かれているだけにかなりグロテスクな絵になっています。

そもそも、これらの絵のモデルとなったのはどういう人たちだったのかという問題もあります。
解剖や献体に関する制度が整っておらず、いや、そもそも解剖自体が禁じられていた時代には非合法的に密かに解剖が行われ、それを記録するしかなかったのですね(皆川博子さんの 『開かせていただき光栄です』 の世界です)。
また、その後、犯罪者の身体に関してのみ解剖が認められるようになっても、死亡した犯罪者の中に必要な病気にかかった死体があるとは限らず、また、胎児や妊娠した女性の身体に関しては、妊婦の死刑が禁じられていたこともあって、やはりそんな身体は合法的には入手できなかったのです。
そのため、墓堀人などを雇って密かに解剖し、その絵を残すしかなかったのです。

そういった努力により、医学が進歩していったということは紛れもない事実であり、そんな苦闘の跡が本書に収録されている図版から読みとれるではありませんか。
なお、この本、解説の文があるのですが、その部分のフォントがかなり小さく読みづらいんですよね。
また、図版とそのキャプションの対応が分かりにくいという点もやや残念だった点です。

(レビュー:ef

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『描かれた病:疾病および芸術としての医学挿画』

描かれた病:疾病および芸術としての医学挿画

写真誕生以前の細密イラストが雄弁に語る医療と社会をめぐるイメージの博物誌!

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