だれかに話したくなる本の話

何をやっても怒られる…新人医師のキツイ日常

どんな仕事でも、一人前になるには時間がかかる。
それまでの日々で経験する失敗や挫折をどう乗り越えていくかは、仕事を続けていくうえで大事な問題だろう。

『孤独な子ドクター』(月村易人著、幻冬舎刊)は、少しでも早く一人前になるための、新人外科医の苦闘を描く青春小説だ。思っていたのと違う仕事、なかなか上達しない手術の腕前、そして院内での人間関係…。こうしたものに追い詰められた主人公は、ある決断を下す。

今回は現役医師である作者の月村易人さんにインタビュー。この物語のなりたちや外科医の仕事の「リアル」についてお話をうかがった。その後編をお届けする。

■何をやっても怒られる…新人医師のキツイ日常

――月村さんが医師になってから一番つらかった経験や失敗した経験についてお聞きしたいです。

月村:作中でも書いたのですが、一生懸命やっているのに、何をやっても先輩に怒られる時期があって、その時はつらかったです。手術のアシスタントにしても、主治医の先生がやりやすいように気を回しても怒られるし、かといって何もしなくても怒られる。「じゃあ、何をしたらいいの?」と混乱していました。

自分が主治医を務める手術でどうしてほしいかって、医師によって違うんです。点滴一本にしても「それくらい出しとけよ」っていう先生もいれば、「全部自分でやるから余計なことをするな」という人もいる。かといえば「点滴は自分でやるけど、他のものは用意しておいてよ」という人もいます。一人一人の好みを覚えるといっても、その日の気分で言うことって変わりますからね。だから、こちらとしてはどうしようもないんですよ。

――作中の山川はどうしていいかわからず、完全に委縮してしまっていましたね。

月村:これはもう、そういう先生だと思って納得するしかないんですよね。もちろん、優しい先輩も、親切に教えてくれる先輩もいるんですけど、余裕がない先輩もやっぱり中にはいるので。

忙しくて新人の指導まで気が回らないというのもあって、誰が悪いという話ではないと今は思っていますが、当時は落ち込むことが多かったです。一方、先輩から何を言われても全然気にしない人もいるんですよね。そういう人は強いな、と(笑)。

――作中の設定とは違って、月村さんご本人は辞めずに踏みとどまれたとのことですが、踏ん張れた要因はどんなことだったのでしょうか?

月村:辞めよう辞めようとは思っていましたし、辞めてもおかしくなかったと思っていますが、そんな中でも簡単な手術を任せてもらえてうまくいったとか、次の手術を任されたとか、そういう小さな成果みたいなものはモチベーションになりました。

あとは、忙しく働いているうちに辞めるタイミングを逃したというのもありますし、落ち込みながらも一生懸命働いていること自体に充実感を持てたりもしました。こういうことがあって、なんとか持ちこたえることができたと思っています。

――「仕事を誰のためにするか」というテーマも垣間見えました。「外科医は自分のために仕事をするのが許される職業」ということが書かれていましたが、この真意について教えていただきたいです。

月村:これは僕もまだ完全には理解していないんですけど、そういう風に考えている先生はけっこういるんですよ。

――患者さんのためではなく、自分のためにやるというのがユニークですよね。

月村:外科医の中には手術がうまくなるために仕事をしているという人もいるくらいですからね。外科の仕事のメインは手術であって、手術は技術ですから、そういう考え方もありかなとは思います。

この世界は10年目15年目でも若手と言われるのですが、それだけ手術の上達には時間がかかるということなんです。だから、「長く続けること」というのがそもそも大事で、そのためのモチベーションとして「自分のためにがんばる」のが必要なんでしょうね。個人的にはちょっとどうなんだろう、とは思うのですが、そうやってモチベーションがはっきりしている人は、なかなか心が折れなくて強いです。

――月村さんはどのような考えで外科医をされていますか?

月村:僕は患者さんのために、とは思っています。自分が上手になることが患者さんのためになる、という感じですかね。

手術って、患者さんが麻酔をかけられて眠っている間にお腹の中を開いて行うもので、相手の知らないところで体を切ったりするわけですから、上手な人がやらないと失礼だと思いますし、だからこそ自分もうまくならないといけないですよね。

まだできる手術はさほど多くないのですが、与えられた手術を一つずつ完璧な準備をしてこなしていくのが課題です。

――最後に、読者の方々にメッセージをお願いいたします。

月村:医者だけでなくどんな仕事でも、目の前の仕事に追われて、それをこなしているだけだと、自分が成長している実感が得られずに辛くなることが多いと思います。そんな時には、自分がその職業を選んだ理由みたいなところを振り返って、最初に考えていた大きな目標を思い出すことが大事なのかもしれません。

それと、この小説の山川のように、どうしようもなくなったら「逃げる」という選択肢もありだと思うんですよ。仕事を辞める決断をして、気持ちが解放されてはじめて耳に入ってくる声もあるので。

逃げるというと、よくないことのように言われますけど、逃げっぱなしにしないで、その経験を次に生かしていければいいんだと思います。今回の本は外科医の世界について書いていますが、医者じゃなくても、仕事で悩んでいる人の励ましになればいいなと思っています。

(新刊JP編集部)

孤独な子ドクター

孤独な子ドクター

山川悠は、研修期間を終えて東国病院に勤めはじめた1年目の外科医。不慣れな手術室で一人動けず立ち尽くしたり、患者さんに舐められないようコミュニケーションをとったり、先輩医師に怒られることもしばしば。そして、ある出来事を機に、山川の頭の中に一つの考えが芽生えはじめる。

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