ライフステージの変化でキャリアに悩む人が知るべき「ファミリーキャリア」という考え方
「好きなことを仕事にする」
「やりたいことを見つけよう」
就職や転職などのキャリア選択の場面では、こんな一見ポジティブなワードが飛び交っている。得意なこと、やりたいこと、仕事にしたいほど好きなことがはっきりと見えている人は幸せだが、おそらくそれがない人の方が多いはず。そんな人にこそ読んでほしいのが『「何者でもない自分」から抜け出すキャリア戦略 やりたいことがなくても選べる未来をつくる方法』(森数美保著、日本能率協会マネジメントセンター刊)だ。
「やりたいこと」が見つからないと、自分の未来が薄っぺらくに思えるものだし、「専門性」がないと、自分の過去がすかすかなものに思える。しかし、実はそんなことはないのだ。ここでは著者で組織・キャリア開発の専門家として企業・個人の支援を行っている株式会社Your Patronum代表の森数美保さんにインタビュー。今は「やりたいこと」や「専門性」がなくても、自分らしく納得のいくキャリアを築く秘訣を教えていただいた。その後編をお届けする。
■ライフステージの変化でキャリアに悩む人が知るべきこと
――やりたいことが明確になくても、キャリアの選択に関して自分なりの軸があればどうにかなるということも読み取れます。この軸の作り方についてアドバイスをいただければと思います。
森数:キャリア選択をする時は、つい「何をするか」で選びがちですよね。でも、それだけで選んでしまうと、「こんなはずじゃなかった」という後悔が起こりやすいんです。実際に、人が会社を辞める時の理由のほとんどは「価値観のズレ」が関係しています。
だからこそ、「何をするか」「どんなキャリアを築いていくか」といったキャリア成長の観点だけでなく、
・自分が価値を発揮できる場所かどうか(価値発揮軸)
・大切にしている価値観が脅かされないか(価値観軸)
・生活や人生とどう両立できるか(条件軸)
のように、複数の軸で考えていくこと。「やりたいこと」や「何をするか」だけでキャリアを選ばないことが大切です。
自分のパフォーマンスを左右する要素や働くうえで絶対に譲れない条件を、まずは整理してみる。たとえば、これまで仕事上でモヤモヤした経験や自分の中でスイッチが入った経験などを振り返ってみてください。そのときの自分の状態や環境に目を向けることで、「自分が心地よく力を発揮できる場所」や「価値観が満たされていた状態」が見えてくるはずです。
本書では、そうした感情や価値観をもとに「自分だけの判断軸を見つける」ための方法も詳しく紹介しています。
――複数の軸で考えるというのは、慣れていないとなかなか難しいと思います。森数さんは現在「キャリパト」というサービスを通して様々な方のキャリア支援をされているかと思いますが、この点についてどんな指導をされていますか?
森数:「キャリパト」では、キャリアという抽象的でとらえにくいテーマに対して、まずその“構造”を丁寧に説明します。そのうえで、要素ごとに分解しながら、「まずここを考えてみましょう」「次にこれを決めてみましょう」と段階的に進めていく。そうすることで、気づけば自然と「自分だけの軸」が形になっていく設計になっています。
たとえばこれまでの経験を整理するときは、「これは割と好きだった」「これはもうやりたくない」「これは得意」というように分けていくと、自然にキャリアの中核となるものが把握できていく。
次は価値観を整理して、「こういうところにいた方が、自分はパフォーマンスが発揮できるな」「こういう環境は避けた方がよさそうだ」ということを言語化していくと、価値観発揮軸もできていきます。
最後に自分の現在のライフステージを整理して、どんな条件ならやれるかを把握すれば、3つの軸がすべて言語化されるという流れですね。
――自分が何者かを自分で発見していく作業といえそうですね。
森数:そうです。どんな人でもできるやり方に設計しているので、これまで途中で挫折してしまったり、自分が何者なのかを最後まで語れなかった人は一人もいません。
――「置かれた場所で咲きなさい」というようなキャリアの考え方もあると思いますが、この考え方は森数さんのキャリア観と重なるところはありますか?
森数:目の前の環境で一生懸命がんばって咲こうとすること、その姿勢や努力にはすごく価値があると思っています。実際に、「今やっていることにどう意義を見出すか」や「好きになる努力」は、すごく大切なことだと考えています。
ただその一方で、「そもそもこの場所が自分に合っているのか?」「咲けないのは、自分が悪いからじゃなくて、土壌が合ってないだけじゃないか?」という視点も大切にしていただきたいです。
価値発揮できない理由は、場所があっていないからなのに、自分にバツをつけ続けて、OKを出せなくなっている人をたくさん見てきました。だから私は、「置かれた場所で咲く」だけでなく、 「咲く場所を自分で選べるようになること」が、キャリアの自由だと思っています。 自分に合った場所で、力を発揮できる環境を選べること。その選択肢を持つこと自体が、これからのキャリアにはすごく大切なんじゃないかなと思います。
――結婚、出産、育児、介護などライフステージの変化はキャリアに大きな影響を与えます。森数さんご自身も出産や育児をご経験されていますが、その時に起きた自身のキャリア観の変化を教えてください。また、その経験の中でどのような落とし穴がありましたか?
森数:私にとって一番大きな転機は、第二子の妊娠中に新卒で入社した会社を辞めたことでした。退職後、あるときに「何者でもない自分になった」ような感覚に陥りました。
そのとき、はじめて「働くことが自分にとっていかに大切なものだったか」に気づいたんです。それまでは当たり前のように働いていて、「自分にとって仕事がどれほどの意味を持っていたか」を意識したことがありませんでした。
それから再び働くことを目指したのですが、働く罪悪感が苦しかったですね。でもその罪悪感って、今振り返ると実は自分の思い込みからくるものだったと思うんです。「働くこと=自分の好きなこと」という考え方でしたから、0歳の子どもたちを預けて働くことは自分のエゴだと感じていました。その罪悪感を埋めるために、家のこともがんばらないといけないという“こうあるべき”という呪縛にとらわれ、さらには、以前は制限なく働けていたのに…という“残像”にも苦しみました。
誰に言われたとかでもなく、自分で勝手にバイアスや残像に縛られてしまっていた。そこに気づけなかったことが、私にとってのいちばんの“落とし穴”でした。
自分が笑顔でいることを優先することは悪いことではない。むしろ、その方が家族みんなもハッピーなんじゃないかと思えるようになってから、少し変われた気がします。
先日行ったファミリーキャリア戦略ワークショップセミナーでも、キャリアを家族単位で捉える「ファミリーキャリア」の重要性を改めて感じました。テレビ局3社と新聞社1社の取材が入り、「ライフステージの変化とキャリア」はいま、社会全体で向き合うべきテーマだと感じています。
――ライフステージが変化したことでキャリアが中断してしまい、立ち止まったままになってしまう人も多いと思います。こうした方にはどんな指導をされていますか?
森数:そういう方は男女ともにとても多いです。たとえば、「育休を取る予定なんだけど、仕事を引き継いでいたら、不安になった」という方がいました。引き継げてしまうということは、自分は代わりの利く人間なんだと証明されてしまったような気持ちになるようです。
――それはよくわかります。
森数:「育休が明けて仕事に戻ったら、何をすればいいんだろう」と悩んだり、「第二子が生まれて、今のままでは家庭が回らないからなんとかして欲しいとパートナーに言われる。でも、会社での立場もあってどうすればいいのかわからない」、という相談も来ますね。
――そういった相談にはどんなアドバイスをされているんですか?
森数:こうした相談に共通しているのは、みなさん「自分だけでなんとかしよう」と抱え込んでしまっていることです。でも、たとえば子どもが生まれた、家族が増えたというライフステージの変化は、自分ひとりではなく「家族全体」の変化でもあるはずなんですよね。なのに、家族とちゃんと話し合えていないことが、実はすごく多いんです。
たとえば、「第二子が生まれて、このままでは家庭が回らない」というときも、夫婦のどちらが経済的に主になるのか、夫婦の収入を合わせて家計を成立させるのか──そういった話をする前に、自分だけで結論を出してしまっている方が多いんです。
だから私は、「まずは家族と話してみましょう」とお伝えしています。解決の糸口は、案外”ひとりで決めないこと”にあるのかもしれません。
――経営者や部下を持つマネージャー、人事の立場からそれぞれ社員のキャリア支援を考えるとき、どのような視点を持てば良いと思いますか?
森数:まず大前提として、キャリアは「本人だけの責任」で考えるものではないと思っています。環境によって、人は伸び方も発揮できる力も変わります。だからこそ、組織が「この人の可能性はどこにあるか?」という視点で支援をすることが大切です。
よく「キャリアについて向き合うと、転職されてしまうのでは?」という不安の声も聞きます。でも、私はむしろキャリアの話を避けたままにしておくほうが、結果として離職のリスクが高くなると感じています。社員にとって「ここでも自分の未来が描ける」と思えることが、エンゲージメントの土台になります。
特に最近では、時短勤務の社員や、男性の育休取得など、ライフステージとキャリアの関係がますます複雑になっています。こうした多様な働き方に対して、「制度対応」だけでなく、“その人がどんなキャリアを描きたいのか”を個別にすり合わせる対話が不可欠です。たとえば、「小さな子どもがいて大変だろうから、責任のあるポジションには置かないでおこう」など、良かれと思って配慮のつもりでしたことが、結果的に社員のキャリアブレーキになるということだってあります。
会社のキャリア支援は「未来の選択肢を一緒に増やすこと」です。キャリア面談や1on1も「やりたいことを言わせる場」ではなく、「一緒に問いを立てる場」にすることが大事です。
“今の仕事にどう意味づけできるか?”を一緒に見つけるだけでも、その人の視野は広がります。
――最後にキャリア形成のやり方に悩んでいたり、自分の人材としての価値に自信がなかったり、やりたいことがなくて焦っている人にメッセージをいただければと思います。
森数:「やりたいことがない」、「自分には何もない気がする」、「今の働き方が正解かわからない」そんなふうに感じている人に一貫して伝えているのは、“今までやってきたこと、全てに意味がある”ということです。
強みって、必ずしも目立つものや、他人と比べてすぐにわかるものばかりではありません。自分では「大したことない」と思っているようなことが、実はすごく価値のある経験だったりもします。 誇っていいこと、ちゃんとある。見えにくいだけなんです。
自分の“今”のキャリアの状態を見極める、現在地を知ることって、思っている以上に難しいんですよね。なぜなら、強みも含めて誰かとの比較で決まるし、市場の状況で変わったりもする。知識があっても、わからない。むしろ「自分のことが一番わからない」っていうのが自然なことだと思います。
未来は不確かで、見えにくいもの。でも 過去は、誰にでも等しくあります。 そしてその過去には、たくさんの光がある。ちゃんと見つめ直して、意味を与えて、言葉にしていけば、そこから“未来を選べる自分”になっていけます。
焦らなくて大丈夫。諦めないでください。あなたの過去は、必ずあなたの未来をつくる力になります。そして、その未来を選び取るためには、やっぱり「戦略」が必要なんです。