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【「本が好き!」レビュー】『虫から死亡推定時刻はわかるのか?―法昆虫学の話』三枝聖著

提供: 本が好き!

法昆虫学の研究者による入門書である。
法昆虫学とは何かといえば、タイトルが示すように、死体についた虫から死亡経過時間や死亡の場所を推定することを主目的とする学問である。
人が死に、死体が放置されれば、ウジをはじめとする昆虫が肉を食べにやってくる。虫の種類によって、ごく初期にやってくるものから、腐敗が進んでからやってくるもの、ミイラ化してからやってくるものなどさまざまである。産み付けられた卵や幼虫の種類や成長具合から、そもそもいつごろ死亡したのかを推定することが可能になる。また、昆虫は場所によって住む種類も異なり、地理的にこの種類はこの地域にしか見られないとか、水辺に多いものであるとか、昆虫の分布が死亡場所の推定に役立つこともある。死亡した場所と遺棄された場所が違うような場合、犯罪解明の手がかりになるわけだ。
つまり、物言えぬ死体の来歴を探る手段となるわけである。

ドラマや小説などではそこそこ取り上げられている。アメリカでは「死体農場」と呼ばれる大規模研究施設が複数作られ、ヒトの死体がさまざまな環境下でどのような経緯で腐敗し蚕食されるかが調べられている。
だが、日本では、それほど日の当たる分野ではない。いや、むしろ、アメリカが突出しているということで、他国でも実用の軌道に乗っている国は少ないようである。
著者は日本の数少ない法昆虫学研究者の1人である。実際に警察との協力関係もあるという点では唯一に近いようでもある。
日本では古来、「九相図」という死後経過の図譜もあるくらいで、素地はありそうだが、昆虫学専門家と犯罪捜査機関の間の連携が難しいこともあるのか、なかなかうまくはいかないようである。

そんなこんなの法昆虫学の現状を、現役研究者が語る。
物書き専業ではないので、そう流暢というわけではないのだが、率直な記述でイメージがつかみやすい。
著者自身、小さい頃から法昆虫学者を目指していたわけではなく、研究者として生き延びていくために最終的に選ぶことになったようだ。また、法昆虫学による死後経過時間の推定自体、不要になるような社会が望ましいとも述べており、それも一理あるかなぁとも思う。
各論については、初期に入植するウジの種類、シデムシやカツオブシムシなど、ハエ以外の昆虫、標本採集の仕方など、簡潔に述べられていてわかりやすい。
全般に、熱がこもり過ぎないゆえの説得力がある。

死亡の状況や場所、経過時間で結果はさまざまだろう。結論(死体の状況)を見て、その経過を推定するためには、膨大なデータが必要だろう。だが、ことの性質上、実験はしにくい。日本ではもちろん、アメリカのようなヒトの遺体を使った「死体農場」の許可は下りないが、著者はブタの死体で小規模な実験を行って観察している。その経過もなかなか興味深い。

うまく活用することが可能であれば、犯罪捜査の強い味方にはなりそうであるが、困難な点も多そうだ。実際に日本で活用されることになるのか、あるいはまったく行われなくなってしまうのか、ちょっと判断がつかないが、「法昆虫学」という分野のイメージを掴むにはよい1冊だと思う。

(レビュー:ぽんきち

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虫から死亡推定時刻はわかるのか?―法昆虫学の話

虫から死亡推定時刻はわかるのか?―法昆虫学の話

虫は死体の第一発見者だ。
いつ、どこで、事件が起きたのか、
いつから、そこに、死体があったのか。
死体についている虫の種類、成長段階、個体数――昆虫たちの証言に耳を傾け、声なき死体の情報にたどりつく。
法昆虫学者が活躍する人気海外ドラマ「CSI:科学捜査班」をはじめ、注目が集まる法昆虫学を解説した日本初の書き下ろし。

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