だれかに話したくなる本の話

「『ホットドッグ・プレス』の影響力はすごかった」 90年代のカルチャーを映し出す話題の小説

出版業界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』。
第92回目となる今回は、話題の小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社刊)でデビューした燃え殻さんです。

「1999年夏、地球が滅亡しなければボクたちは一緒に生きていくはずだった」
まだスマホがなかった頃の、「ボク」と小沢健二フリークの「かおり」の、文通から始まった不器用な恋愛模様。そしてSNSがつないだ現在と過去。

90年代後半のカルチャーを散りばめながら、大人になりきれない若者たちが必死に生きる姿と描いたこの青春小説は、ウェブメディア「Cakes」連載時から大きな反響を呼び、満を持して書籍化されました。

作者の燃え殻さんは、普段はテレビ番組の美術制作に携わるサラリーマン。
少し前まで「一般人」だった作者は、初めての著書にして自伝ともいえる本作がヒットした今、何を思っているのでしょうか。『ボクたちはみんな大人になれなかった』についてお話をうかがいました。
今回が最終回です!

「ベストセラーズインタビュー」一覧はこちらから

(インタビュー・写真/金井元貴)

■20代と30代・40代になってからの恋愛は「変わらない」

―― 本作は青春小説であり、恋愛小説でもありますが、20代前半の恋愛と30代、40代になってからの恋愛の違いってどこにあると思いますか?

燃え殻:これは本当のこと言ってほしいんですけど、変わらなくないですか?

―― 私は今33歳ですが、変わらないです。

燃え殻:僕もそうです(笑)。全然変わらない。自分は今43歳ですけど、20代の頃と感覚があんまり変わっていない。

―― 私も大人になりきれない自分がいます。

燃え殻:そうですよね。あまり子どもじみたことを言うとサムいから、年齢に則した振る舞いをしようとはしていますけど、全然変わっていないんですよ。

これは、担当編集に怒られたのですが、最初に行くラブホテルは20代に行った場所と同じという設定だったんです。でも、20年も経って同じラブホテルに行ってるんじゃないよ、と(笑)。別にお金がないわけでもなく、しかも全然違う女の子と、何で当時と同じ神泉の安いラブホテルに行くんですかと言われて。なるほど、女性の視点だとそうなるのか。

―― でも、本音を言うと同じところに行ってしまいそうですよね。

燃え殻:そうですよね? なんか、あえてそこに行きたいんですよね。安心感がありますし。

―― 主人公は『ホットドッグ・プレス』という男性誌から多大な影響を受けていますよね。それが今に至るまでの行動原理になっているのと同じです。

燃え殻:そうそう! 本当にそうです。僕も当時、付き合っている人もいないくせにデートの仕方を真剣に読んで、袋とじでホテルの誘い方を勉強したりしましたから。「なるほど、花火大会が終わったらこう誘うのか」みたいな。お前の周囲の異性といったら母親だけだろってツッコみたいですよ(笑)

―― しかも、毎号そういう特集があるんですよね。

燃え殻:ありましたよね。女の子にモテるテクニックとか。水着のグラビアアイドルが「私はこういうデートが理想」って言っていて、「これは覚えておかないと…」と読み込んだりして。

―― 『ホットドッグ・プレス』という雑誌名と、かおりをエスコートするシーンを重ねると、当時思春期だった男性陣は「俺、これやった!」と思うでしょうね。

燃え殻:それくらい影響力がありましたからね(笑)。

―― クライマックスのシーンに引っかけて、今、デロリアンに乗れるとすれば1999年7月22日に戻りたいと思いますか?

燃え殻:その日に戻りたいとは思わないけれど(笑)、誰でも「あのときに戻ったらもっと上手くやるのに」というタイミングがあると思うんですよ。僕自身もこの小説を書くまではそう思っていたんだけど、本を書く中で「あ、これは何度繰り返してもフラれるな」と気付いたんです。多分「やり直そう」と言っても無理で、だから「ありがとう」と伝えたいと思ったんですね。

―― それが自分自身の決着になるわけですね。

燃え殻:感謝やお別れの言葉を伝えるのって、実は難しいんです。たくさんの人と出会って別れてきたけれど、ほとんどの人には別れの言葉を告げていないと思うので。

―― 先ほど『ホットドッグ・プレス』の話題が出てきましたけれど、他に影響を受けた雑誌を教えていただけますか?

燃え殻:『ROCKIN'ON JAPAN』は読みましたね。兵庫慎司さんの文章は特に好きで、BLANKEY JET CITYや電気グルーヴ、渋谷系ド真ん中の記事は貪るように読みました。
あとは『週刊プロレス』に当時ターザン山本さんという編集長がいて、実際の試合よりも面白い観戦レポートを書いていたんです。「これ、ほぼ創作じゃん!」って驚いたこともありました(笑)。
どちらの雑誌も、現実を超える物語を誌面上で作ってしまうことがあったんですよね。アルバムを聴くよりも、1万字インタビューの方が感動したり。大好きでした。

―― この小説には90年代のカルチャーが背後に流れていますが、音楽についてはいかがでしたか?

燃え殻:この小説の核となる小沢健二や、電気グルーヴはよく聴いていました。電気グルーヴは当時「オールナイトニッポン」をやっていて、世の中にノイズという音楽があることを石野卓球さんが教えてくれたんです。世の中はビーイング系全盛なのに午前1時になると「WANDSを聴いている皆さん、これを聴いて下さい!ノイズです!」と言ってBOREDOMSを流し始めるわけですよ。「うわ、俺、悪いもの摂取している!」みたいな(笑)楽しかったです。

―― この「ベストセラーズインタビュー」では、毎回影響を受けた本を3冊ご紹介いただいているのですが、燃え殻さんはいかがですか?

燃え殻: まずは、中島らもさんの『永遠も半ばを過ぎて』。次に大槻ケンヂさんの『リンダリンダラバーソウル』。あと一冊は、岡崎京子さんの『Pink』です。どの本も高校生や専門学校くらいの頃に読んでいました。
中島さんも大槻さんも、岡崎さんも、ポップなのにすごく普遍的なことを書いているんです。人間ってこうだよねっていう本質的なことが書かれていて、今でも自分の中にそこで読んだ言葉が残り続けています。

―― 最後にタイトルに引っかけて、「大人になる」とはどういうことだと思いますか?

燃え殻:いろんなことに疑問を持たずやれる人…ですかね。僕は集団行動が苦手で、どんなことでも「なんで?」って思ってしまうんです。だから、自分の中で納得して「そういうものだから」と流せる人が大人だと思いますね。
ただ、僕の周囲にも、自分みたいに大人になれなかった人がたくさんいたし、そういう人たちの方が人間臭くて好きなんですよね。不器用だけれど、一生懸命生きているから。

■取材後記

「気のいいお兄さん」という雰囲気をまとった燃え殻さん。自然体でお話する姿はとても格好良く、90年代後半から2000年代前半のカルチャーについてもっとお話したいと思いました。
生きにくい社会をもがきながら歩いていく人々を映し出す本作は、世代を超えて共感を呼びます。もちろん当時のカルチャーを知っている読者はこの小説にどっぷり浸かることができますが、当時をリアルタイムで知らない人も不思議と「懐かしさ」を感じることができると思います。
そして、読み終わったに残る、とにかく走り出したいようななんだかもどかしい感情をぜひ体験してください。

■燃え殻さんプロフィール

都内で働く会社員。休み時間にはじめたTwitterで、ありふれた風景の中の抒情的なつぶやきが人気となり、多くのフォロワーを獲得。「140文字の文学者」とも呼ばれる。ウェブで連載した小説「ボクたちはみんな大人になれなかった」が話題となり、本作がデビュー作となる。

「ベストセラーズインタビュー」一覧はこちらから

ボクたちはみんな大人になれなかった

ボクたちはみんな大人になれなかった

夢もなく、お金もない、そして手に職もない。二度と戻りたくなかったはずの“あの頃”が輝いて見える。大人になった今、思い出す、あの頃の恋愛。
アクセス殺到したweb連載小説が書籍化。“せつな痛さ”に悶絶すること必至の本作は、新たな時代の文学といえる作品です。

この記事のライター

金井氏の顔写真

金井元貴

1984年生。「新刊JP」の編集長です。カープが勝つと喜びます。
facebook:@kanaimotoki
twitter:@kanaimotoki
audiobook:「鼠わらし物語」(共作)

このライターの他の記事