だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『JR上野駅公園口』柳美里著

提供: 本が好き!

全米図書賞(翻訳部門)受賞で話題となった本。
日本での出版は2014年で、既に文庫化もされている。

上野駅は昔から、東北・北関東地方の人々にとって、東京の玄関口となってきた駅である。石川啄木が「ふるさとの訛りなつかし」と歌った停車場はここなのだ。
その周辺は、敗戦後には浮浪児、現代ではホームレスと、行き場を失った人が集う場でもある。単に交通の便のためか、また少しでもふるさとの気配を感じるためか、上野恩賜公園のホームレスには東北出身者が多いのだという。

主人公の男は福島県相馬出身である。平成天皇と同じ生年月日だ。息子は皇太子(現天皇)と同じ年に生まれ、「浩」の一字を取って名付けた。
昭和・平成と、働いて働いて生きてきた。けれど男には運がなかった。別段、悪いこともしなかったのに、家族は不幸に見舞われ、男は生きる意味を見失った。
そうしてたどり着いたのが上野公園だった。

著者がこの小説を構想し始めたのは2006年だという。その年の11月の「山狩り」を軸に、物語は進む。作中の説明によれば、「山狩り」とは、ホームレスの人々を対象にした「特別清掃」のことで、行幸啓の前に行われるものだそうである。
住まいとしている「コヤ」を一時畳み、決められた時間の間、住まいに戻れずさまよう男は、自らの来し方に思いを巡らせる。

柳の筆は秀逸で、男がさまよう周囲の音を的確に拾う一方、男の脳裏に浮かぶ情景を鮮やかに描き出す。読者は男の中に入り込み、男とともに周囲を見回し、男の人生をしばしの間、ともに生き始める。
上野のざわめき、相馬の方言、すれ違う人々の会話、電車の音。
そうしたBGMの中で語られるのは、運がなかった男がここに行きつく顛末だ。
それは男の物語ではあるけれど、また一方で誰の物語ともなりうる物語であるのかもしれない。
本書が出版されたのは2014年で、東京オリンピックの開催が決定している。この時点では輝かしい未来と思われたことだろう。だが、光のあたらぬ場もまたあったのだし、これからもあるのだ。
終盤には予言的な場面も現れる。2006年よりも後の大きな悲劇。
そして物語が終わった空白に存在する現在の混乱も、あるいはこの物語と地続きであるのかもしれない。

全米図書賞翻訳部門というのは、多和田葉子の『献灯使』もそうだが、どこか詩的な物語を志向しているのかもしれない。ディストピア的なものを孕みつつ、言葉の豊かさを感じさせるのもまた共通点だろうか。
この物語を英語で語るとどうなるのか。少々興味のあるところではある。

(レビュー:ぽんきち

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本が好き!
JR上野駅公園口

JR上野駅公園口

一九三三年、私は「天皇」と同じ日に生まれた―東京オリンピックの前年、男は出稼ぎのために上野駅に降り立った。そして男は彷徨い続ける、生者と死者が共存するこの国を。高度経済成長期の中、その象徴ともいえる「上野」を舞台に、福島県相馬郡(現・南相馬市)出身の一人の男の生涯を通じて描かれる死者への祈り、そして日本の光と闇…。「帰る場所を失くしてしまったすべての人たち」へ柳美里が贈る傑作小説。

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