P.E.ドラッカーの経営論

1950年掲載第1章「経営者の使命」

ドラッカーが初めて『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌に寄稿した論文。当時は「計画し、組織し、調整し、統制する」ことがマネジャーの仕事と静的に定義されていたが、ドラッカーはここにダイナミックな役割、すなわち経験し、試行錯誤し、人々を育成する。

P.E.ドラッカーの経営論

1951年掲載第2章「人口動態で未来を読む」

ドラッカーの先見力の秘密は、人口動態から未来のストーリーをつむぎ出すことにある。この論文は、ドラッカー自身がなぜ人口動態に注目するのかについて語ったもの。半世紀以上も前から、この知的観察を習慣化していたことに驚かされる。

P.E.ドラッカーの経営論

1952年掲載第3章「プロフェッショナルを活かす」

知識を武器とした人材の重要性は、いまでこそ当たり前だが、ドラッカーは、アメリカが繁栄を謳歌していた1950年代に、プロフェッショナルの重要性を指摘し、その育成と活用が未来の成功のカギであることを見抜いていた。

P.E.ドラッカーの経営論

1955年掲載第4章「『経済人』を超えて」

ドラッカーはこの論文のなかで、経営者には「経済人」と「道徳人」という、ともすると矛盾しかねないダブル・スタンダードの必要性を説き、経営者にはモラルと規律が要求されることを訴えた。

P.E.ドラッカーの経営論

1959年掲載第5章「経営科学の罠」

50年代は、論理的で、計画的で、分析な経営が当然視されていたが、ドラッカーはここに一石を投じる。このような科学的な経営は「リスクの排除」を目的とするがゆえに、成長を阻害し、しかも官僚化を促し「組織の硬直化」を招くという。

P.E.ドラッカーの経営論

1959年掲載第6章「一国繁栄の終焉」

前論文より4ヶ月後に発表されたこの論文は、戦後アメリカの繁栄とその慢心に警鐘をならすものであった。グローバル経済におけるアメリカの真の地位を提示し、この厳しい現実を脱却するため、ドラッカーが示した方法。それは、「知識」の重要性に他ならない。

P.E.ドラッカーの経営論

1961年掲載第7章「自由経済の競争力」

1960年アメリカは「ドル危機」に見舞われる。ドラッカーはその原因を貿易収支、とりわけ輸入ではなく、輸出にあると指摘し、その輸出が伸び悩む理由を、グローバル経済の構造変化に求めた。グローバル経済における企業の競争力とは?この指摘は、現在にも通じるところがある。