だれかに話したくなる本の話

『おちび』エドワード・ケアリー著【「本が好き!」レビュー】

提供: 本が好き!

これまた読み応えのある訳者あとがきを入れて総ページ数はおよそ600ページ。
なんなく自立する厚さにたじろぐ人もいるかもしれないが、そんなときは、とにかく一度手に取ってみて、どこでもいいからページを開いてみることをお薦めする。

試しに私もやってみよう。
パッと手を離して開いたのは322ページ。
主人公の“おちび”がなんと、あのマリー・アントワネットの出産に立ち会うシーンだ。
間違いなく王妃が産んだこと確認するために、その出産には大勢の立会人がいたという話は、何度聞いてもぞっとするが、おちびの関心はもっぱら別のところにあったようだ。

 王妃の結婚相手は錠前師だった。
 王妃の結婚相手の錠前師は、ルイ十六世と呼ばれていた。
 わたしは喝采したかった。わたしはだれかに話したかった。でもだれに?エドモンには話せない。じゃあ、だれに?それでわたしは先生に手紙を書いて知らせたくなった。ジャックにはこの絞首刑とは正反対の出来事を伝えたかった。でも、不安になった。もし手紙を書いたら、クルティウス先生はわたしのことを思い出し、未亡人はどうして王妃の顔の型を取る許可をいまだにもらってこないのだ、と責めるだろう。でも、素晴らしいことでしょ、国王と知り合いになれたなんて!わたしは知り合いになった。このおちびが!それでわたしは、クルティウス先生がよくしていたように、小さく拍手した。

そう。心配はいらない。長さに躊躇う必要はまったくないのだ。
どのページを開いても、声を出して読んでもよどみのないほど、読みやすくリズムのある翻訳があなたをこの物語が織りなす不思議な世界に導いてくれるに違いない。

おまけに作者のケアリー自身が書いた沢山の挿絵!
このなんとも奇妙で不気味なスケッチがまたすごい。

本書は、蝋人形の作成者として世界的な成功を収めたマダム・タッソーその人が、老境を迎えて自分自身の半生を回想して語りあげる……という設定のフィクションだ。
だから作中にある絵もすべて、のちのマダム・タッソー、“おちび”ことマリー・グロショルツが描いたという設定になっていて、この「彼女の」スケッチがまた、物語を構成する重要な要素の一つになっているのだ。

フランス革命前後のパリの街の様子、あの人、この人の顔に浮かぶ表情、隠したくても隠しきれない胸の内、そうしたものを丁寧に描き出した物語は、数奇な運命をたどったひとりの女性の物語であると同時に、愛憎入り乱れた複雑な人間模様を描き出す群像劇でもあり、さらには歴史小説としての面白さも十二分に兼ねそろえた読み応えのある物語だった。

これは余談だが……
「『英女王「引退」を了承』で使用した写真は、ロンドン市内のろう人形館に展示されているヘンリー王子とメーガン妃のろう人形の写真でした。」`
先日、某新聞に掲載されていた謝罪広告を目にして、思わず笑ってしまったのは私だけではないはず。

ちょうどこの本を読み始めたところだったので、おかしさも倍増だった。

(レビュー:かもめ通信

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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おちび

おちび

『堆塵館』の著者が描く、マダム・タッソーの数奇な生涯。古屋美登里翻訳。

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