だれかに話したくなる本の話

支店長に嫌われた銀行員が背負う「外れない十字架」とは

同じ会社勤め、とはいえどんな仕事にもその仕事ならではの特色があり、人間模様がある。それは他の業界、業種、会社で働く人からすると、新鮮だったり、時には奇異に映る。

「サラリーマン社会」の極北といえば、銀行員である。近年実力主義に変わりつつあると言われているが、かつては上司に気に入られなければ出世の道は拓けず、ミスをして上司の顔に泥を塗れば数年間は冷や飯を食わされる世界だった。

■支店長に嫌われたら最後「外れない十字架」とは

そんな銀行員のリアルを明かしているのが『メガバンク銀行員ぐだぐだ日記――このたびの件、深くお詫び申しあげます (日記シリーズ)』(目黒冬弥著、フォレスト出版刊)である。誰もが知るメガバンク「M銀行」に長年勤める著者が、その内幕を赤裸々に明かす。

どの会社もそうだが、上司からの評価がその後の会社での居心地やポストに大きく影響することがある。気に入られればその後の仕事がやりやすくなるし、嫌われればその後は推して知るべし。著者の目黒さんも上司に嫌われたおかげで冷遇された一人である。

ただ、目黒さんの場合かなり同情すべき余地がある。 当時目黒さんはM銀行宮崎中央支店に配属されたばかり。この支店には、他人のミスはどんなに小さなものも許さない「病的な完璧主義者」として知られる厳しい支店長がいた。

M銀行には定期的に本店の人事部から担当者がやってきて、行員と面談をする慣習があった。その目的は支店長の支店管理能力を評価するためである。

当然、支店長は自分の評価に関わるこの慣習を重視する。そのため人事部担当者と面談する行員には、どんな質問にも完璧に答えられるように想定問答が叩きこまれた。ところが、そう都合よく物事が進まないのも会社という世界である。面接予定の行員の一人がひどい風邪をひいてしまったのである。

代わりに、ということで人事部担当者が指名したのが著者である目黒さんだった。その時目黒さんは四日前にこの支店に異動してきたばかり。支店の事情も知らなければ、支店長についても「完璧主義者」ということしか知らない。

そんな目黒さんに相手は次々と答えに窮する質問をした。
「支店長の経営方針を教えてください」
「支店全体の預金残高、貸出残高はどうなっていますか?」
「支店長はどんな人かひとことで説明してください」
いずれにも目黒さんは答えることができなかった。答えられるはずのない質問だったのだ。

「ずいぶんなことをしてくれたみたいだね。俺の顔に泥を塗ってくれたね」
面接を終えた目黒さんに支店長は苛立った様子でこう告げた。

「キミにはこのさき、冷や飯を食べてもらうわ。わかるかな?十字架だよ。まあ、簡単には外れないからな。そのくらいのことをしてくれたんだよ。ナメるな!」と怒鳴りつけて飲んでいた缶コーヒーを投げつけられた目黒さんは頭を下げて詫びたが、支店長は「これからずっと苦しむがいい!」と椅子を蹴り上げて帰ってしまったという。

支店長の発言は脅しではなかった。それから目黒さんは支店長からの壮絶な嫌がらせに遭うことになった。

ただ、気になるのは支店長の発言にあった「簡単には外れない十字架」である。これも脅しではない。後に目黒さんが知ったところによると、M銀行の人事評定では、1人の支店長から最悪の人事評価を下された場合「バツ印」が2つつく。次の支店長が最高評価をつけるとそのバツ印が1つ減る。これが2回あってバツ印が消えないと昇進ができないとのことだった。まさに「簡単には外れない十字架」である。

バブル崩壊後の債権回収で評価を挙げた行員が、次にやってきたITバブルで銀行が融資に前のめりになったとたんに冷遇される話。そして出世コースから外れた行員のたどる道のりなどなど、銀行員の悲哀も喜びも詰まった本書。大企業の会社員であれば共感する点は多いはず。そうでない人にとっても知らない世界を知る喜びがある一冊だ。

(新刊JP編集部)

メガバンク銀行員ぐだぐだ日記――このたびの件、深くお詫び申しあげます

メガバンク銀行員ぐだぐだ日記――このたびの件、深くお詫び申しあげます

M銀行は最近、世間を騒がせるいくつかの不祥事を引き起こした。
多くの行員がその対応、事後処理にあたり、私もその最前線にいたひとりだった。
ニュースで報じられる事件の裏側には、現場で汗を流し、時に罵倒され、頭を下げている人たちがいる。そんな生身の姿を知ってもらいたいと思った。
――四半世紀を超える銀行員生活で、語りたいこと、語らずにはいられないことがある。

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