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  • 化粧する脳
  • 著者:茂木 健一郎
  • 定価:¥714 (税込)
  • 出版社:集英社
  • ISBN-10:4087204863
  • ISBN-13:978-4087204865
  • 発売日:2009/3/17

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インタビュー一覧

『GQ JAPAN』インタビュー

※「『GQ JAPAN』インタビュー」では、テキスト版、音声版をご用意させて頂きました。

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■ 『GQ JAPAN』に掲載されています ■

『GQ JAPAN』表紙 『GQ JAPAN』中面 『GQ JAPAN』の特集ページを見る

1.そもそものお話として、なぜ化粧に興味を持たれたのでしょうか。

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化粧というのは他人が自分の顔を見るということを前提としてすると思うんですが、これが脳科学的には大変興味深いことなんですよ。この本でも紹介していますが、ミラーニューロンという他人と自分を鏡に映したように表現している神経細胞があって、これが現在脳科学の世界では大変興味をもたれているんです。で、このミラーニューロンとの関わり、それから自己認識というのが社会的にどういう風にできてくるのかということ。また文化としても化粧というのは大変興味深いわけなんですが、文化というものが脳内でどのように育まれているのか定着していくのかとか、さまざまな問題を化粧という切り口から考えることができるわけですね。
ですので、以前から化粧の研究がしたかったんですが、今回カネボウさんとたまたま共同で研究できたので、細かい作りこみができたと思いますね。

2.そのミラーニューロンというのは、その人間の本質である社会的知性、支える脳の機能としてある、と。ここ最近の社会の流れを見ておりますと、例えば品格ですとかそういったものが問われている話もあるじゃないですか。だから社会的知性を実は意識しているようでそういったものが欠如していると申しますか、そういうケースも多いんじゃないかなと思います。

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そうなんですよね。例えば、男の人も最近ずいぶん身だしなみに気を遣ったりしているじゃないですか。見た目はみんな気にするんですよね。でも、内面の部分…より内面的な意味で他人と関わるときに、「自分を磨いていく」という社会的な知性というのはむしろちょっと低下してきているかなと思いますね。これについての最も大きな背景は、実はインターネットとか携帯電話というようなメディアの登場があるかも知れなくてですね。それは脳っていうのは生身の人間と向き合うことによってしか本気にならないようなんですよ。ですから、インターネット上でももちろん他人と向き合うことは出来るんですが、やはり、目の前に人がいてその人とさまざまなコミュニケーションをしているときが一番、「自分を磨く」機会に恵まれているわけですよね。ですから、生身のコミュニケーションがだんだん希薄になっているということと、今、おっしゃったような現代人の社会的な知性がちょっと脆弱化しているということと関係しているような気もするんですよ。そういう意味からも、化粧はまさに生身のコミュニケーションと向き合うためにするわけで、化粧という原点に戻るということも案外大事なことだと思いますね。
あと、僕がよく言うのは、要するに「化粧っていうのは鏡なしではできない」ということですね。女の人に「化粧を鏡なしでして、適当に顔に塗りたくってそれでその後街に出てください」っていったら女性は大変恐怖を覚えると思うんです。鏡を見ないとやっぱり不安で仕方がない、と。これと同じことが内面にも言えるはずで、他人に自分の言っていることがどう響いているか、どう聞こえているかということを知らないで社会に出て行くことは、本当は非常に不安なことのはずなんですが、そちらの心を映す鏡の方を我々忘れちゃってるところがあるんですよね。そういう意味でも化粧が持つ普遍性といいますか、原点に戻って、他人にどう見られているかということを前提に自分の身だしなみを整える、そういう向き合い方に戻るべきなのかなと思いますね。

3.今回のお話は化粧がテーマですから化粧といえば女性なんですが、一方でその男性という点で見ると、最近化粧するというか身だしなみを整える男性も増えていますよね。先ほどの話にもありましたが、女性は化粧を通して社会的なものを磨きますが男性は社会に対して何で磨いていくのでしょうか。

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これは男性も女性もそうなのかも知れないですけど、一時期個性が大事だといわれて、その反動で個性、個性というから社会がギスギスするんだという論調もありましたが、脳科学の視点から考えると、これはどちらも極端な立場で、実は個性というのはまさに人との関わりの中で出来るわけなんですよね。
私自身は特に男性にとってライバルが大事だと思うんですよ。『巨人の星』じゃないですけど、星飛雄馬と花形満みたいな感じで、自分が尊敬できて、全力で戦わないととても敵わない、そんな友人を持つことが男性にとって特に大事なのかな、と。というのは、本書にも書いてあるのですが、今の社会っていうのは男女の性差っていうのがだんだんなくなってきていて、どんな人にも平等に機会が与えられる時代になってきていますけど、伝統的には、やはり男性は社会の中で地位を争って、競い合うわけですよね。男性はアルファメイル(male)っていうトップのオスの地位を目指して頑張るわけですよ。一方女性の方は、伝統的には、いかに魅力的になるかを争ってきた。そして、アルファメイル、つまり戦いに勝ったオスが一番美しいメスを自分のパートナーにするっていうことが社会的に行われてきたわけです。それが、時代が変わってきて、そういうことだけでは割り切ることができないようになってきてはいるんだけど、それでも男性の中にそういう性質があることは事実なんですね。そういうときにライバルは大事ですね。やっぱり自分が尊敬できるライバルを男は持つべきなのではないですかね。

4.男性は力で生き残るメカニズムを伝統的に持っていて、一方で女性は美しさで生き残るというか選ばれる。

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そうです。一時期、フェミニズムが台頭してきて、女性が見かけの美しさとかを気にかけることは男性の目線を内面を取り入れたものであるという主張がなされたと思うんですが、最近、女性誌なんかを見ていても、女性が美しくなりたい、キレイになりたいっていう欲望が自然なものとして認められるようになってきましたよね。実は、それは男性の視線を内在化して女性が美しくなりたいと思ってきたわけではなくて、女性の中にそもそも美しいと、美しく思われたいという気持ちがあって、それを自然に肯定するようになってきたと思います。ですから、時代としてはこの化粧を新たな視点で考える時代がきていると思うんですが、一方で、現代社会の中で最も成功する人は両性具有的というか男性的な感性と女性的な感性を両方持っている人が一番成功していくと思うんですよ。おそらく…この本ではそこまでは取り上げませんでしたが、生殖ということの未来は徐々に生産がなくなる方向に行くのではないかと思います。これは生命倫理としていいか悪いかは別としてね、おそらく出産とかそういうところに科学技術が入っていく、と。だんだん男女の生産が減っていく方向に行く気がします。
未来の人類の姿って案外、両性具有の中にあるかも知れなくて、だから男性も女性の化粧をめぐる文化を理解したほうがより男としてもバージョンアップできるのかな、と。

5.女性の点から両性具有というと、例えば白洲正子さんが現在クローズアップされたりしていますよね。

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そうですね。白州正子さんはまさに切磋琢磨して青山二郎さんなどとまさにライバルではないけど、師としていろいろ勉強されたわけでしょう。今、白洲次郎、白洲正子に脚光が当たっているというのは両性具有的な…。あのカップルこそ両性具有カップルっていってもいいかも知れませんね(笑)。

6.本書を読んでいて、面白かったのが「女性の方が、共感能力が高い」というところでした。例えば、女性の消費力の方が男性よりも強いというのは、例えば「私も他の人と同じようになりたいから服を買う」とかそういうのがあるんですが、男性よりも共感能力が強いのかなというのはすごく実感しました。

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そうですね。子育てをするときも女性の共感能力が効果を発揮するわけです。それから、例えばナイチンゲールのように敵味方関係なく兵士の世話をするとかね。それこそもマザーテレサもそうですよね。そういう意味でいうと女性の共感能力の高さは社会的にも顕在化してきているわけですけど、消費とかブームを作るのは女性だっていうのはおそらく共感能力と関係していると思いますね。
男性は案外、消費の意欲をそれほど強烈は情動として感じないですよね。一方女性はやっぱり他の人が持ってて「いいな」って思うと、すごく強い衝動を感じたりする傾向が強いように思うんです。だいたい一緒にショッピングすると男のほうが先に飽きちゃったりするじゃないですか(笑)。そういった点から見ても、消費者としての能力は女性の方が高いんでしょうね。

7.あとは、化粧って切り口がとてもいいなと思ったのですが、もう1つファッションというのも他人に見られること前提で服を選んだり着たりするじゃないですか。だから、ファッションも社会的知性を磨くというか、そういったものにも通じるのかなと思いました。

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まさに、必需品としての位置づけが近いですね。これ、本書の座談会にも出てくるんですけど、最初、カネボウの方は「化粧は必需品じゃないと思っていた」と。ところが実は化粧というのは必需品で、それが実は社会的な自己を立ち上げるための布石になっていたんですが、これはファッションも同様のことが言えると思います。
僕は服については無頓着なんですね。例えば今だってこれ破れたズボン履いているでしょ。これ、この前のシルク・ド・ソレイユ行ったときに破けてそのままなんですが(笑)、僕は実は、ある部分にだけ強いこだわりがあるんです。ポロシャツは絶対に着たくないとかそういうことなんですが、ファッションにあまり興味のない男でもあるポイントにはすごくこだわりを持っているんですよね。で、あるファッションの中にいるとコンフォータブル(リラックスできて)で自分らしく感じるんだけど、別のファッションの中にいると針のむしろが刺さっているような居心地悪さを感じるというという意味でいうと、ファッションっていうのは心理的な必需品なんですよね。その辺りの話は脳科学の話では充分研究されてなくて大変面白い問題だと思うし、ファッションでいうと山本耀司さんの展覧会をやったときにそういうトークをしたことがあるんですが、ボディタッチというかスキンタッチがすごく大事なんですよね。つまり、服って着ているときに身体を動かすと自分の皮膚をマッサージしてくれているんですよ。例えば部屋に戻って寝る前に服を脱ぐとなんとなく寂しさを感じるのはそれまで自分の皮膚を包んでいた衣服と離れてしまうからで、実は服を着るという体験のほとんどは実はスキンタッチの問題なんですよね。これは大変興味深くて、他人から見られるというのがファッションの第一義と考えられがちだけど、ファッションというのは肌の感覚のことなんですよね。

8.あとはその「鏡」というのがとても興味深くて、鏡というのはもともと呪術の部分で古来使われてきたものですけど、社会的なものが出来上がるときに鏡っていうのが最初にあったというか、根源的なものである気がします。人間は他者を見ないと社会的な関係が構築できないというか。

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そうなんですよね。僕は人類の歴史の中で最大の発明は鏡だと思うんですよ。意識を研究する立場からすると、鏡の発明ほど人間の意識を変えたものはなくて、で、その次にアポロ8号から撮った地球の姿。あのときに人類全体として自分の姿を見る「鏡」を手に入れたんだと思います。つまり「鏡」によって意識が変わったと思うんですよね。これはその後核戦争が起こってないことと無関係ではないと思います。
で、次にくる大きな「鏡」ってなんだろうと思うと、おそらくこれはまだ見つかってないと思いますね。出来上がると当たり前になるんでしょうけど。だから、鏡、それから宇宙から見た地球の姿の次に人類の意識を進化させるものは、これも「鏡」なんじゃないですか? これは僕の勝手の解釈なんですが、キューブリックが『2010年宇宙の旅』のなかで描いた「モノリス」っておそらく鏡だと思うんです。それくらい鏡は重大なものです。
それで、おっしゃられたように他人が自分をどう見るかということの反映として自己を構築するというのは人間にとって当たり前のことなんですが、動物にとっては全く当たり前じゃないですよね。ですから、個性っていうのは社会の、他人との関係性の中で出来ると考えれば、「個性の行き過ぎ」なんてありえないわけで。だって個性を磨くためには、他人と関わらないとできないわけですからね。その辺りのことは我々が考えないと、そういう意味で言うと日本人は個性が磨かれていない気がしますね。

9.夏目漱石がイギリスに行って磨かれたというか、発見したのが自己本位であるというお話があったんですけど、今置き換えると、そういう夏目漱石的な自己本位っていうのは茂木さんも例えば海外に留学されたときに認識されたんですか?

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しましたね。結局自分は日本人でしかないっていうことですよ。いくら向こうの真似事をしても、日本人なんです。で、最近僕は漢字文化圏に注目していまして、福沢諭吉も夏目漱石も漢文の素養が大変深かったからイギリス、アメリカに行ってそれぞれの自己を確立できたと思います。なんかね、日本の文化って非常に繊細で美しいんだけど、単独では対抗しにくいところなんですね。ヨーロッパとか強大なものとは。
実際、明治時代の日本は大量の新しい漢語が作られていて、今、中国の経済がすごく発展してきていますが、中国でいえば社会思想で語られている言葉の概念は7割くらいが日本から輸入されたものらしいんですよ。だから、おそらく漢字っていうものがなかったらヨーロッパの文明に対抗する「新しい国語」というものを作ることは難しかったかも知れませんね。で、実際、自らを助けてくれるものというのは、案外そういうものだったりするんですよね。文化圏のような意外と大きなものが自分を支えてくれているんです。
例えばルネッサンスの芸術家たちを支えたのは古代ギリシャに還るというイデオロギーだったわけじゃないですか。で、そういうものがなかったら彼らの個性っていうものも支えきれなかったと思いますよね。いくらレオナルド・ダ・ヴィンチが天才だからといっても、人間というものに対するある種のイデオロギーがなければ彼はああいうことはできなかったですよね。そういう意味で日本人が今、必要なことっていうのは、今までなんとなく単独で…「アジアの中では日本は特別で」というような意識でやってきたんだけど、これからはもうちょっと伝統的に依拠してきた東アジアの文化圏の持っているリソースに戻るべきじゃないかなと思うんですよね。そのほうがより強靭な形でアイデンティティを確立できるんじゃないかな、と。

10.最後になりますが、コミュニケーションのとり方が女性のほうが社会に対して進んでいるように読めちゃったんですが、社会的に高度にコミュニケーションをしている、例えば政治家とかセレブといわれる人たちも自分がどう見られているかということを日常気をつけていると思うんですけど、高度になればなるほどどうなるんだろうというか、例えば茂木さんご自身はいろんな人から見られると思いますけど、一般の方と茂木さんご自身が感じてらっしゃることは差があるんでしょうか。

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やっぱり究極的にはアクティブに近づいていくと思いますけどね。僕は、一番いい役者というのは自分が見られていることを前提に、それを第三者の視点から冷静に見ることができる人だと思います。それはメタ認知という働きがあって、そのメタ認知というのはミラーニューロンと深く関わっているんですね。で、鏡に映している自分を常に意識しながら行動しているみたいな、これがいい役者がもっている性質なんですね。それでね、だからごく普通の生活の中でもそういう意識って持っていたほうがいいと思うし、逆に役者の人っていうのは、オンのほうがすごく意識してやるんだけど、オフのときは案外、素の人が多いように感じますね。オンとオフで全く違う人になっているという人はずいぶんいると思うんですけども、一番理想的なのは生きている瞬間瞬間をそういう風に意識できるってことなのかなって思いますけどね。
で、白洲次郎さんとか白洲正子さんはそういう人たちだった気がするんですよ。今、あの人たちに関心が向かっている理由はそういうところなのかな、と。もちろん役者さんは役者さんでね、テレビや映画で我々をにぎわしているからいいんだけど、どちらかというと、オンとオフがあるっていうのではない、ずっと一瞬一瞬を磨いていくというそういう人間像が求められる時代なのかな、と。そういう時代なのかなと思いますね。