―柳川さんの著書『40歳からの会社に頼らない働き方』についてお話をうかがえればと思います。まず、柳川さんが40歳という年齢をひとつの節目として取り上げた理由を教えていただければと思います。
柳川:周りをみても40歳前後で、キャリアの節目を迎えている人が多いからというのが、一つの理由です。たとえば、同じ会社で働き続ける場合でも、仕事内容が管理職的なものに変わっていくのがその辺りです。また、寿命が伸びているこれからの時代、65歳あるいは70歳位まで元気に働ける人が増えることを考えると、40歳前後で一度、これからの働き方を見直してみるほうが良いのではないかとも考えたからです。
ただしあまり40という数字にこだわっているわけではありません。本書の内容は、30代の人にとっても50代の人にとってもきっと役に立つ内容だと思っています。
―本書で書かれているように、世の中はどんどん動きが速くなって、先のことが読みにくくなっているのは事実だと思いますが、一方でまだまだ「大企業に就職すれば大丈夫」という考えの人も多くいます。こういった人に対してどんなことを伝えたいですか?
柳川:ほとんどの大企業の経営者は「20年先、場合によっては10年先ですら、自分の会社がどうなるか分らない」という危機感を持ってやっています。いたずらに心配をする必要はないと思いますが、現状、日本企業を取り巻く環境は、そのようなものだということはしっかり認識する必要があると思います。そして、働く環境はそれぞれの人にとって大事なものだからこそ、将来の大きな変化に備えて、しっかり準備をしておくことが大切だと思います。
―柳川さんが考える「会社に頼らない働き方」とは一体どのような働き方なのでしょうか。
柳川:必ずしも、今すぐ会社をやめて独立しよう、と薦めているわけではありません。それがなかなか大変な場合が多いのも事実ですから。大事なことは、この会社でなければ生きていけないと思わないで済むようにすることです。つまり働く場所そのものよりも、「会社に頼らない気持ちをもって働けるようにする」ことが大切なのです。そうすれば今の会社にいても、気分的にもだいぶ楽に働けるはずですし、またそれが、スムーズな独立や転職を実現させる可能性も高めるはずです。
もちろん、そのためには単なる気持ちの持ちようだけではなく、なんらかのスキルアップが必要な場合も出てくるでしょう。本書では、そのような気持をもてるようにするための具体的なステップを詳細に説明し、どんな立場の人でも会社に頼らないで働けるための方策を解説しています。
―「会社に頼らない働き方」をするためには、まずは自分に何ができるのかを知る必要がありますが、これは簡単そうで案外難しいことだと思います。自分の能力がどんなもので、それを社会にどのように役立てられるかを考える時のポイントがありましたら教えていただければと思います。
柳川:ポイントは、外からの眼で自分の能力を見つめてみることだと思います。会社の外に出たときに何ができるかを考えてみる。しかし、長年ひとつの会社で働いてきた人ほど、それが容易なことではないのも事実でしょう。
そこで本書では、周りの仲間とともに、「バーチャルカンパニー」というものをつくることを提唱しています。これは将来の転職や起業に備えて、仮想的なグループ組織をつくってみようというものです。副業という大それたものではなく、もっと手前の準備段階のようなグループで良いのです。
こういうグループをつくって仲間同士で、このグループで起業をするとしたら何ができるか、どんな能力が欠けているかを真剣に話し合ってみる。そうすることで互いにどんな能力があり、何が使えるかを判断できるようになります。本書ではこの点を、詳細にステップを追って説明しています。
―それがどうしても見つからないといった時にどういった選択肢が考えられるのでしょうか。
柳川:現実問題としては、会社の外に出ても、今の能力がそのまま通用するという幸せな人は、そんなに多くはないのだろうと思います。やはり、違う場所で活躍しようと思ったら、自分の能力やスキルをその場所に適応させる必要がある。場合によっては、新しいスキルを身につける必要がある。そういう風に割り切ることも必要だと思います。
40歳でもまだこの先30年近く働くことを考えると、ある程度スキルを「磨く」ことが大切だと考えています。ここでは詳細には説明できませんが、それは簡単にいえば、今までの経験を通じて得てきた断片的な知識やスキルを、より汎用的な場面でも通用する一般的スキルに引き上げていくことです。そうすれば、今の会社の外でもスキルや能力を役立てることができるようになるはずです。
―20代、30代ならともかく、40代ともなると働き方を根本から変えるのはかなりエネルギーが必要で、なかなか勇気が出ないかと思います。こんな人はどんなことから始めればいいのでしょうか。
柳川:今の働き方を辞めて、まったく別の働き方を選ばないといけないと思うから、エネルギーが必要で、なかなか勇気が出ないのです。住宅ローンや教育費負担等いろいろなものを背負っている40代であればそれは当然のことでしょう。
本書はむしろ、そういう勇気が出ない人のために書かれています。本書で強調しているのは、これから複線的な働き方をしようというメッセージです。今の働き方をやめるのではなく、今の働き方にプラスして新しい働き方を追加して複線をつくるのです。もちろん、いきなり副業をもつことはなかなか難しいでしょう。ですから、先に述べたバーチャルカンパニーで良いのです。最初は空想に近いところからでも良いから、まずは自分の働き方の幅を少しずつ広げていく練習をしていく。そういう小さなステップの積み重ねが、多くの人にとっては重要だと思っています。
―柳川さんの身のまわりの方で、40歳前後の年齢からがらっと働き方が変わったという方はいらっしゃいますか?もしいらっしゃるようでしたら、そのケースについて詳しく教えていただければと思います。
柳川:そういう人はかなりいます。たとえば、金融機関に勤めていたのだけれど、辞めて本当にやりたかったNPO的な活動を始めた人とか、いわゆるOL生活をしていた後、大学院に入って、自分のやりたかった仕事を始めた女性とか。以前に比べると、働き方を大きく変えることのできる環境は整ってきているように思います。
でも、本書が届けたかったのは、そういう風に大胆に転職や働き方の転換を実現できている人に対してではなく、むしろそういう大胆なことがなかなかできず、悩んでいる会社員の人達に対してのメッセージです。その人たちに、どんな風に考えて、どんなステップを踏んでいけば、自分の働く環境を少しでも変えていけるかを説明しています。
―最後になりますが、読者の方々にメッセージをいただければと思います。
柳川:働くというのは、生活のとても重要な部分であり、大きな変化を起こすのは勇気がいるし、実際に大きく変化させるのが難しいのも事実でしょう。でも、これからは変わっていくことで、安心とチャンスが得られる時代なのだと思います。
だから、少しずつ、あまり大きなリスクを生じさせない範囲で変わっていく工夫をしていくことが大切です。そのためにも、本書が提案しているような複線型の働き方を、一人も多くの人に実践して欲しいと思っています。そうすれば、この変化の時代は、それぞれの人にとって、きっと大きなチャンスの時代になってくれることでしょう。
1963年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。現在、東京大学大学院経済学研究科教授。 著書に『独学という道もある』(ちくまプリマー新書)、『法と企業行動の経済分析』(第50回日経・経済図書文化賞受賞、日本経済新聞出版社)、『元気と勇気が湧いてくる経済の考え方』(日本経済新聞出版社)、『日本成長戦略 40歳定年制』(さくら舎)などがある。