だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『タタール人の砂漠』ブッツァーティ著

提供: 本が好き!

士官学校を出たばかりの将校、ジョヴァンニ・ドローゴは、最初の任地バスティアーニ砦に赴くが、そこはまさしく辺境の地で、砦の前には石ころとどこまでも乾いた大地がつづく砂漠が広がっていた。

この辞令はきっとなにかの間違いだと考えたドローゴは上官に帰還を申し出るが、4ヶ月待てば経歴に傷をつけずに戻れると諭されて、しばらくこの不毛の地で堪え忍ぶことになる。

そして4ヶ月後、彼は……。

馬は元気に駆けて行く、転機はいいし、大気は暖かく、爽やかだ。人生はこの先まだまだ長いし、まだ始まったばかりと言ってもいいほどだ。…(中略)…こうしてゆっくりとページがめくられ、もう終わってしまった他のページの上に重ねられる、だが、読むべきページは無限に残っている。だが、中尉よ、それでもやはりひとつのページが終わり、人生の一部が過ぎ去ったことにはちがいないのだ。

バーナード嬢曰く。
"長々と何も起こらなそーな小説って、読み続けられないんだよね……他にもっと楽しい小説があるのにって思っちゃって"と言わしめたこの物語は、一人の将校が、町から遠く離れた“一度も役に立ったことがない”国境の砦で、年月を重ねていくただそれだけの物語だ。

もしこの物語からなにか教訓を得ようとするならば、あるいはあなたは“引き返すなら今だ”とか“後々後悔しないように”などと思うかもしれない。

それとも“人生はそんなに甘くない”と悟りにもにた感慨を抱くだろうか。

けれども私は思うのだ。
人はいつだって「もしかしたら…」「なにかいいことがあるかもしれない」そう思いながら生きているもの。
成し遂げることよりも成し遂げられなかったことの方が多いかもしれないが、あったかもしれない人生が実際の人生より良かった保証はなにもない。

その間にも時は流れて、その音もない鼓動がいっそう性急に人生を刻んでいく、一瞬立ち止まり、ちらりと後ろを振り返る余裕すらない。「止まれ、止まれ」と叫んでみたところで、もちろん無益なことだ。すべてが過ぎ去ってゆく、人も、季節も、雲も。石にしがみつき、大きな岩の先端にかじりついて抗おうとしても無駄だ、指先は力尽きて開き、腕はぐったりと萎え、またもや流れに押し流される。そして、その流れは緩やかに見えても、決して止まることを知らないのだ。

 

なにも起こらないのに、無駄な文章が一つもないこの美しい小説は、なにも成し遂げることがなかったドローゴの人生にもまた、無駄なものなどなに一つなかったのだと思わせてくれる。

(レビュー:かもめ通信

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『タタール人の砂漠』

タタール人の砂漠

辺境の砦でいつ来襲するともわからない敵を待ちつつ、緊張と不安の中で青春を浪費する将校ジョヴァンニ・ドローゴ―。神秘的、幻想的な作風でカフカの再来と称される、現代イタリア文学の鬼才ブッツァーティ(一九〇六‐七二)の代表作。二十世紀幻想文学の古典。

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