だれかに話したくなる本の話

依存症の親とどう向き合うか 一木けいが新作で描いた「家族」

両親や兄弟姉妹、息子に娘。
家族だからって、いつまでもいい関係でいられるとは限らない。
「ソリが合わない」程度ならまだいいが、「多額の借金を抱えて、金の無心ばかりしてくる親」や「いつまでも働かずに自立できない子ども」など、身内であるがゆえに振り回され、見捨てることもできないという悩みを抱える人は決して少なくないはずだ。

一木けいさんの新作『全部ゆるせたらいいのに』(新潮社刊)は、こうした身内との付き合い方を通して家族のあり方を問う。酒に溺れては暴力を振るう父に育てられた娘は、結婚し、子どもを持った今、アルコール依存症に心身を蝕まれた老年期の父とどう向き合うのか。この作品が生まれた背景と、そこに込めた思いについて、一木さんにお話をうかがった。

■アルコール依存症の父に振り回される娘 一木けいの新作『全部ゆるせたらいいのに』が描き出したものとは?

―― 一木さんの新作『全部ゆるせたらいいのに』は、夫婦や親子といった家族の関係性について考えさせられる作品でした。この作品を書くにあたってきっかけになった出来事や、手がかりになった心の動きがあったらお聞きかせ願いたいです。

一木:デビュー作の『1ミリの後悔もない、はずがない』という小説で家族についても書いたのですが、あまりに大きなテーマだったのでそこではあえて父と娘の関係には踏み込みませんでした。その次の『愛を知らない』では父親が不在でした。今回は父と娘について思い切り書いてみようという気持ちがありました。書き終えた今となっては、自分が生きているうちに一番書かなければいけない本だったと思っています。

――家族は人によっては心が落ち着く場所だったり安らぎだったりする一方で、「家族なんだから仲良くしないといけない」とか「家族を捨てるなんて人でなしだ」など、「呪い」にもなりうるものです。この作品は家族関係に苦しんでいる人の救いになるように、という思いもあったのでしょうか。

一木:私も「家族なんだから〇〇しないといけない」みたいなのは好きじゃないです。ままならない家族関係に苦しんでいる人に届けばいいなとはやはり思います。

書いている時はあまり考えなかったのですが、たとえば若くて、まだ自分がどういう状況に置かれているかわからない子が読んで、「今この時点から現状を変えていけるんじゃないか」と思えたり、大人でも家族との関係に苦しんでいる方が「これまで自分の感情を文字として認識してこなかったけど、こういう風に感じてもいいんだ」と思っていただけたりしたらうれしいです。私も好きな作家の本を読んでそんな風に思ったりするので。

――アルコール依存症の怖さも感じました。『今夜すべてのバーで』という中島らもさんがやはりアルコール依存症について書いた自伝的な小説がありますが、こちらはアルコール依存症をどこかユーモラスに書いています。『全部ゆるせたらいいのに』はアルコール依存症の鋭利な部分、暗い部分がすごくリアルに書かれていますね。

一木:中島らもさんの本は、確かにユーモアと軽やかさがありますよね。読んでいるこちらまで酩酊させられるような、迷宮に入り込んでいくような、筆の凄みというか。

――依存症はアルコールだけではなくて、ギャンブルや薬物、買い物など、自分が身を持ち崩すだけでなく、周囲の人まで巻き込んでしまうものが多々あります。何らかの依存症を抱えた人が周りにいるという人にとっては、今回の作品は他人事とは思えないはずです。

一木:依存症って本人と身近な人だけで何とかするのは、ほぼ無理なんですよね。全員が嵐に巻き込まれ吹き飛ばされて、共倒れになってしまうこともある。自分の生活や喜びを大切にしていくためにも、なるべくなら、専門の方に頼ったほうがよいと私は思います。とはいえ個人によって状況は異なるので、一概にこれがベストとは言えませんが…。

―― 一木さんご自身は何かの依存症じゃないかと思ったことはありますか?

一木:ありますよ。私はたまたまギャンブルや薬物には縁がありませんでしたが、人間関係の依存みたいに目に見えにくいものもありますから。誰だって何かの依存症になる可能性があるんじゃないでしょうか。

――人間の多面性について書かれた小説だとも感じました。個人にしても、家族などの集団にしても、中から見たのと外から見たのでは見えるものがまったく違います。千映の父親はそういった多面性の象徴のように思えたのですが、一木さんは彼をどのように書こうと思ったのでしょうか。

一木:「ただのダメな人」としては書きたくありませんでした。理知的で、仕事も必死にこなし、愛情深い面もある。彼は別の生き方をしていれば、もっと自分の能力を伸ばして何か偉業を残せたんじゃないかというような人物、あとは人間味のある感じを大事にしたかったんです。読んでくださった方は、「とんでもない。ただのアルコールに溺れたダメな人じゃないか」と思うかもしれませんが。

――私はこういう人が身近にいたらキツいなと……。アルコールに逃げるところもそうなのですが、子どもに対して頭ごなしにしかったり、暴力をふるったりするところとか。

一木:そうですよね(笑)。そりゃそうですよ。でもいつもそんなふうじゃないんですよね。

――ただ、小説の登場人物としてはすごく魅力的です。悪いところがたくさんあるなかに、わずかに善意のきらめきがあるといいますか。

一木:そう。たとえいまはもういい面がほとんど見えなくなっていても、その人のベストの状態を知っているから、家族は関係を断ち切れない。

(後編につづく)

■著者プロフィール
一木けい

1979年福岡県生まれ。東京都立大学卒。2016年「西国疾走少女」で第15回「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。2018年、受賞作を収録した『1ミリの後悔もない、はずがない』(新潮社、新潮文庫)でデビュー。他の著書に『愛を知らない』(ポプラ社)。

全部ゆるせたらいいのに

全部ゆるせたらいいのに

あきらめて生きる癖がついた。明日何が起きるか予測がつかない、それがわたしの日常だった。その頃見る夢は、いつも決まっていた。誰かに追いかけられる夢。もう終わりだ。自分の叫び声で目が覚める。私は安心が欲しいだけ。なのに夫は酔わずにいられない。父親の行動は破滅的。けれど、いつも愛していた。どうしたら、信じ合って生きていくことが出来るのだろう―。

この記事のライター

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山田洋介

1983年生まれのライター・編集者。使用言語は英・西・亜。インタビューを多く手掛ける。得意ジャンルは海外文学、中東情勢、郵政史、諜報史、野球、料理、洗濯、トイレ掃除、ゴミ出し。

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