だれかに話したくなる本の話

新刊ラジオ第1846回 「無戸籍の日本人」

NHK『クローズアップ現代』でも反響を呼んだ無戸籍者の存在。日本には戸籍のない人は1万人以上いるとされており、彼らの多くは義務教育や健康保険などの行政サービスを受けられず、身分の証明もできません。その無戸籍者を生み出してしまう社会や法の実態を、自身の子も法の規定により無戸籍になった経験のある著者が、13年間の支援活動を振り返りながら綴ります。(提供・集英社)

新刊ラジオを購読する方はこちら

読む新刊ラジオ 新刊ラジオの内容をテキストでダイジェストにしました

そもそも無戸籍者とは?

こんにちは、ブックナビゲーターの矢島雅弘です。

今回ご紹介するのは「無戸籍の日本人」という本。

本書は6章構成になっていますが、書かれている内容は大まかに2つに分類できるでしょう。

1つは井戸さんが支援してきた成人無戸籍者とその家族の実態。

2つ目は無戸籍者を生み出してしまう法律上の問題と、その改正に向けての取り組み。

この2つの要素を、井戸さんの活動を追うような視点から読み進めていくことができる本になっています。

さて、この本を語る上で、まず確認しておきたいのは、「無戸籍者」つまり「戸籍がない人」が日本に居るという事を皆さんはご存知だったでしょうか?

「無戸籍者」のうち、本書で主に紹介されている成人無戸籍者の問題は特に深刻で、彼らは義務教育を受けていません。

受けることができなかったのです。

また、戸籍が無いため住民票が登録できない場合も多く、健康保険や年金はおろか、運転免許すら取得することができないので、身分を証明するものが無いのです。

それゆえ、働ける場所も限られ、給料も低く、常に貧困や暴力と隣り合わせで生きているのだそうです。

こういった無戸籍の人は、井戸さんが会っただけでも1000人以上。

実際はもっともっと多くの無戸籍者が日本にはいるのです。

では、なぜ、彼らは無戸籍になってしまったのでしょうか?

井戸さんは本書で「無戸籍者が生まれる5つの理由」としてまとめています。

1.「民法772条」の嫡出推定、いわゆる「離婚後300日問題」などの法律が壁になっているケース

2.親の住居が定まらない、貧困などの事情により、出産しても出生届を出すことにまで意識が至らないか、意図的に登録を避けるケース

3.親が「戸籍制度そのものに反対」で、出生届提出を拒むケース

4.もともと戸籍があった人が、何らかの事情でそれを使えず、無戸籍者となっているケース

5.天皇および皇族のケース

このうち最後の3つは、非常に稀、あるいは特殊なケースであり、一般的に「無戸籍問題」とされるのは1か2のケースだそうです。

1の問題については、このままだとよく分からないでしょうから、著者である井戸さんのお話を例にして解説しましょう。

◆著者プロフィール 井戸まさえさん、1965年生まれ。宮城県仙台市出身。 東京女子大卒。松下(まつした)政経塾九期生。 東洋経済新報社勤務を経て、経済ジャーナリストとして独立。 兵庫県の県議会議員を二期と、衆議院議員を一期つとめたこともあります。 現在はNPO法人「親子法改正研究会」代表理事、「民法772条による無戸籍児家族の会」代表として、無戸籍問題や特別養子縁組など、法の狭間で苦しむ人々の支援を行っている方です。

子供に戸籍が与えられない実例

井戸さんは、最初の結婚で3人の子供を出産し、その後離婚をしました。

この離婚調停に時間がかかり、別居期間はかなり長かったそうです。

そして離婚成立後、8ヶ月後に現在の夫と再婚。

すぐに4人目のお子さんを出産します。

井戸さんは早産の傾向があったそうで、4人目のお子さんが生まれたのは、前の夫と離婚してから265日後でした。

ここが問題となったのです。

民法772条の2 婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。

よって、法律上では離婚後265日後に生まれた井戸さんの第4子は、前の夫との婚姻中に懐胎したと推定される。

つまり、「その子の父親は、前の夫になるので、出生届けの父親の欄は、前の夫の名前にして再提出下さい」と市役所の担当者に言われてしまったのです。

繰り返しになりますが、井戸さんは前の夫とは離婚調停が長引いただけで、離婚成立日よりずっと前から別居をしています。

なので、どう考えてもその子は前の夫の子ではないのに、法律上は前の夫の子どもという事になってしまうのです。

出生届が受理されなければ、戸籍に登録されません。

また出生届は前の夫を父として提出しなくてはいけません。

すると必然的に、その子は前の夫の戸籍に入ることになります。

当然、井戸さんは出生届を提出することができませんでした。

この問題の解決には、従来の方法だと前の夫に「自分の子ではない」と認めてもらうか、井戸さんと現在の夫が「この子はあなたの子ではありませんよね?」と確認する法的な手続きが必要でした。

女性の気持ちになってみれば分かりますが、離婚調停が長引いた夫に対し、このような手続きをするのは、心情的に難しいものがありますよね。

また、井戸さんの場合は違いますが、本書に出てくる無戸籍者の中には、似たようなケースで前の夫が激しいDVを繰り返していたため、接触するだけで身の危険にさらされる、あるいは、そもそも離婚すら成立していなかったケースなどもあるそうです。

結論から言うと、井戸さんの第4子は前の夫を絡めることなく、裁判を起こして勝訴し、戸籍を取得することができました。

詳しい方法に関しては、ぜひ本書をお読み下さい。

戸籍の取得は容易なのか?

井戸さんはこの経験から、民法772条の改正に向けて活動を続けています。

本書によれば、この法律は明治時代に成立したもので、成立当時は「家制度」の確立した社会において、子どもの戸籍を守るために機能していたのだろうとされています。

しかしながら、男女が自身の意思で離婚ができ、また離婚の件数も多い現代社会においては、この法律は現実に則していないとも考えられるでしょう。

井戸さんの場合は、経済的にも安定していて、法律や政治の知識も多少はあったために、子どもの戸籍取得に向けて動く事ができました。

しかしながら、本書に登場する無戸籍者の中には、親にそのような余裕がなく、仕方なく出生届の提出を断念し、無戸籍のまま子どもを育てるしかなかった、というケースが散見されるのです。

そうして、本書では、井戸さんが実際に出会った無戸籍者たちの現在や、その生い立ちなどが綴られています。

僕が驚いたのは彼らの年齢です。

僕と同じ32歳の方や、27歳の方、40歳を超えた人もいます。

戸籍なんて、大人になってしまえばすぐに取得できるのでは?と考えた方もいるかもしれません。

しかし、現実には、その存在が行政に登録されていなかった人々を戸籍を与えるためには、彼らが「誰であるか」を証明しなければいけないという高いハードルがあるのです。

これについては、ケースバイケースな面もあり、ここでは正確にお伝えできません。

成人無戸籍者が戸籍を取得するにはどうすればいいのか?

また、彼ら自身は戸籍がないことについてどう思っていて、どのような人生を歩んできたのか?

是非、その内容は本書でお確かめ下さい。

これまであまり公になることの無かった無戸籍問題、テレビの報道で多少は世間に知られる事となったこの問題のさらなる深い部分を教えてくれる、貴重な一冊です。

無戸籍の日本人