だれかに話したくなる本の話

『辞書から消えたことわざ』時田昌瑞著【「本が好き!」レビュー】

提供: 本が好き!

「一人娘が妹を連れて井戸に飛び込んで焼け死ぬ」=「あり得ない事」を示す「ことわざ」だそうです。
一人娘なのに「妹がいる」のは「ありえない」し、井戸に飛び込んだら水死はしても「焼け死ぬ」のは「ありえない」。
2段突きで強烈な意味を持つこんなダーティーな「ことわざ」、本で見たことも聞いたこともありません。

そんな現代人があまりお目にかからなくなった「ことわざ」たちばかりが、本書にはひしめき合っています。
「ことわざ」なんて昔から伝承されてきたんだから、一字一句違ってちゃダメなんじゃない?・・・と思いきや、発祥した時代から現代までの時の流れにゴリゴリ揉まれ、語句の長さが変わったり、意味が違ってきたり、死滅して別のことわざに取って代わられたりと、中々に激しい歴史を過ごしてきたようです。

ことわざ研究の第一人者の著者は、数々の資料に埋もれたまま忘れ去られていることわざを発掘収集した中から、
「文句の耳響きのよさと、表現の技巧」
「奇抜な例えと着想」
「歴史的著名人と文豪の著作にある注目されるべき語句」
・・・などを考慮して選び抜いた、珠玉の200語句を紹介しています。

知らなかったけどコレは良い!と思ったのが、
☆「雪と欲はつもる程道を忘れる」
雪がつもれば道の境が隠れ、田畑や小川との区別もつかなくなり、歩くのが危険になる。
欲がつもって目が眩めば、ことの善悪や理非がわからなくなり、己を省みることもできず、人の道を踏み外して破滅する。
言い得て妙な上、雪国・新潟のことわざだからこそ雪の使い方が見事です。

☆「馬は伯楽に遭って千里の麒麟となる」
伯楽=馬を見分ける人だったのが、転じて育むのが上手い人。
「普通の馬でも育て上手に出遭えば、千里を走る麒麟に変わる」の意味で、教育や指導が占める役割は重要だ、ということ。
まず頭に浮かんだのが、イチローでした(笑)。

さて、どこまでも心憎い著者は、全部が初見だと読者が馴染みにくいだろうと、使われる頻度は少ないながら現代でも使われることがあることわざも、幾つか入れています。

☆「人の女房と枯れ木の枝は 上りつめたら命がけ」
本書では「上るほど危ない」で紹介されていますが、落語で耳にしたときに洒落てるねぇと舌をまきました。語呂もこっちの方が良いでしょ?
他人の女房にのぼせ上がって恋愛感情が募れば、抜き差しならなくなって身の破滅だし、枯れ木はもろくなってるから、上って行ったらそのうちボキッと折れて落っこちて身の破滅、の意味。

☆「(恋にこがれて)鳴く蝉よりも 鳴かぬ蛍が身をこがす」
本書では(恋に~)部分が無いのですが、都都逸か何かで聞いたのがこっちでした。
元ネタと思われるのが「後拾遺和歌集」だとは驚きです。
大音響で恋の歌をシャウトする蝉よりも、自分の光で我が身を焦がすような蛍の想いの方が熱い・・・との意味ですが、虫差別ではなく情感と語呂を楽しむことわざです。
あいらぶゆーだの、まいすいーとはにーだの、臆面もなく言えちゃう異国の方には通用しないですよねぇ・・・。

楽しく本書を読んでいて、ふと「ことわざのたまご」を思い出しました。
「たまご」の方は、まだ「ことわざ」として生まれる前の言葉たちへの輝く期待が詰まっていました。
本書の「長く世の中で生きて変わったor死滅したことわざ」たちにもう一度脚光を!という願いにも、同じくらい熱烈な「言葉への愛情」があふれていて、何だか読んでるこちらまでが幸せになってきます。

そんなわけで日本語の妙を楽しみたい方全てに、ちょっと小粋な言葉をお探しの方に、本書をお勧めいたします。

(レビュー:薄荷

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

本が好き!
辞書から消えたことわざ

辞書から消えたことわざ

斯界の第一人者が、35年近くの“ことわざ拾いの旅”から「埋もれた名品」200本超を厳選。「花の下より鼻の下」「心太の幽霊をこんにゃくの馬に乗せる」―表現や語感の良さ、言い回しの妙はもとより、成り立ち、使われた文芸作品、時代背景などの蘊蓄を駆使しつつ、絶妙な譬えを有する面白おかしい“庶民哲学”の世界を紹介する。ことわざを視覚化した絵画やカルタも多数掲示。声に出して読め、見て楽しめる珠玉の読本。

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