だれかに話したくなる本の話

円城塔、藤野可織、穂村弘…新創刊の文芸誌に注目作家が集結!

不振が続く出版業界。
 目につくニュースといえば、書店の廃業や雑誌の休刊など暗い話題ばかり、景気のいいニュースは『火花』の芥川賞受賞が最後かもしれない。

 こんな話から始めると『たべるのがおそい』(書肆侃侃房刊)の試みを理解しやすいのではないか。
 『たべるのがおそい』は、今年4月に創刊された文芸ムック。国内外の小説やエッセイ、短歌などが収められた「新しい文芸誌」だ。

 「文学書が売れない」「雑誌も売れない」と言われるなか、この両方の要素を併せ持つ出版物の創刊は大きな冒険だ。このチャレンジにいたったいきさつを、編集長の西崎憲さんに聞いた。

◇ ◇ ◇

■芥川賞作家に超有名歌人 『たべるのがおそい』創刊号に集った作家たち
 
 西崎さんは、翻訳家・小説家・作曲家として活動し、ヴァージニア・ウルフやヘミングウェイの翻訳で知られる。その西崎さんいわく、『たべるのがおそい』を立ち上げた一番の動機は「自分が読みたかった」というシンプルなものだったようだ。



 「ありがたいことに、原稿をお願いした方々は全員引き受けてくれた」という創刊号の執筆陣は、西崎さん自身思い入れのある豪華な面々がそろった。

 2012年に『道化師の蝶』で芥川賞を受賞した円城塔さんからは、執筆オファーへのOKの返事とともに「何かテーマがほしい」というリクエストが届いたという。
 「そのテーマによって小説の雰囲気が決まってしまったら怖い」(西崎さん)と、考えに考えて「intermediate(仲介する、媒介する)」というテーマを円城さんに伝えると、短編小説「バベル・タワー」となって戻ってきた。

 2010年に発表したデビュー作「こちらあみ子」が話題になったものの、以降作品の発表がほぼなくなり、「半引退状態」とも言われていた今村夏子さんの最新作「あひる」も創刊号の目玉だ。「出版社の人からも、よく書いてくれたね、と驚かれた」ようで、「商業色が薄くて、ある意味“同人誌”的なところがよかったのかな」。(西崎さん)

 この他にも、藤野可織さんや穂村弘さんなど、日本文学の最高峰に立つ面々の最新作を読むことができる。

■「本棚に置きたいと思うものを」“世界で一番新しい文芸誌”の試み

 また、『たべるのがおそい』では既存の文芸誌になかった要素も盛り込まれている。
 その一つが「短歌」だ。
 西崎さんは「2000年代のはじめ頃から、短歌の新しい波が来ている。そこには現代文学としてのテーマが見えるし、哲学的な要素もある。文学の一つの要素としてアピールしたかった」と語り、創刊号では短歌を大きく取り上げている。

 もう一つ、「本棚に置きたいと思うもの、内容だけではなくモノとしての魅力も欲しかった」と語るように、見た目や挿絵にも工夫が凝らされている。


 
 文芸誌というと、活字がぎっしり詰まった分厚い冊子を思い浮かべる人が多いはずだ。
 「群像」「文藝」「新潮」「文學界」など、既存の文芸誌の多くは、デザインや紙の質感は違えど、基本的には同じフォーマットになっているが、西崎さんは「より手に取りやすいように」ということで、より薄く、ページ数を減らし、判を大きくしたムックの形に行き着いた。「生まれてはじめて最初から最後まで読む文芸誌になりそうだ」という声が届いているという。

 「僭越ながら日本文学のためにがんばろうと思っています。上から提供するようなものではなく、同じ視点に立って“おもしろいよね”と言えるような雑誌にしていきたい」と今後の意気込みを語ってくれた西崎さん。原稿の一般公募も受け付けており、秀でた作品は次号以降の『たべるのがおそい』に掲載される可能性もある。

 衰退が叫ばれる日本の出版界に生まれた小さな芽ともいうべき、新しい文芸誌の創刊。
 『たべるのがおそい』に触れて、最新鋭の文学に触れてみてはいかがだろうか。
(新刊JP編集部/山田洋介)

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山田洋介

1983年生まれのライター・編集者。使用言語は英・西・亜。インタビューを多く手掛ける。得意ジャンルは海外文学、中東情勢、郵政史、諜報史、野球、料理、洗濯、トイレ掃除、ゴミ出し。

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