だれかに話したくなる本の話

「『本当のことを言うなよ』っていう世の中自体がやばくないですか?」 ハライチ・岩井が切り取る日常と世の中

人気お笑いコンビ・ハライチの岩井勇気さんが執筆した初めてのエッセイ集『僕の人生には事件が起きない』(新潮社刊)が好調だ。9月26日の発売日当時に重版が決まり、その後も版を重ねているが、あまりの人気ぶりにしばらく書店での品薄状態が続いていた。

何事も起きていない、つまらないはずの日常。それが、岩井さんの視点を通せば、違和感だらけになり、笑いになる。平凡な日々の見え方を変えてくれるこのエッセイ集でどのようなことを書こうとしたのか。岩井さんにお話をうかがった。

(聞き手・構成:金井元貴、写真:山田洋介)

■日常がつまらないのは、自分がつまらないだけ

――『僕の人生には事件が起きない』についてお聞きしていきます。まずはタイトルを読んで、さすがに事件が起きないと書けないんじゃないかと思ったのですが。

岩井:起きないですよ。そもそも何かが起きて、それをエピソードにしようとしているわけではなくて、普段の生活の何にも面白くないことを思い返して、それを面白く変換して書いているイメージです。例えば、段ボールをカッターで切り刻む話がありますけど、その時点ではただ切り刻んでいるだけですからね。そういうつまらないことを、面白く変換する。

――どのように変換するんですか?

岩井:第三者目線にして、他人事として見ることが多いです。過去の自分は自分じゃないですから、思い出したときに僕が体験したことじゃないと考えたら面白くなったりするんですよ。

自分が経験しているとつらいけれど、人がいじられているのは面白いということってありますよね。お笑い芸人はその訓練を積んでいて、自分がいじられたときに、どういう風にすればもっと面白くなるかを徹底的に考えています。本当はいじられている時はつらいですよ。でも、それを変換しているんだと思います。

――いかにして笑いに変えようかと考えて。

岩井:そこをお笑い芸人は意識していると思いますね。

――岩井さん自身は、つらいと思うことはありますか?

岩井:ないですよ。ないって言わないといけないので(笑)。

――変換というか、起こったことの解釈のユニークさは岩井さんならではだと思います。アートスペースのエピソードで「現代アートは大喜利に似ていると思っている」と書かれていますけど、日常生活の解釈もそれに通じるというか、どの視点で切り取るかによってここまで見方が多様になるんだなと思いました。

岩井:そうですよね。だから、もしかしたらつまらないものは無いのかもしれません。今、自分はつまらない出来事に巻き込まれているっていうのは分かるじゃないですか。でも、それが、つまらないままで終わって「つまらなかったね」というのは、「お前がつまらないだけなんじゃない?」という風にも言えますよね。

――つまらない考え方をしてしまっている。

岩井:そうです。つまらないままにしてしまっている自分がいる。

――ただ、今は自分から面白いことや事件を起こしていこうという風潮もあります。

岩井:そういうことではないんですよ。つまらなそうな出来事をいかに面白く思えるか。例えば「面白いことを起こそうバスツアー」があるとするじゃないですか。でも、そこでめちゃくちゃ面白いことが起こらないと、そのバスツアーは失敗ですよね。バスの添乗員さんが噛んだ。それだけじゃ誰も面白いと思わない。でも、もしそのバスツアーが梨狩りツアーだったらどうでしょう。添乗員さんが噛んだというだけで面白いエピソードになる。
意識して面白いことを起こそうと思って出かけると、そこには地獄が待っていますよ。

■「本当のことを言うなよ」っていう世の中自体がやばくないですか?

――世間では、平凡なものの中に面白さを見出す余裕がないように思えます。SNSでは、とにかく注目を集めるために炎上も辞さないというような向きもありますよね。そうした中で、世の中に生きづらさを感じている人も少なくないと思いますが、岩井さんはいかがですか?

岩井:本質をズバっと突くことを言うと、「本当のことを言うなよ」と言われることがあるんですね。
いや、「本当のことを言うなよ」っていう世の中自体がやばくないですか? それって、嘘と本当が裏返っているということですから。そこはめちゃくちゃ気持ち悪いです。

――上辺だけの空虚な面白さに対しては、岩井さんは容赦ないですよね。知り合いの誕生日パーティーに“魚雷”を落とすエピソードがありますが。

岩井:あの誕生日パーティーに関しては、行っても想像し得ることしか起きないのは分かっていたんですよね。チャラい奴がいる。音楽が流れている。薄暗い。イエーイみたいな。それでみんな内容のないことをしゃべっているわけです。そういうところに自分が行っているということは客観視すれば面白くなるんですが、その時点ではつまらないわけですよ。だから自分なりの楽しみを持っていこうと思って、自分で描いた油絵のプレゼントを用意したんです。その結果、場が凍り付いたと。普段はそういうことはしないんですけど、緊急事態ですね。

――また、「あとがき」のところで「文章は待ってくれるし、すぐに結果を求められない」と書かれていますが、本業のフィールドであるテレビやラジオに対するジレンマをうかがえました。

岩井:番組は決められた時間の中でやるので、端的に話さないといけないことが多くなるんです。でも、実際は端的にしないほうが面白い話っていっぱいあるじゃないですか。

――あります。

岩井:ただ、時間が限られているから待ってくれない。とにかく端的に、短期間で結果を出せ」ということになってしまっている。それによって、番組がつまらない方向に進んでいるように思うんですよね。

――一発勝負でウケれば勝ちというか。原稿においての時間というと「〆切」がありますが、こちらは大丈夫なんですか?

岩井:そうですね…。このエッセイは「何でもないことを面白がる」というコンセプトで描いていますから、「何でもないことなんかいくらでもあるでしょ?」と編集者から〆切を迫られる運命にありますね。(エピソードが)ないわけないでしょう。何でもないことを面白がれるんでしょう?と。

ただ、僕はエッセイストではないのでね。お笑い芸人ですから(笑)。暇だと思われているのかもしれないけど、僕の仕事の中ではこのエッセイの優先度は低いですからね。忙しい合間をぬって作った一冊です。

■「この本の中で一番上手くなったのはイラストです」

――岩井さんは普段、活字を読んだりすることはあるんですか?

岩井:全然読まないです。読むのはマンガばかりですね。

――本棚を作るエピソードで、とんでもなく大きな本棚を作ろうとされている岩井さんがうかがえましたが、今はご自宅にどのくらいあるのですか?

岩井:いや、ほとんど実家に置いてきちゃったんですよ。(実家には)3000冊くらいはあって、壁はマンガが入った本棚が占領しています。一人暮らしをするときに「これはさすがに持っていけない」ということで置いてきました。今読んでいるのはマンガの中でも、BLマンガですね。

――BLですか。

岩井:そうです。マンガって無限に出てくるので、全てを網羅できないんです。アニメは毎クール40本ほど放送されていますけど、ほぼ全部見ていて、それならカバーできるんですよ。けれど、マンガって「あのマンガ知っています?」という話になっても、めちゃくちゃ有名な作品以外は話が合うことはないじゃないですか。たくさんありすぎて読み尽くすことができないんですよね。でも、BLマンガだったら読み尽くすことができるなと。

――1つのジャンルをとにかく極めたい。

岩井:それはありますね。あと、BLってすごく新しい考え方をしていて面白いと思ったんです。友情と愛情って僕らは分けて考えてしまうけれど、友情を超えた先にBLがある。BLを読んでいると、LikeとLoveは違うものではなくて、実は重なっているんじゃないかと思えてきます。そこで提示される考え方が自分にとって面白くて、それも大きな魅力の一つです。

――ご自身でマンガを描こうと思ったことはありますか?

岩井:原作だったらいいけれど、腕が疲れちゃうので…。

――そこですか(笑)

岩井:この本の中でも挿絵を描いていて、さらっと描いているように見えますけど、実はとにかく丁寧に描いているんですよ。何度も描き直していますし。さらっと描いている風に見えるように描いているので、もう疲れました。まあ僕が絵をつけるって言っちゃったんですけどね。

――イラストのコツはつかみましたか?

岩井:上手くなっていると思います。2を覚えれば10つかめる能力の持ち主なので。たぶん、この本の中で一番上手くなったのはイラストです。でも、腕が痛くなってしまうので、変に力が入っているんでしょうね。

■「こちらは名人芸としてやらせてもらっているので」

――本を出版すること自体が大きな事件だと思いますが、本を出したことによって何か事件は起きましたか?

岩井:「王様のブランチ」の書籍ランキングで1位になったことくらいですかね。ただ、その翌週は6位にランクダウンしてしまいました。その理由は、書店に全然置いていないからです。もっと刷っていれば1位だったはずなのに…。

――新潮社の見積もりが甘かったですね。

岩井:そうですね、もっと売れていたはずですから。僕のことを過小評価していたんじゃないかですか、新潮社は。今度、担当編集者に詰め寄ろうかと思います(笑)。

――この本の続編を期待しているファンの方も多いと思いますが、これから書いてみたいことはありますか?

岩井:この何でもないことをエピソードとして面白く書くという方法は無限にできるわけです。だから、これからもいっぱい書けますよね? と消費者から要求された日にはたまらない、ということを書こうと思っています(笑)。簡単だと思うかもしれないけれど、こちらは名人芸としてやらせてもらっていますからね。

ハライチのノリボケ漫才という、僕がフレーズを言って澤部が乗っかるというシステムは、皆さんから見てもすごく分かりやすいものだと思います。だから、誰でも真似できるように見えるかもしれないけれど、実際やってみたら分かるようにそんなに面白くならないんですよ。それをしっかり分かってもらいたいですね(笑)。

――最後にファンの皆さんに本書の読みどころ、メッセージをお願いします。

岩井:とりあえず一番上手く書けている「まえがき」と「あとがき」を読んでみてください。そうしたら中身も読む気になるはずです。

(了)

■岩井勇気さんプロフィール
1986年埼玉県生まれ。幼稚園からの幼馴染だった澤部佑と2005年に「ハライチ」結成。結成後すぐに注目を浴びる。ボケ担当でネタも作っている。アニメと猫が大好き。特技はピアノ。本作が初めての著書になる。

僕の人生には事件が起きない

僕の人生には事件が起きない

ハライチ岩井の初エッセイ集!

この記事のライター

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金井元貴

1984年生。「新刊JP」の編集長です。カープが勝つと喜びます。
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audiobook:「鼠わらし物語」(共作)

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