~直感のワナを味方に変える行動経
済学7つのフレームワーク
著者名:柏木 吉基
出版社:技術評論社
価格:1,554円
ISBN-10:477413872X
ISBN-13:978-4774138725
―まず本書の方、興味を持って読ませて頂いたのですが、とても読みやすく、実用的な内容だと思いました。
「ありがとうございます。読みやすさももちろんですし、自分の生活や会社の仕事と行動経済学とがどのように関連しているか、ということを分かりやすく説明することが大事だと思って書きました」
―これまでの経済学は、合理的な判断を行う「経済人」をモデルとして一定の成功を収めてきました。この「合理」というものについて、柏木さんはどのような意味で捉えていらっしゃいますか?
「「合理的なもの」とはいつの時代にもある、いわゆる「べき論」や「ロジック」などと考えればよいと思います。そして、これからも今まで通り重要なものとして存在し続けるでしょう。
しかし、問題なのは、この「合理」を確認せずに、それこそ勘や経験といった“感情”で物事をきめてしまったり、「べき論」だけで押し通すプロセスです。もちろん本人にとってはそれが“合理的”であるのかも知れませんが、これらは、本当に正しい判断を歪めたり、組織で人を動かすことへの妨げになります。
重要なのは「ロジカルには“こう”。でも…」という思考プロセスです。このプロセスをたどることによって、物事の判断に深みが加わりますから、本書の考え方の軸となっている行動経済学は、この“勘定(べき論)”と“感情”の対比を明確に理解する上で、この上ないサジェスチョンを与えてくれるものだと思います」
―私が1つ思うのは、個人にとっての合理性と、組織ですとか集団などのような社会の合理性は相反する部分が多いと思うんですね。個人がやることとして見ると「え!?なんで非合理なの?」と思うけど、会社にとっては合理的であったりすることが多い。今までは社会の合理性が重要視されてきたけれど、今は個人の合理性も求められていて、そこで変な歪みが生まれてしまっているという印象を受けているのですが、柏木さんはそういったことに対し、どのようにお考えですか?
「まず、全体最適と個別最適というのがあります。それは本書の中にも書いてあるのですが、会社として最も合理的なのは全体最適なんですが、もちろん個人にとっては“合理的”だけれど、会社にとっては非合理的なことってありますよね。例えば、すごく保身的で、その人自身にとっては“合理的”に最適化をしている人がいるとします。でも、その人を、会社にいて給料をもらいながら働いている立場として見てみると、会社にとっては非合理な存在であるかも知れません。
そういったことを解き明かすのが行動経済学なのですが、どうしてその人が非合理な行動を選択してしまったのか、どうしてその行動を“合理的”と感じるのかということを、本書で書いています」
―「非合理な行動をするのに上手くいく」というケースの、成功の理由の根本はどこにあるのでしょうか。
「これは3つのケースがあると思います。1つは、たまたま(笑)。偶然上手くいったというケースですね。もう1つは、周囲もみんな非合理な方向を向いていたということ。自分が非合理的なことをしていたとは気づかないパターンです。例えば、無駄な仕事ばかりやっていて残業だらけになっているのに、みんなそうだから誰も改めようと思わず、頑張っている!と思い込んでしまっていることってありますよね。
そして、最後のケースがあえて非合理な行動を戦略的にとるということです。非合理的なアプローチをして、うまく成功に導くケースですね。
こうした非合理のケースを見極めるためにも、非合理のフレームワークを知る価値は充分にあると思います」
―成功の裏には論理がちゃんと戦略的に構築されていますが、非合理による成功の裏にもそういった論理性があるわけですね。
「はい。だから本当に非合理を知ってその行動に反映させて成功するっていうのは、その人の裏に合理性がないと、おそらく成り立たないのではないでしょうか」
―本書は数字を読み解く重要性が述べられていますが、なぜ、数字は重要なのですか?
「数字が重要である理由は、自分にとっての客観的な指標になるからなんですね。自分の感情や思い込みが本当に正しいかを客観視できるようになるんです。自分の選択は正しかったのだろうかと思ったとき、そこで1回数字に置き換えてみると、自分が思っていたのと違う結果が出たり、間違えていたらどの部分が間違えていたかが分かります。
だから、同じ答えの中をぐるぐる回って終わってしまうのではなく、一歩引いたところから自分を見つめる。そのためのツールとして数字があるとやはり強いですよね」
―では、「能力の高いビジネスマンは数字に強い」とありますが、数字に強くなるための具体的な方法はありますか?
「数字といっても、何も複雑な計算は必要ではありません。基本的には四則演算、+-÷×で事足ります。だから文系だから苦手、理系だから得意、というのも関係ないと思います。
数字に強くなるための具体的な方法ですが、何にでも単純な数字を当てはめる習慣を持つと良いでしょう。例えば、「お客様第一主義でいこう!」とアナウンスするだけで終わってしまうのと、実際に「お客様第一とは何がどうなる状態なのか、だれでも認識できるように定量化(数字で示す)する」こととは、大きな違いが生まれます。
まず、何かに取り組んだとき、人がその効果や意義をはっきりと認識し、その取り組みのゴールは何か、自分たちが今いる位置がどこなのか、などについて、それぞれの主観ではなく客観化できる数字として意識することが重要です」
―社会統計などの数字に対してクリティカルに接することを本書では勧められていますが、クリティカルシンキングを身につけるにはどうすればいいと思いますか?
「これはテクニックの問題というよりもマインドの問題が大きいと思います。言われたことを無批判に受け入れてその通りにやるというのは、ある意味何も考えていない受身のマインドなんですね。
だから、まずは何のため?誰のため?と、簡単な質問を自分の頭を使って考えてみることが必要です。日常の業務でも、自分では“考えて”いるつもりでも、実は単に仕事をサバいているだけであることに気付いていないケースは多々あります。
そういう風に考えるのは誰でも出来ると思うんですよね。これは“できる”“できない”の問題ではなく、意識の問題だと思うので、それを繰り返さないと、クリティカルシンキングというテクニックにすら気づかないと思います」
―本書をどのような方々に読んで欲しいと思いますか?
「物事を判断するということは、誰にでも当てはまるものです。なので、特別な対象者はなく、だれでも楽しめる内容だと思います。ただ、これらのバイアスを紹介する上で、より読者に身近に感じていただくために、この本ではビジネスや会社組織を前提にした事例を多く使っています。
組織や日常生活で、「何が本当に正しいのか」「自分の判断はどこまで妥当なのか」といった視点を、一歩外したところから見れるようになりたいと思う方には最適です。案外、これまでの自分自身が思った以上にバイアスを受けて物事を見ていたことに驚かれるかもしれませんよ。
ビジネス書を書かれる方は、成功された起業家やコンサルの方が圧倒的多数です。でも、読者の多くは一般的なサラリーマンであることも事実だと思います。ですので、読者と同じ立場のサラリーマンの視点で書かれた本として、特に同志の皆様に手にとって読んでもらいたいと思いますね」
―柏木さんが次に考えている課題はありますか?
「データの分析やクリティカルシンキングといったロジック系のスキルと、よりヒューマン要素の多いバイアスの知識などは、物事を考えるアプローチとして一対のスキルだと考えています。つまり、バイアスのフレームワークを知ることだけが、頭を使って考え、正しい判断をすることの全ての条件ではありません。その他にも、客観的に「べき論」を探るスキルも必要でしょうし、高い視点で俯瞰的にものごとを見れる“気づきの目“も必要だと思います。
ですが、何よりも重要なのは、起点となる本人のマインドの部分です。
今は、この物事を考える上での土台となる、マインドや気付きの点にも、「自分の頭で考えられない」課題の要因があると思っています。考えるテクニックやアプローチに至るまでのボトルネックとは何かを明確にして、どうすればマインドや気付きに深みを持たせることができるのかを次の課題として考えてみたいと思っています」
―最後に、読者の皆さまにメッセージをお願いします。
「人のバイアスについて知るということは、今までも申し上げてきたように、正しい判断につなげるための1つのアプローチの方法ではあるのですが、それだけではないんですね。
この本を書くときの1つのキーの中に、私自身、組織の中で溜め込んでいたフラストレーションがあります。そして、そのフラストレーションのはけ口として、非合理な意思決定のメカニズムを学問的に問い直してみたんです。
そうしていくうちに、そのまま受け取ったら頭に来て仕方がないようなことも、一歩引いて、バイアスのフレームワークに当てはめてみることで、自分が冷静になれるようになったんです。実際、行動経済学を知って、「ムカっと」することが少なくなったと思いますし、自分の思考を冷静に客観的に見れるようにもなったと思います。そして、「あんなこと言って決まったけど、こういったバイアスがかかっていたから、本当はこうだよね」というアプローチもできるようになるんですね。それがないと、感情のぶつけ合いになってしまったりするかも知れません。
先に、述べましたが、「頭を使って考える」のベースは「マインド」です。でも、この本を手に取ったみなさんは、すでにこの“マインド”の部分はクリアーしているかもしれません。日常の業務や生活での意思決定に活用してもらえると筆者としてこれほど嬉しいことはありませんね」
(インタビュアー、記事/金井元貴)