だれかに話したくなる本の話

“麻薬戦争の国”メキシコ。若者たちはなぜカルテルに入るのか?

メキシコ。近年、日本企業が相次いで進出するなど、ビジネス面で注目を浴びるこの国は、あまりにも大きな闇を抱えていることでも知られる。

「カルテル」――麻薬の製造と売買を行い、利益をあげる非合法組織。
メキシコは、そんな麻薬カルテル同士の抗争が絶えない、世界で最も治安の悪い国の一つだ。

英シンクタンク「国際戦略研究所(IISS)」調べによれば、2016年にメキシコで起きた殺人事件は23000件にのぼったという。これは内戦状態のシリア(6万件)に次ぐ数字であり、カルテル同士の抗争と、そこに政府軍や警察が絡んだ「麻薬戦争」の犠牲者は、一般市民にも及んでいる。

自身が学生だった30年以上前から、メキシコでフィールドワークを行い、ストリートチルドレンの自立支援などにも関わってきたジャーナリストの工藤律子さんは、そんなメキシコの状況の変化に驚きを隠せないでいる。

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――30年前には、すでにカルテルが一般市民と近いところにあったのですか?

工藤:全然…カルテルの存在なんか聞いたこともなかったです。確かに歴史を紐解くと、元になる集団は当時からあったようですが、一般市民を巻き込んだ殺し合いはなかったと思います。

マリファナなどは当時から出回っていましたが、それが火種で無差別な殺人が起きたり、ここまで巨大で組織的な国際犯罪ビジネスが力を持つことはなかったですよ。スラムもわりとのどかな雰囲気でしたね。

――そんなメキシコが、危険な方向に変わってきたのはいつ頃ですか?

工藤:いつ頃と断定するのは難しいですが、振り返ってみて、スラムや貧困層の多い地域の暮らしぶりや空気が変わったなと感じるようになったのは、NAFTA(北米自由貿易協定)の発効(1994年)やグローバリゼーションが拡がっていった頃だと思います。

90年代初め、私が大学院生としてスラムの住民運動の研究をしていたときは、フィールドワーク現場の住民の間に、「貧しくともみんなで助け合おう」という意識がしっかりありました。でも、今はそういう意識が薄れていて、「お金がないと意味がない」という考え方が蔓延しているように感じます。

――地域の連帯が薄れてきたわけですか。

工藤:以前と比べると、隣人を助けるよりもまず自分が大事という雰囲気が強くなってきているということです。

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工藤さんの最新刊となる『マフィア国家』(岩波書店刊)は、戦争状態に陥ったメキシコの中で生きようとする人々、なんとか変革の糸をつかもうとする人々を追ったルポルタージュである。

この本で最初に訪れる街は、2010 年当時、“世界最悪の治安”で知られたシウダー・フアレスである。アメリカとの国境沿いに位置し、川を挟んですぐ北にはエル・パソという都市が栄える。

麻薬戦争とこの街は切っても切れない関係にある。2010年までの3年余りに麻薬戦争絡みで約6000人が死んだ。2009年の1年間に限っては犠牲者が2600人以上。これは異常事態に他ならない。

――シウダー・フアレスはかつて“世界一危険な街”と言われていました。工藤さんの印象はいかがですか?

工藤:2010年に行ったときはそう言われていましたが、その後、2016年にもう一度フアレスに行って、そのときはだいぶ落ち着いた感じがしました。ただ、2018年に大統領選挙があるので、選挙戦にあわせて再び状況が悪化する可能性はありますが…。

フアレスがなぜカルテル間の抗争の中心地の一つになっているかというと、国境だからです。つまり、フアレスを制圧すれば麻薬をアメリカへ密輸しやすくなるので、縄張り争いが激しくなるんです。

そしてここが特に問題なのですが、フアレスに住む貧困層の若者たちはカルテルに加わり続けています。単純に「麻薬カルテル」同士の抗争、「麻薬カルテル」対「軍と連邦警察」という構図があるわけではないんです。一般市民もそこに巻き込まれている。

――それは一体なぜですか?

工藤:一つはいくら頑張ってまっとうに稼いで生きようとしても、犯罪者たちがその平穏な日常を奪っていってしまう現実がある。もう一つは、普通の仕事をするよりもカルテルに加わった方が、一発逆転が狙えるかもしれないからです。

これはメキシコに限らず中南米の大半の国に言えることですが、多くの人がアメリカに行きたいと思っています。アメリカに行けばより良い収入の仕事があって、母国にいる家族に楽をさせられると考えているんです。

しかし、合法的にアメリカに行くことは難しい今、手っ取り早く稼いで豊かな暮らしをするには、麻薬組織の仕事をするしかない。今の生活に全く夢を持てない若者は、それができる可能性のあるカルテルに参加するわけです。

――「カルテルに入らない限り、道はない」ということでしょうか。

工藤:一部の貧しい若者にとっては、まさにそういうことです。富裕層であったり、周囲に将来の選択肢を教えてくれるまともな大人がいる若者は、カルテルに入ろうとは考えません。

――選択肢がない若者は、命を落とす可能性が高くても、カルテルに入ろうとする。

工藤:長生きしてもいい未来はないと思っていれば。自分の命に価値があると考えていないことが多いし、自分や家族が陥っている状況を抜け出すためには大金が必要だと思っています。

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メキシコの貧困層を取り巻く状況の厳しさが、工藤さんの口から淡々と語られていく。

麻薬密輸組織間の抗争は、2004年頃からアメリカとの国境で目立ちはじめた。
2006年12月、大統領に就任した国民行動党(PAN)のフェリペ・カルデロンは、麻薬犯罪組織の壊滅に乗り出した。しかし、それは国内を深刻な戦争状態へと陥らせた。カルテルという巨大犯罪組織と軍・連邦警察の三つ巴の構造は、メキシコで10年間に15万人以上の死者を生みだしたという。

2012年末、カルデロンに代わって新たな大統領が就任する。エンリケ・ペニャ・ニエトだ。ペニャ・ニエトが所属する制度的革命党(PRI)は中道右派の政党だが、2000年まで71年にわたり政権与党を保っていた、いわば日本における自由民主党的な存在である。

しかし、市民の間には、ペニャ・ニエト率いるPRIの選挙不正操作の疑惑が実しやかにささやかれ、さらにメディアへの介入も疑われているという。

 ◇

――メキシコ人によるペニャ・ニエト大統領の評価、見方はどのようなものでしょうか。

工藤:貧困層はペニャ・ニエトの政策について深く考える余裕がないというのが現実ですね。それに、彼は大きな票が取れる貧困地域でプレゼントのばらまきを行いましたから、選挙を不正に操作したとか、メディアに介入しているといった批判にまでは考えが至らないでしょう。むしろより短期の実利的な理由から、彼を支持していると思います。

一方で、学生や市民活動を展開している人たちはペニャ・ニエトに対して疑いの目を持っています。彼らには考える余裕と知識や経済的条件がありますから。

――メキシコの伝統的な与党が復活したのは、その前に12年間政権を担っていたPANに失望したからですか?

工藤:ペニャ・ニエトの前に大統領に就任していたビセンテ・フォックスとフェリペ・カルデロンの2人は、元々野党だったPANの政治家です。なぜPANが政権与党になれたかというと、2000年の選挙で、PRI の腐敗に嫌気がさした人々とPANの支持層であるビジネスマンたちが動いたからでした。

ところが皮肉なことに、麻薬戦争を激化させることになってしまった。また、本来ならば過去2度の選挙の間に左派が政権につけるはずだったのに、選挙不正によって妨害され、国民が考えている通りの政権交代が起きていないというのが現実なんです。

そんな政治の構造は、私がメキシコの取材を始めた頃からさほど変わっていません。勝つはずの候補者が負けている。国民も嫌気がさしています。

――『マフィア国家』を読むと、マスメディアが言論を保つ機関として維持できていない印象を受けますが、実際はどうなのでしょうか。

工藤:マスメディアとして機能しているところはごく一部です。また、フアレスでインタビューした地元紙の女性記者のように、本当のことを伝えたいと思っているジャーナリストたちは、まさに命がけです。

そして、一番の問題が、まともなニュースや新聞を読む人があまりいないことです。読み書きができないわけではないのですが、新聞はインテリが読むものになってしまっている。ストリートにいる子たちや庶民が読んでいるのはコミックだったり、えぐいタブロイド紙だったりします。

――テレビはよく見られているのですか?

工藤:むしろ影響力が強いのがテレビですね。商品広告として使えるメディアは圧倒的にテレビやラジオであると認識されていて、特にテレビは体制寄りの報道をします。ただ、貧困層ではテレビしか見ない人も多くて、いかに新聞に良い記事を載せても、すでに社会批判的な考えを持つ人にしか伝わらない。

――まともな言論活動ができない状況ですね。

(後編は9月22日配信予定)

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マフィア国家――メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々

マフィア国家――メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々

国際社会をも震撼させる麻薬戦争の震源地で何が起きているのか、そして人々は暴力にどのように抗しているのか。その最前線の町に入った本格ルポルタージュ。

この記事のライター

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金井元貴

1984年生。「新刊JP」の編集長です。カープが勝つと喜びます。
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audiobook:「鼠わらし物語」(共作)

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