だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『ヒキコモリ漂流記』山田ルイ53世著

提供: 本が好き!

皆さんは髭男爵というコンビを覚えておられるだろうか? 貴族と執事の扮装をしたコンビがワイングラスを手に取り、ステージ上で「ルネッサンス!」と朗々と乾杯を交わし、そして「貴族のお漫才」を披露するという……なんでも「一発屋」芸人として栄誉ある(?)賞まで受賞したそうなのだけれど、テレビを殆ど見ない私でさえも彼らのことを知っていたのだ。よほど売れたのだろう。そんな「一発屋」芸人の山田ルイ53世氏(髭を蓄え貴族に扮した方の人物)が書いたのが、本書『ヒキコモリ漂流記』である。改めて書くが、私は本書を読んで落涙した。これはこの私の事情が大きいので、それについて書こうと思う。だからこの文章は「書評」ではない。

山田ルイ53世氏は子どもの頃から「神童」と呼ばれていたという。勉強も出来、スポーツも出来、人気者でクラスではリーダー扱いされるようになっていた。難関と言われていた中学にも見事に合格し、末は東大へ……といった絵に描いたような順風満帆な人生を送っておられた方である。その人生はしかし、中学生時代にお腹の具合が悪くなってウンコを漏らすという出来事により一変する。それまでも無理をして生活に馴染んでいたという心理的なプレッシャーがあったのだろうが、そのたった一回の失敗が(と書くともちろん失礼かもしれないが)、「神童」の運命を変えたわけだ。

それで、ウンコ事件が起こったせいで登校を拒否するようになり中学二年の頃から引きこもり生活を始めるようになる。その引きこもり生活は六年間続いた。とは言えコンビニでのバイト程度のことはしていたらしい。だが、狭い町中でのこと。「神童」の引きこもりに依る奇行ぶりはやがて周囲に認知されるようになり、回覧板で暗にその奇行を窘めるような内容の文章が出回るようになり山田ルイ53世氏は点々と当てもなく引きこもりのまま六年間、成人になるまでの時間を引っ越しながら過ごすのである。

成人式が始まり周囲の人間がどんどん「成人」になるころから焦って勉強を始め、なんとか入れる大学に入学し……ここからが面白いのだがそれについては割愛しよう。ひょんなことからお笑い芸人の道に入り、極貧の生活を重ね今の相方である樋口氏と出会う……というものなのだが、本書を髭男爵として売れるまでの「サクセス・ストーリー」、つまり引きこもり生活が糧となって成功した……と読めないのがこの本の困った面白さなのだ。引きこもり経験は何処までも恥ずべきこととして山田ルイ53世氏の中では処理されているように見える。

「サクセス・ストーリー」ではない。つまり、読後感は(私だけかもしれないが)そんなにスッキリしないのだった。むしろ本書では先述したそのウンコ事件以外にも山田ルイ53世氏がどんなに計算高く鼻持ちならない人間だったのかが、自分から進んで赤裸々に綴られる。幼稚園児の頃の話から小学生の頃のこと、そして引きこもり生活での己の身の処し方から大学生になって……そういった折々に触れて自分がヤケに人間として劣っていたかが、これでもかと言うほど露悪的に綴られる。ある意味では本書は山田ルイ53世氏が「吾輩は(という一人称が似合いそうなのでこう書くが)こんなに鼻持ちならないイヤな奴だったのである」と、もちろん氏なりのユーモアを交えて軽妙になのだけれど、自己を痛めつける作業の産物として読めるのだ。

それは(私も『人間失格』程度しか読んでいないが)太宰治を彷彿とさせる……と書けば過褒になるだろうか。ここからは完全に余談だが、読みながら何故私が泣いたのかを書くことにしたい。私もまた子どもの頃から、スポーツは全然ダメだったけれど勉強はそれなりに出来たのでそれなりの大学に入ったのだった。私もまた鼻高々だった時代があったわけである。それが就活の失敗に依ってプライドがズタズタに傷つき……そんな事件があったからだ。だから就活の失敗でヤケを起こして酒に逃げてアルコール依存症になってしまったのだろうか……などと考えながら読まされた。だが山田ルイ53世氏は私とは違い「神童」である。持ってたプライドは並ならぬものがあったのだろう。それ故の挫折体験が身に沁みる。

苦労話、あるいは自分の惨めさや卑屈さはこれでもかと言うほど語られる。髭男爵として一世を風靡するまで……だが先にも書いたがこれは「サクセス・ストーリー」ではない。苦労があって今の自分がある、という展開にはならない。むしろ苦労時代を恥としてそのまま受け留め、処理し切れないまま心の闇として抱え込んで生きて行くしかない男の惨めさが浮き彫りになって来る作りになっているのだ。山田ルイ53世氏の中でまだまだ当時のトラウマや引きこもり時代のことは悩みの種として残っているのだろうか? 「人生が余った」とまで考えてしまった引きこもり時代の反動が親となった今では逆に娘を養うためにプレッシャーになっているという語られ方がされる。頑張り過ぎて墓穴を掘ったエピソードはここかしこに登場する。庶民の要らぬお世話だと思うが、山田ルイ53世氏がまた燃え尽きたりしないように祈るだけだ。

この本はその意味で実に語りづらい本だ。語らんとすればどうしてもこの私の幼少期の思い出や挫折体験についても触れなくてはならないように思われたので、私自身のつまらない思い出を語らせて貰った。その後断酒会に入ってからも私の中ではまだそのプライドが残っていて我が身を恥じさせられたこと……そんなことまで書いていたらこの書評は一万字を越えるのでここで〆にする。本書は決して明るい書物ではない。むしろ果てしなく暗い、出口なんて何処にも見えない本だ。髭男爵だって今でこそ「一発屋」扱いはされても美味しい思いをして食って行ける身分にはあるが、それがどう転ぶか分からないことは山田ルイ53世氏が一番良く自覚しているのだろう。氏のクレヴァーさに舌を巻きながら私は本書を読まされた。「サクセス・ストーリー」は期待してはならない。

語弊があるが、これはもう「文学」だ。太宰の惨めさを味わうように、読者の方もそれぞれ己自身の恥(誰だってウンコ事件程度の失敗はあるだろう)と向き合いながら読まれることを薦める。山田ルイ53世氏がグッと身近に感じられて、私としては大変興味深い読書だった。迷ったのだが私自身の恥もそれなりに明かしたこの感想文がひとりでも多くの読者を本書に誘うことが出来たなら良いのだが。

(レビュー:踊る猫

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ヒキコモリ漂流記

ヒキコモリ漂流記

髭男爵・山田ルイ53世の七転び八起きの壮絶な半生