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【「本が好き!」レビュー】『悪魔』ルーサー・リンク著

提供: 本が好き!

本書は、悪魔とはどういう存在なのか? 特にそれは宗教美術においてどのように描かれてきたかを考察した一冊です。

まず、悪魔の呼称についての考察から入ります。
悪魔については、サタン、ルシファー、悪魔(devil)等々、様々な呼称がありますが、これらはどう違うのか?
どうも明確な違いというものが見られない場合も多く、酷い場合は一つの書においてこれら複数の呼称が特段の区別もなく、一つの対象についてまぜこぜに使われている場合もあるとか。

どうもキリスト教世界においては、悪魔というのはよく分からない存在であり、時代によってもどういうものなのかについての理解が異なるようだというのですね。
そもそも、その容姿だってまちまちです。
パンやファヌス(いずれも牧神)に似た姿で描かれることもあれば、ドラゴンに似たように描かれているものもあるといった具合です。
角があったり無かったり、翼があったり無かったり。翼についても羽毛があったりコウモリの羽のようなものだったり(このコウモリのような羽について、以前レビューしたシャルトルバイティスの『幻想の中世』2 で論じられていたことも紹介されていますが、著者はシャルトルバイティスには反対の立場を取っています)。
これはおそらく各種聖典中でも悪魔が明確に書かれていないため、画家たちも困ってしまって色々なものの姿を借用せざるを得なかったのではないかと考察します。

そもそも、悪の存在である悪魔などというものを何故神は生み出したのかという大問題もあったとか。
神が生んだのではないと言うと、神の全能性を否定することになるのでそうは言えない。
でも、じゃあ何故悪の権化のような存在を神は生んだのかと問われると答に詰まってしまったわけですね。

そこで生まれた考え方が、悪魔は最初から悪かったのではないのだというもの。
そして、それが堕天使ルシファーという考えを生んだというのです。
ルシファーは、もともと天使だったのだけれど、傲慢の罪を犯したために(何の罪を犯したのかについては諸説あるそうです)その仲間の天使たちと共に天界を追われ、子分の天使たちが悪魔になり、ルシファーはその親玉になったのだという話です。
これはキリスト教義においてもともとからあった話ではないというのですね。
確かに、著者が指摘する様々な宗教美術において、堕天使が出てくるのは大分後の時代になってからのようです。

じゃあ、ルシファーや悪魔たちは神に敵対する悪の存在なのでしょうか?
確かに、大天使ミカエルと戦うルシファーなんていう図も描かれていますが、他方で最後の審判に顔を出している悪魔という図もあるんですね。
神の最後の審判に協力し、地獄に堕ちる者を振り分け、それを地獄に連れて行くかのように描かれている。
神に敵対する存在が、何故神の業に参加するのか?
地獄に堕ちる者の扱いは悪魔の権利だからという説明もされるそうなのですけれど。
でも、時代を経るに連れて、最後の審判図に悪魔が描かれなくなってもいくのだそうですよ。

著者は、日本の美術を多く紹介しているのですが、その絡みからなのか、日本には悪魔に相当する存在はないとも指摘します。
閻魔大王も鬼も、大変恐ろしい姿をしているけれど、決して悪の権化などではないと言うのですね。
確かにそうだ。
閻魔大王は地獄に堕ちる者を選別しそれを管理する存在でしょうし、鬼は悪いこともしますが良いことをする場合もあり、決して悪の権化という存在ではありません。
これは何故なのか?
ある論者は日本人には罪悪の観念が育たなかったからだと主張しているのだそうですが、著者はそれは馬鹿げた考えだと一蹴しています。
日本人には罪悪の観念が無いなんてとんでもない話ですよね。

本書はこれらの考察を、豊富な図版を引きながら進めていくのですが、図版のレイアウトに関しては非常に参照しにくい構成になっています。
図版はランダムに挿入されているのですが、そこにつけられている番号がどういう並びでつけられているのかが不明で、非常に参照しにくいのです。
例えば、ある図版についての言及が最初の方に出てきた場合、当然若い番号が振られているかと思うとそうではなく、いきなり50番とかの番号になり、図版も大分後ろの方に挿入されているのです。
確かにその後ろの方でも50番の図説があるのですが、それでもどこに50番の図があるのかをいちいち探すのは非常に面倒です。
せめて図版だけは巻末にまとめて掲載されているとかだったらまだ引き易かったのですけれどね。
この点はマイナスポイントでした。

論じているテーマがテーマだけに、キリスト教の教義に関する話が多くなりますし、図版も宗教美術が中心になりますが、悪魔って一体なんだろう?という素朴な疑問を正面から論じている面白い書ではないでしょうか。

(レビュー:ef

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

本が好き!
『悪魔』

悪魔

顔なき仮面を被った悪魔の正体を暴かんと中世美術の中の悪魔たちを歴史的文脈から逸脱することなく論じる。ジオットを始めとした図版112点を収録。

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