だれかに話したくなる本の話

がむしゃらなだけの自分から抜け出すきっかけになった本 「私と本の物語」つるたちかこさん(コミュニティマネージャー見習い)

あの本の中の、あの一文に心を動かされた。そんな経験をしたことはないでしょうか。
本は、時に読者の人生を肯定し、時に読者の背中を押し、そして時に強く叱咤してくれるものです。

さまざまな人に心を動かされた本の一文にまつわるエピソードを語っていただく「私と本の物語」。
第2回は編集者、ライター、ウェブディレクター、イベントオーガナイザーなど幅広いフィールドで活躍するつるたちかこさんです。

■駆け出しの編集者に訪れた危機…突然出版事業の責任者に!?

つるたさんは現在32歳。株式会社アキチという会社で全国のカフェの開業支援の仕事をしながら、フリーの編集者として紙の本や電子書籍の編集、ウェブ媒体でのライター活動やディレクターを行っています。

これまで何度かの転職を経験してきたつるたさんが、初めて書籍の編集の仕事に携わったのは前々職でのこと。
その後、「電子書籍事業で専任の編集者を探している」という誘いで前に勤めていた会社に移り、そこで立ち上げた電子書籍レーベル「あの出版」では、3年間で100冊以上の電子書籍を編集・配信に携わりました。

本を作るためには、良い企画を生み出し、それを形にしなければいけません。どんな編集者もそれぞれの「良い本」のイメージを持っているものです。ただ、電子書籍の編集を始めた当時、“新人編集者”のつるたさんにとっての「良い」「悪い」はぼんやりしたものでした。

「当時はまだ良し悪しのジャッジをしてくれる人がいる仕事の仕方をしていて、とにかく自分が企画を提案すればいいという感じでした」

そんなつるたさんに危機が訪れます。自分を電子書籍の事業に引き入れた上司が突然退職してしまったのです。

「びっくりしたというか…。上司がいなくなってしまって、どうすればいいんだろうという感じでした。それまでずっとジャッジをしてくれる人の元で仕事をしてきたけれど、急に自分でジャッジしなければいけない立場になってしまったことに戸惑いがありました。
また、Amazon KinldeとiBooks Storeが登場して、電子書籍の制作方法が大幅に変わった時期で、自社で企画から制作・申請まで全てやらないといけなくなったんです。とにかくものすごい作業量でした」

どんなに叫んでも、やめてしまった上司は帰ってこない。残されたつるたさんは、一人でがむしゃらに作業をこなします。しかし、軸がない編集は企画や内容をブレさせるもの。「とりあえず作る」だけでは、手ごたえをつかむことはそうできません。

そんなときに出会ったのが、つるたさんが選んだ一冊『センスは知識からはじまる』(水野学著、朝日新聞出版刊)でした。

■自分の軸を作るために…本作りに必要な「普通」を学ぶ

「この『センスは知識からはじまる』という本に出会ったのは、がむしゃら期の真っただ中だったと思います。
ちょうどそのときに、J-WAVEが主催していた『メディアクリエイターズ・アカデミー』という30歳未満のクリエイターを対象にした講座に参加していて、嶋浩一郎さんや津田大介さん、水野学さんなど、著名なクリエイターの方々とディスカッションをするという講座に参加していたんです。
そこで感銘を受けたのが水野さんのお話で、この『センスは知識からはじまる』を読んで、それまでぼやけていた『良い』『悪い』の軸が定まったというか、それを決めるセンスの磨き方を知りました」

特につるたさんが感銘を受けたという一文を取り上げてもらいました。

普通こそ、「センスのいい/悪い」を測ることができる唯一の道具なのです。
では、普通とは何でしょう?
大多数の意見を知っていることでも、常識的であることとも違います。
普通とは、「いいもの」がわかるということ。
普通とは、「悪いもの」もわかるということ。
その両方を知った上で、「一番真ん中」がわかるということ。
『センスは知識からはじまる』(朝日新聞出版)より

つるたさんはこの本をヒントに、「普通」探しの旅に出かけます。それは、「良い本」とは、「売れる本」とは、一体どんな本なのかを知ることでした。

「良いものを知るには、まず『メジャー』を知らないと自分の定規が作れない、そう思ったんです。だからとにかく、電子書籍で売れていた本を片っ端から読みました。この本がまさに上司代わりだったというか(笑)」

『テレビブロス』が愛読雑誌というつるたさんでしたが、サブカルチャー寄りの読書を一旦置いて、ベストセラー作品を中心に本をとにかく読んだといいます。

「阿川佐和子さんの『聞く力』と吉田豪さんの『聞き出す力』の読み比べをしたり、齋藤孝さんの本を読んだり、特に実用書が多かったです。
また、読み方を意識して変えました。それまでは自分事に引きつけて読んでいたんですよ。『ためになる』とかそういう感じで。でも、このときばかりは『売れている理由』探しだったので、構成や文体、見出しはどうなっているかとか、そういう視点で読んでいました。
ただ、軸をちゃんと確立できたかというと、そこまでの自信はないです(笑)。もっと研究が必要だと思っています」

今年2月、紆余曲折ありながら育ててきた電子書籍レーベル「あの出版」から離れ、現在の職場に移ったつるたさん。それまでオンラインから、オフラインが仕事のフィールドになりました。

実は今の会社に誘ってくれたのは、「あの出版」から電子書籍をリリースしていた著者だったそうです。新卒で就職してから、株式会社アキチで5社目。いろいろな縁の積み重ねで今があるとつるたさんは語ります。

「大変なこともたくさんありましたが(笑)、やっぱり毎日発見があるんですよね。ただ、それって自分から動いてこその発見で、水野さんの本に触発されて研究しなければ、自分の軸も見つからなかった。だからなるべく面白いと思う方向に進んで行こうと思います。発見のある日々を積み重ねていくのが、今後の目標です」

(取材・文/金井元貴)

◇つるたちかこさんの活動◇

■全国の個人カフェを紹介する「個人カフェ.com」
http://kojincafe.com/

■無料のカフェ開業講座「DUカフェカレッジ」
https://www.dripup.com/college/

■株式会社アキチ
http://a-kichi.jp/

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この記事のライター

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金井元貴

1984年生。「新刊JP」の編集長です。カープが勝つと喜びます。
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