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書籍情報

書籍名:数学が歩いてきた道
著者名:志賀 浩二
出版社:PHP研究所
価格:840円
ISBN-10:4569773060
ISBN-13:978-4569773063

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【はじめに】

 中学校や高等学校で学んだ数学の細かい内容は忘れてしまっても,数学にまつわる風景をふと思い出すこともあります。先生が黒板に図や式をたくさんかかれてから,振り向いてゆっくりと説明をはじめられたときの先生の明るい顔や,難しいと思った問題が,家へ帰って考えたらすぐに解けたときのうれしさなど,心の片隅に残っておられる方も多いでしょう。

 数学への想いを誘うのは,数学が私たちのなかにある深い理性のはたらきを呼び起こし,わかるとはどういうことかということを,はっきりと示してくれるところにあるのかもしれません。わからないことがでてくれば,それは私たちをさらに数学の奥へと誘っていくことになるでしょう。

 数学というのはふしぎな学問です。なぜかというと,中学校で習う図形の性質は,すでに2000年以上も昔に古代ギリシアの人たちが同じようなことをもっとくわしく調べていたからです。代数で習う式の計算や,2次方程式の解き方なども,記号は違うかもしれませんが,10世紀にはアラビアの数学者たちが扱っていました。

 高等学校ではじめて出会った微分・積分には,それまで習ったことのないような新しい考え方がたくさんでてきて,数学という学問に躍動感を感じられた方も多いことでしょう。それでもこの微分・積分が誕生したのはいまから300年以上も前のことです。

 高等学校では別の授業時間で,物理では電磁気のことや原子内部の構造なども習い,化学ではさまざまな化学反応の仕組みなどを習います。それは生きていく上での知識を豊かにしてくれます。それにくらべれば,微分・積分で学んだことが,実際の生活の上で役に立つということはほとんどありません。

 どうして過ぎ去った遠い時代の人たちが考えた数学がいまも教育の中心におかれ,それを学ぶことに私たちは楽しみを覚えるのでしょう。考えてみると,図形の性質を調べることも,方程式を解くことも,関数を微分したり積分したりすることも,その後の実生活に現われることはあまりないのです。それでも学校で習ったほかの科目と違い,数学の学問に向けての憧憬が心のどこかに残っている方が多いということは,「数学とは何か」という問いかけにつながってくることになります。私たちはいまもピタゴラスが聞いたといわれる宇宙を統べる数の調べを,どこかで聞いているのかもしれません。

 数学への興味は,日々進歩し続ける現代文明の流れの外にあるように思われます。このことについて,私が大学生のとき,教養の歴史の授業で,植村清二先生が最初に述べられた印象深い話をここに記しておきましょう。

「私はこれから歴史の大きな流れについて話してみたいと思っている。まずエジプトについて話すが,これについて大変興味のあることがある。エジプトは古代文明の発祥の地として3000年間にわたって古代文明を育て上げてきた。3000年という時間がどれほど長いものであったかということは,西暦がはじまってからまだ2000年しかたっていないことからもわかる。しかし3000年も続いた壮大な古代文明が,ピラミッドだけを残して後世の文明にほとんど伝えられることなく亡びてしまったのはなぜだろうか。」

 植村先生のお話は,大きな時間の流れのなかで,人間の営みとはどのようなものであったかを歴史家の視点に立って見られ,それを述べようとされたものと思われます。いまとなっては,このときの講義のノートをとっておけばよかったと悔やまれます。

 同じような目で見れば,ギリシアの政治形態やアクロポリス神殿の造営に示されるようなギリシア文明も,中世や,17世紀,18世紀のヨーロッパ文明もすでに私たちの生活のなかでは完全に忘れ去られています。文明はつねに進歩の理念に支えられており,現在の文明社会も,いままでよりはるかに速いスピードで同じ道を進んでいき,やがて私たちにはまったく想像できないような新しい文明社会へと引き継がれていくことになるのでしょう。

 しかしここに数学という学問の特殊性があるように思われます。私たちが習う幾何学は,2000年以上も前に,ギリシアで生まれましたが,その学問の対象となるものも,対象を見る視点も,いまも基本的には同じであり,それはむしろ歴史のなかでしだいに深まってきたものでした。

 また最初に習ったとき,新しい数学に出会ったような感銘をうけた微分・積分も,いまから300年以上前のことであり,ニュートンもライプニッツも馬車で旅をし,夜は暗いランプのもとで計算していたのです。しかし,数学という学問のなかでは,たぶんいつまでも微分・積分は明るい光のなかにあるでしょう。

 はっきりいえることは,数学という学問は私たちが毎日生活し,そのなかで出会っている文明社会における出来事の外にあるということです。数学が語りかけてくるのは,私たちが内にもつ理性と感性に向けてです。忙しい毎日,ふと窓を開けて遠くに目をやると,はるか彼方に山々の連なりと,さらにその奥に雪をいただく高峰が光を浴びて照り輝いているのを見て,忘れかけていた‘憧れ’という言葉を思い起こすことがあります。数学への誘いも,そこに重なり合ってくるのかもしれません。

 この本では,私たちの日々の生活を潤している文明の進歩の奥深くにある泉から,私たちに問いかけるように湧き上がってくる人間文化の証としての数学が,どのように私たちに問いかけ,それに対して数学者がどのように答えようとしてきたのか,そしてそこからいかに数学が自立した学問体系を築いてきたかという道を,深い森の奥へと歩みを進めるように辿ってみようと思っています。