だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『本当のところ、なぜ人は病気になるのか?―身体と心の「わかりやすくない」関係』ダリアン・リーダー、デイヴィッド・コーフィールド著

提供: 本が好き!

※ブクレコのレビューを加筆修正した、2017年5月18日にブログにアップした記事の再録。

原題は『Why Do People Get Ill?』なのに、日本語版のタイトルはどうして『本当のところ、なぜ人は病気になるのか?』になっているんだろう(しかも原題にない「本当のところ、」に赤で下線まで引いて)?という疑問が頭の中を今も漂っているが、実は私、この本を最初、図書館で借りて読み始めたが、これは手元に置いておかなければならないと思い、すぐにネットで注文した。

これは本当にいい本だ。だが2008年刊行のこの本は結局、版を重ねることなく絶版になってしまったようだ。健康ブームと言われ、本屋に行けば健康関連の本がズラリと並ぶ中、これほどの本がひっそりと消えてしまっているところにブームの底の浅さがうかがえる。

さて、精神分析家のダイアン・リーダーと科学哲学が専門のデイヴィッド・コーフィールドの共著になるこの本は、一般の人も読んでおくべきはもちろんだが、私のような治療家を含む広い意味で医療に携わる人には必読の書である、と言っておこう。しかし、それは「この本を読むことで今よりいい医療ができるようになれるから」という意味ではない。むしろこの本は、これを読むことで迷宮にはまり込み、人によっては医療界から去るしかなくなってしまうくらいに危険な書物だが、それでも「知っておかなければならないこと」が書かれているからだ。

それは例えば──と書いて、ポイントとなる箇所を引用しようとしたが、やめた。そんなことをしようとしたら、この本を丸ごと、ここに引用しなければならなくなってしまうから。

この本に書かれているのは、一般に「病気の原因」と考えられていることが、実は大きな間違いであるかもしれない、ということだ。

例えばインフルエンザを発症した人(仮にAさんと呼ぼう)を考えてみる。この場合、原因は「Aさんがインフルエンザウイルスに罹患したこと」であると説明を受け、それでみんな納得する。しかし、その人と同じ場所にいて、同じようにインフルエンザウイルスに罹患しながら、ほとんど症状らしい症状もなく終わってしまう人も大勢いる。それは医学的には「単なる個体差によるもの」で片付けられてしまうが、その場所でインフルエンザウイルスに罹患したAさんは、たまたまBさんと一緒にいたことでインフルエンザを発症したが、一緒にいたのがCさんだったら発症せずにすんだ、ということが現実に起こりうる。だとすると、Aさんがインフルエンザを発症した原因は単に「Aさんがインフルエンザウイルスに罹患したこと」“ではない”ことになる。

もちろん、「原因がインフルエンザウイルスであれ、Bさんが一緒にいたことであれ、治療して治ればそれでいいじゃないか」という考え方もある。しかし、ではここで言う「治る」とは何だろう? 取り敢えずインフルエンザの症状がなくなることを「治る」と言うなら確かにそうなのだろうが、私には「(一時的に)病気の症状を抑え込んだ」というだけに見え、少なくともそれは(私が理解している)「治る」という言葉の意味と明らかにズレている。

更に言えば、「ではAさんがインフルエンザを発症した原因は、『インフルエンザウイルスへの罹患+Bさんの存在』か?」というと、それもまた違う。例えばBさんが一緒にいたことでAさんの免疫機能の働きが(一時的に)抑制されていたのだとしても、なぜそうなったかが明らかになっていないからだ。こういうと、「それはBさんといることがAさんのストレスになってたんだろ」としたり顔で答える人もいるだろうが、ストレスになっていたとは、どういうことだろう?(ストレスという言葉はそれ自体がブラックボックスのようなもので、「それはストレスですよ」というのは、実は何も言っていないに等しい)。

上のAさんの例は私がこの文章のために作ったものだが、この本に書かれている一文を借りれば、これは「無意識の力学による作用が、感染の細菌(この場合はウィルスだが)モデルで置き換えられた」ものと考えられる。「人と人との関係が、生体と細菌(ウィルス)との関係に書き直されたのだ」。

そう、この本は『本当のところ、なぜ人は病気になるのか?』というタイトルの通り、病気になる「原因」を追求したものだ。そしてそこからわかるのは、医者や治療家が語る「原因」のほとんどは「本当の意味での原因」ではない、ということである。では「本当の意味での原因」とは何か、といえば、それはその人がこれまで生きて積み上げてきた「その人の歴史」、あるいは「その人の物語」の中にしか探ることはできない。そしてそうした「その人の歴史」や「その人の物語」はどこまでも個的なもので、本来、統計学的な数値へと還元することはできないものなのだ。

ところで、上で私は、この本のポイントとなる箇所を引用しようとすると本を丸ごと引用しなければならなくなるのでやめた、と書いたが、例外的にここだけは最後に引用しておきたい。これは医療に携わる人が心に留めなければならないことだから。

このような例から、治療を行う医師が、患者の症状にたいする自身の態度を問うべきだということがうかがわれる。だからといって、それが簡単な過程だと言っているわけではない。しかもそこには、そもそもなぜ医者になることを決めたのかという根本的な問いも含まれるかもしれない。アンブローズ・ビアスの『悪魔の辞典』では、医者の定義を「病気のときにはすがりつき、元気なときには犬をけしかける相手」としている。こういう警告があっても、次の問いを投げかけることには意味があるだろう。医師になる道を進ませた無意識の動機が、その人の治療の仕方にまったく影響を与えないということが、実際にありうるのだろうか? それともその反対に、そもそも医学の道に引き寄せられるきっかけとなった邪悪な特徴があったとして、医学の訓練を受けることでそれがすべて浄化されると期待できるのだろうか?

(レビュー:そうきゅうどう

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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『本当のところ、なぜ人は病気になるのか?―身体と心の「わかりやすくない」関係』

本当のところ、なぜ人は病気になるのか?―身体と心の「わかりやすくない」関係

どうして私たちは病気になるのだろう――思考や感情は身体に影響する。緊張して胃が痛くなるとか、頭が痛くなるとかはよくあることだ。しかし、心臓病や糖尿病、ガン、関節リウマチのような病気についても、悪化させたり、心が原因になったりすることはあるのだろうか?

心理的な要因は、実際に身体に影響する――だが、それを「ストレスで病気になる」と一言ですませることはできない。そんなに簡単ではないのだ。

心が病気にどのように影響するのか、病気になりやすい心の持ち主の人はいるのか、逆に症状から心の状態を推しはかることはできるのか。これまでの医学の常識にとらわれず、心と身体の関係を見つめ直す。

この記事のライター

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