だれかに話したくなる本の話

イノベーションはいかにして起きたのか。世界の建設業界を変えた男の信念

■騒音、揺れ…「建設公害」に悩む日本に起きたイノベーション

1950年代半ばより始まった高度経済成長期が幕を閉じ、成熟期を迎えた1975年。建設業界に革命といえるような出来事が起きたことをご存知だろうか。

長く続いた高度経済成長の代償によって、環境問題をはじめとした社会問題が日本を取り巻いていた。その一つとしてクローズアップされていたのが、建設現場での振動・騒音が周囲の住民に健康被害をもたらす「建設公害」である。

当時、急ピッチで進むインフラ整備をはじめ、住宅地やビルの建設など、日本中で建設の槌音が鳴り響いた。その中でも、とりわけ問題になった騒音、振動が「杭打ち工事」によるものである。
「杭打ち工事」とは、「杭」を連続して地中に打ち込む基礎工事で、土木工事には欠かせない大事な工程だ。しかし、杭を打つ際に激しい振動と騒音を出すため、公害の元凶とされていた。

騒音や揺れによって、住民から苦情が相次いでいる。眠れない、赤ん坊が泣く、家の壁にヒビが入った…。怒り狂った住民に工事関係者が棒を持って追い回されるケースもあったという。
音も振動も出さずに杭を打ち込むことは、建設業界の夢物語だった。

その夢を現実にしてしまった会社がある。
株式会社技研製作所の前身会社となる高知技研コンサルタントだ。

1975年、高知技研コンサルタントの創業者である北村精男氏が、“高知のエジソン”と呼ばれた垣内保夫氏とともに発明した無公害杭打ち機「サイレントパイラー」は、建設公害を解決し、「圧入工法」という全く新しい杭打ち工法を確立。その革命的な技術は、今や世界中に広がっている。

■既成概念を打ち破る情熱…世界の建設を変える第一歩

現在、技研製作所の代表取締役社長を務める北村氏が、高知技研コンサルタントの創業から現在に至る激動の半生を振り返った『工法革命 インプラント工法で世界の建設を変える』(ダイヤモンド社刊)は、建設業界に起き続けているイノベーションを追体験できる貴重な一冊だ。

本書を読むと、北村氏の圧倒的なバイタリティに驚かされる。
本人は「若気の至りか正義感か」と述べているが、本気で業界の課題を解決したい、それには既成概念を打ち破らないといけないという、当時の強い想いがひしひしと伝わってくる。 北村氏はまさに「イノベーター」という印象だ。音も振動も出さない新しい機構の原理を、「圧入」という独自の技術に求めたのも北村氏である。そのアイデアで、北村氏は業界を変えたのだ。

杭を地中に貫入する方法としては、上から杭を叩く「打撃」や、杭を揺することによって徐々に打ち込む「振動」があるが、いずれも騒音や揺れにつながる。
一方、「圧入」は既に打ち込んだ数本の杭をつかみ、その引抜抵抗力(引き抜かれまいとする力)を利用して、次の杭を押し込むという方法で杭打ちをする。これによって騒音や揺れをなくすことができたのだ。

1975年、試行錯誤の末に生まれた「サイレントパイラー」は、翌1976年の国際環境汚染防止展で初めてお披露目となり、その後、現場に投入され、瞬く間に高い評価を得る。そして、公害の元凶といわれた杭打ち機が、「公害対処機械」の代名詞となった。
ただ、当初は故障も多かったようで、メカニックの専門家がつきっきりで修理にあたっていたようだ。その中で少しずつ改良を加え、硬い地盤にも対応できるようになるなど、工事現場のニーズに応えていったそうだ。

■死亡者は0。機械に対する真摯な姿勢がもたらすもの

驚くべきことに、高知技研コンサルタント創業から現在に至るまで、一度も死亡事故、もしくは一生後遺症をもたらすような重大な事故を起こしたことがないという。

これは技研グループの行動基準である「環境整備」と「M&M(Man & Machine)」を社員一人ひとりに徹底しているところが大きい。
「M&M」とは“人と機械の融合”を意味し、機械や道具を大事にする姿勢を植え付ける。北村氏は「機械を身体の一部と思って使え」「道具や機械を人間の体の延長だと考え、大切に扱え」と言い続けているといい、その機械に対する真摯さが会社の風土を作り上げているのだろう。

技研製作所は2017年6月30日、東証一部に上場した。これは高知県の企業にとっては3社目、銀行を除いては初となる快挙だった。
「公害をなくしたい」という想いを原動力にスタートし、建設業界を変え続けた北村氏の道のりは、仕事をする全ての人間にとって大いに勇気を与えてくれるはずだ。

(新刊JP編集部)

工法革命――インプラント工法で世界の建設を変える

工法革命――インプラント工法で世界の建設を変える

建設業界の現状と当面の課題、将来的な建設の「あるべき姿」について、著する。

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