株式会社エヌ・シー・エヌ代表取締役社長として木造建築の普及に務める田鎖郁男さんが上梓した『そうか、こうやって木の家を建てるのか。』は他の住宅関係の本とは一線を画す内容となっている。それは、「家は買う物ではない」という考えを取り入れている部分だ。では、家を建てるとき、我々は何を重要視すべきなのか?
1000社以上の工務店やハウスメーカーと付き合いを持ち、建築業界の中で、とある「志」を持って事業を展開する田鎖さんから、本書を執筆した「真意」を聞いた。
■ 防げたはずの阪神・淡路大震災の家屋倒壊…
―今回は『そうか、こうやって木の家を建てるのか。』についてのお話をうかがっていきたいと思いますが、本の話に入る前に、田鎖さんがこれまでどのようにして木造建築に携わってきたのかをお聞かせください。
田鎖さん(以下省略)「まず経歴から申し上げますと、大学卒業後、双日の前身会社である日商岩井に入って木材の輸入に関する業務や木材を建築に使う際にどのように構造利用するかということについての研究に参加していました。
そうした中で、私にとって1つの転機になったのが1995年の阪神・淡路大震災です。どれほどひどい被害が出たかは皆さんもおそらくご存知だと思いますが、実際に被災地に飛んでいってその状況を見たら、とても悲惨な光景が広がっていたんです。特に家屋については、多くの家屋が倒壊しました。もしまた大地震がきたとき、このような惨劇が繰り返されないためにどうすればいいか、というのはあの場に行けば誰もが思うはずです」
―家屋の倒壊で亡くなった方もかなり多くいらっしゃいましたね。
「そうです。私は、あれは人災であると思っています。どういうことかというと、木造建築というのは建設する際に、構造計算をしなくていいんですよ。構造計算とは例えば震度6の地震が来たときに何センチその建物が揺れるかというようなことを科学的に計算することなのですが、法律では木造建築は構造計算を義務付けられていないんです。阪神・淡路大震災の被災地で見たのは、そのことで起きた現実でした。地震で亡くなられた方の9割は建物の倒壊や家具の転倒によって起こる圧死ですから、構造計算をしっかりやって耐震性を測っていればその多くは防げたはずなんですよ」
―構造計算をするという義務は今でもないんですか?
「ありません。私が戦っている現実はそこにあります。家を建てる前に構造計算をするのは、全ての建築業者に等しく必要な倫理観だと思うのですが、この考えはそこまで普及していないというのが現状ですね。
木材に科学を取り入れるということは、阪神・淡路大震災がなかったとしてもやっていたとは思いますが、あのとき、自分の仕事が人の命を救っているということが目に見えて分かりました」
―本書はそうした背景を踏まえた上で書かれていらっしゃると思うのですが、本書では工務店選びについてかなり丁寧に書かれている印象を受けました。他の家選びの本と比較してもかなり独特だと思います。
「私が本書で述べたかったことは、“家は買う物じゃない”ということです。普通、家の選び方について書かれる人は、悪いところをあげつらって、“悪いところがない家を買いなさい”という風に書くと思うんですね。でも、私は…まあ、20年くらいこの業界に携わってきて裏事情まで知っているから言えるのかも知れませんが(笑)、そういった減点法で家を評価して購入するというのは間違っていると提言しています」
―では、田鎖さんが主張されていることはどのような家の選び方なのでしょうか。
「まず、“家を選ぶ”という考え方をなくして欲しい。重要なのは“家”ではないんですよ。なぜなら、家というのは全部カスタムメイドだからです。敷地条件もその土地の環境も、地形も、建てる物件の高さも、そして住む人も違いますよね。普通の人は、家はみんな同じ家だと思っているかも知れないけど、沼地に建つ家と岩盤の上に建つ家は造り方の根本から違います。だから家を商品だと思って買ってしまうと、全くその土地に合わなかったということになる。そうではなくて、家は買うものではなく、普請するものなんです」
―普請するということは家を造る人が大切ということでしょうか。
「そうです。選ぶよりも“誰に頼むか”が大切なんです。実はこれが一番のギャンブルなんですよ。良い人にお願いするのか、悪い人に頼んでしまうのか、それがその後の家の建築において最も左右される部分ですね」
―「悪い人」の例でいえば、本書では「坪○○万円の自由設計」と書かれたチラシは危ないと書かれていましたが、そういう工務店のことですね。
「そうなんですよ。カスタムメイドだから、必ず値段は変わってくるんですよね。だから実際は坪単価のような値段設定はありえない。でも、この宣伝文句が嘘だということは家を建てようとしている人には分からないじゃないですか。また、騙して欠陥住宅を売りつけようとしている人もたくさんいるし、もっと悪い人は会社が倒産すると分かっていて、(建築費用の)頭金だけお客様からとって逃げてしまう人もいます。これは紛れもない悪意ですよ」
―先ほどの阪神・淡路大震災のお話もそうですよね。
「構造計算をしていないのに、丈夫で安心ですといっている人もいますね」
―検査をしないまま商品を出すのは、他の業界では犯罪的な行為ですよね。
「でも、木造建築に限っては日本の法律では犯罪といわれません。だから、一般の人たちが知恵をしっかり持っていないと、騙されてしまうんです」
■ “この本には建築業界のタブーが書かれている”
―では、家を購入する際に騙されないようにするためには、どのようなことに気をつけるべきですか?
「まずは家を商品と思わないことですね。完成品と考えないこと。例えばドアがあるとして、それとは違うドアをつけたいと思ったら、大工さんに頼めば明日にでも作業してくれますよ。つまり、家は完成品にならないんです」
―家は住んでいる人間とともに成長していくということですね。
「そうです。それは伝統建築においてもそうだし、今、皆さんが住んでいる家も同じことです」
―他に、騙されないようにするための方法としては何がありますか?
「これは、正しい知恵をつけることに尽きますね。その知恵とは…まあそれは今までも語ってきたことや、あとは本書を読んで頂ければ幸いなのですが(笑)、でも、騙されないと思っている人こそ騙されますから、身につけておいて損はないはずです。
あと、こういう知恵というのは、実は誰にも言ってはいけないタブーなんです。住宅メーカーや工務店の手口を暴露しているわけですから。しかも企業人が、ですよ(笑)」
―田鎖さんはどうしてそんなタブーをおかしてまで、本書を出版したのでしょうか。
「私の目的は家がたくさん売れることの前に、阪神・淡路大震災で倒壊したようなひどい建物がなくなることが第一優先順位だからです」
―それは心強いお言葉です(笑)
「私個人としては、騙される・騙されないといった矮小な議論を行うよりは、どのようにして良い工務店と出会うかというポジティブな考えをして頂ければと思っています。本当に一生懸命、献身的にお客様のために家を造ってくれる人と出会うと、必ず良い家を手に入れることができます。
特に重要なのは、その後のフォローやケアですね。例えば家が雨漏りしても、水道が事故で止まっても必ず直せるし、より良い家に変わるんです。これは欠陥ではありません。大工さんだって完璧じゃないし、一級建築士だって試験で100点を取らないと取得できない資格ではないんです。必ず人間はミスする。そのとき、いかにそのミスに献身的に対応してくれるかというのが実は大事なんですよ」
―それは完成品を買うという考え方ですと、そういう風に考えることはできませんよね。
「完成品というのは、失敗がないということですからね。でも家に限っては、失敗がないから良いということではないんですよ」
―では、良い工務店に出会うために、どのようなことに気をつけるべきですか?
「本書の中にチェックシートを設けています。ここでは減点法と加点法、両方の項目がありますが、減点法ではこれは完全に詐欺の手口ですというものを挙げています。でも、これまで話してきたように、やはり加点法の項目のほうが大事ですね。
例えば、この項目の中に、「完成保証はついていますか?」というものがあるんですが、これは自分の会社が万が一倒産してしまうときのことを考えた上でつけるものです。会社が倒産しても、施主が死んでも、お客様の家はちゃんと完成させますという保証ですね。自分が死ぬということまで計算しながら家の建築を請け負って差し上げようという人なんて、どう考えても良い人ですよね。良い人を選ぶには、悪いところを探すより、良いところを探す。これが良い出会いの秘訣です」
―木造建築は環境に優しいなどのイメージから、大きく注目を集めるようになっていると思います。ただ、実際にはまだ「(鉄筋コンクリートと比較して)壊れやすそう」といったイメージがあるように感じるのですが…。
「それは木造建築に対する偏見なんですが、こうした偏見が生まれてきた背景には、木の家というのが科学的な分野などで学会に取り入れられてこなかったことがあります。その結果、大工さんはパチンコ屋に行くというようなイメージが植えつけられてしまったと思うのですが、実際彼らはものすごく勉強しています。その部分は知って欲しいですね。
また、素材によって強い弱いというのは、実は論じる対象ではないんですよ。例えば鉄でも硬く作ることができれば、柔らかく作ることもできます。バネは鉄を柔らかくしていますよね。木も同じです。硬くできるし、柔らかくすることもできる。だから木だから壊れやすそうと思うのは少し違うかなと思います」
―では、最後にこのインタビューで本書を知った方々にメッセージをお願いします。
「実は伝えたいことは、これまでに全て言ってしまっているんですが(笑)、家を建てるときは、どのようにしたら良い人に出会えるのか、そしてその良い人たちと長く付き合っていける家の普請の仕方を本書から汲み取って頂ければと思います」
―この田鎖様の話を聞いてから、本書を読むとかなり見方が変わると思います。
「そういって頂けると嬉しいです(笑)。本当にどういう人に頼めばいいのかな、ということを具体的にイメージしながら読んで欲しいですね。そして、もし分からなかったら、この本を持って私に聞きにきてください。教えてあげます(笑)。1000社くらい工務店やハウスメーカーを知っているので」
―もしかしたら、そういう風に工務店さんを紹介する人も必要なのかも知れませんね。
「昔はその土地をよく熟知している長老がいたんですよ。そして彼らがいちいち教えてくれた。やれあの工務店は手抜きが多いとか、付き合いが悪いとか、そこの工務店はなかなか腕がいいとか。ただ今は、家の完成品が売られていて、それを購入するとき誰が造ったわからないシステムになっています。そういう部分から、ミスマッチが発生していると思います」
―実際に工務店さんと一緒に造り上げていき、その後もだんだんと変えていける家を造ることが大切なんですね。
「そういうことです」
田鎖 郁男(たくさり・いくお)
株式会社エヌ・シー・エヌ(NCN)代表取締役社長、ムジネット株式会社専務取締役。
1965年埼玉県生まれ。
千葉大学工学部卒業後、日商岩井(現・双日)入社。木材本部に在籍し主にアメリカ、カナダからの木材輸入を担当する。96年に株式会社エヌ・シー・エヌを設立し、2006年6月より代表取締役社長を務める。
またアメリカのフランク・ロイド・ライト財団から正式に認可を受け、日本でライトの建築物を復活させる事業にも携わる。工務店やビルダーの質的向上、施工主の建築知識の充実が、良い家づくり、ひいては、良い町づくりに繋がるとの考えから、木造住宅における構造計算を推進する工務店ネットワークを主宰する。
趣味は、読書、海外旅行、ゴルフ時々サッカー。
主な著書に『木の家の選び方5つの法則』、『家、三匹の子ぶたが間違っていたこと』、『三匹の子ぶたも目からウロコの二〇〇年住宅』などがある。
NCN http://www.ncn-se.co.jp/
重量木骨の家 http://www.mokkotsu.com/