だれかに話したくなる本の話

ピース又吉が言われて傷ついた同期のひとこと

出版業界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』! 第89回に登場するのは、大注目の新作『劇場』(新潮社刊)を刊行した又吉直樹さんです。

初の中編小説『火花』が芥川賞を受賞し、一躍時の人となった又吉さん。「次の作品」への期待と関心が高まる中で、プレッシャーを感じることもあったそうです。

そして書き上げた『劇場』は、無名の劇作家である「僕」と、女優を目指す学生の「沙希」の恋を中心としつつも、表現者や夢を追う者について回る苦悩や葛藤、嫉妬、焦燥など、宿命的な感情を丁寧に描いた長編。

この物語がどのようにできあがっていったのか、ご本人にうかがいました。執筆の始まりは、どうやら、『火花』より前にさかのぼるようです。今回はインタビュー後編をお届けします。
(インタビュー・記事/山田洋介、写真/金井元貴)

■小説家と芸人 又吉直樹はこれからどこに向かうのか

――『劇場』の登場人物は、主人公の永田を筆頭に皆特徴的ですが、永田の恋人の沙希の人物像が特に丁寧に作り込まれていると感じました。

又吉:そうですね。作中の描写はあくまでも「永田から見た沙希」なので、結局のところ本心はわからない。

沙希は永田の全てを受け入れる時とそうでない時があるんですけど、それは二面性ということではなくて、本能的にというか、自然にその瞬間に反応している人物として書きました。

――劇団を抜けることで永田と袂を分かった青山も印象的なキャラクターでした。長く近い場所にいたことで、互いに相手が一番言われたくないことを知っているから、言い合いになると「両者血まみれ」になってしまう。こうしたことは芸人同士でもあるのでしょうか?

又吉:めったにないでしょうね。ただ、同業者同士ですから、相手が言われて嫌なことはわかるっていうのはあるかもしれません。

――その青山にライティングの仕事をもらうようになるあたりから、永田は少しずつ人間としても劇作家としても社会性を身につけていきます。個人的には作品前半の「自分の考えが全て」という頑ななタイプの表現者だった永田が好きですが、又吉さんはいかがですか?

又吉:僕も前半の永田のようなスタンスの人は好きですよ。でも、永田に限らず18歳とか20歳くらいの頃は「お金は二の次で、とにかく好きなことをやるんだ」と思えていた人も、年齢が上がって周りが結婚したり、子どもが生まれたり、どんどん「大人」になっていくのを見ると、そうとばかりも言っていられなくなってくる。

「周りが変わっているのに、自分だけがいつまでも同じことをやっている」っていう恐怖感は永田にもあったはずで、だからこそ「生活変えな」ということで、かつて自分に暴言を吐いて去っていった青山からでも仕事をもらうようになるわけです。

それはみじめなことなんだけど、もし永田が「自分だけ周りから取り残されていく」という恐怖心を持たないタイプだったら、そもそも演劇を作れないんじゃないかとも思います。

そういう意味では、後半の永田は表現者としてダサいかもしれません。でも、ダサいからこそ共感できるということもあると思いますし、人間として根底にあるものが変わったわけじゃない。だから前半の永田も後半の永田も好きですが、確かに前半の方が可愛げはあるかもしれませんね。

――永田については夢を追う人にありがちなずるさがリアルでした。沙希は相手のどんな面も受け入れる包容力のある女性ですが、永田が「売れない劇作家」のままでは手に入らない、「人並みの生活」を夢見ているところもあります。そして、永田はそれに気づいていながら見て見ないふりをしている。

永田にとってこの状況はとても苦しいものですが、もし後輩の芸人に永田のような人がいたらどんなアドバイスをしますか?

又吉:これはアドバイスのしようがないですよね……。永田でいうなら、自分なりの方法で戦おうとしていて、演劇を続けることに迷いはありません。そして、もしその戦いに勝って、劇作家として食べていけるようになったら沙希と結婚するかもしれない。少なくとも売れたからといって沙希とのことをなかったことにしようとは思っていないはずです。

そういう姿勢でやっている奴に「おまえたぶん売れへんから諦めや」とは言えないでしょう。永田は不器用な人間ですから、「もう少し相手のことを考えてあげて」とでも言って、演劇に費やす力を他のことに向けさせたら、演劇のクオリティは下がるでしょうし、クオリティが下がれば世に出るチャンスはさらに減っていく。そうなるとさらなる地獄が待っているわけですから、「もうお前の信じた道を突き進め」としか言えないですよ。

――二人の生活はいいことも悪いこともありつつ淡々と描写されますが、年齢を告げる沙希のセリフで過ぎ去った時間の長さにハッとさせられます。

又吉:この小説は当初長くても原稿用紙300枚くらいに収めようと思っていたんですけど、冒頭の永田と沙希が出会ったところの数日を書くだけで50枚くらいになります。

作中の時間は主人公の永田が感じている時間なので、長く感じることもあればすごく速く時間が流れることもある。そのあたりの時間の濃淡は気にして書いていました。

――永田もそうですが、又吉さんも芸人として世に出る前から、小説を書くようになった今に至るまで、色々な人に色々なことを言われてきたはずです。これまで言われて一番傷ついたことはどんなことですか?

又吉:いろいろありますけど、普通の悪口みたいなのはさほど傷つかない気がします。この間も「おまえはただの気持ち悪い奴だ」って書かれた葉書が送られてきて(笑)。

――直球の悪口ですね…。

又吉:そういう悪口には、もちろん「なんやねん」となるんですけど、それ以上のことは思わないんですよね。「なんでそんなことをわざわざ葉書に書いて送ってくんねん、めんどくさいやろ」って思って終わりなんです。

傷ついたことは何だろう……。吉本の養成所時代の同期に、すごく派手な髪型をした奴がいたんですけど、そいつに「まったんみたいな奴が(構成)作家になるんやろな」って言われた時は傷ついたかもしれません。

確か入って三カ月くらい経って、ひととおりネタ見せが終わったくらいの頃だったと思うんですけど、それを言われた時に、芸人に向いてないと言われたように感じたんですよね。

そいつが天然な奴で、悪気なく思ったことを言っただけだと思うんですけど、芸人として舞台に立ちたいと思って吉本に入ったのに、すぐにそれを言われてショックだったのを憶えています。もちろん、芸人と構成作家どちらが上という話ではなくです。

――芸人でありつつ小説が高く評価された又吉さんですが、今後どんな方向に行きたいという抱負はありますか?

又吉:ここからどうなるのか自分でもわからなくて、目の前の仕事に全力をぶつけることだけを考えています。それは今回なら小説でしたし、次は9月に大きいライブをやろうかと思っているのでそれですね。

そうやって、目の前のことに全力を注いだ結果、良ければ仕事は増えるし、ダメだったら減る。それを繰り返していくしかないと思っています。でも、もし綾部が大スターになって帰ってきてくれたら、また別の道があるかもしれません(笑)。

(取材・記事/山田洋介、写真/金井元貴)

前編 ■初の小説が芥川賞 『火花』の後で感じた重圧 にもどる

『劇場』

劇場

一番 会いたい人に会いに行く。
こんな当たり前のことが、なんでできへんかったんやろな。

演劇を通して世界に立ち向かう永田と、その恋人の沙希。
夢を抱いてやってきた東京で、ふたりは出会った――。

『火花』より先に書き始めていた又吉直樹の作家としての原点にして、
書かずにはいられなかった、たったひとつの不器用な恋。

夢と現実のはざまでもがきながら、
かけがえのない大切な誰かを想う、
切なくも胸にせまる恋愛小説。

この記事のライター

山田写真

山田洋介

1983年生まれのライター・編集者。使用言語は英・西・亜。インタビューを多く手掛ける。得意ジャンルは海外文学、中東情勢、郵政史、諜報史、野球、料理、洗濯、トイレ掃除、ゴミ出し。

Twitter:https://twitter.com/YMDYSK_bot

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