だれかに話したくなる本の話

「遺産はいらない」といっていた親族が豹変 相続のプロが目にした「争う族」の怖さ

誰でもいつかは直面するのが、親の死だ。
悲しいことだが、悲しんでばかりもいられない。残された家族の前に現実的な問題として立ちはだかるのが、「相続」である。

この相続、事前に準備しておくかどうかで、その後の家族関係や資産に大きな差が出る。これまで3000件を超える相続案件を手掛けてきた「相続トラブルバスター」・江幡吉昭氏は、著書『プロが教える 相続でモメないための本』(アスコム刊)で、相続をする側・される側双方に、相続についての基礎知識と今のうちにやっておくべき準備を解説している。

相続がきっかけで、家族仲が悪くなり、絶縁状態になる家族もいれば、円満に相続を終える家族もいる。両者を分けるものは何なのか。江幡氏にお話をうかがった。その後編をお届けする。

■身近な人が「争う族」になったことで相続のプロに

――前編のお話にもありましたが、本書では遺言作成の重要性について繰り返し説かれています。江幡さんが遺言書を残しておくことの大切さを実感したエピソードがありましたら教えていただきたいです。

江幡:実は僕の身近な人が相続で争ったことがあるんです。親友の母の話になります。
親友の母には姉と兄がいました。その姉が亡くなった時のことです。姉は独身で、それなりに財産があった。

表紙

兄は自分でビジネスをやって羽振りがよかったので、親友の母が姉の介護をしていたこともあって「自分は遺産はいらない」と言っていたんです。つまり姉の生前、兄は「全額、妹が相続していい」と言っていたのです。

そうこうしているうちに兄はビジネスを売却してひと財産を得て、それで公益株を買いました。当時、公益株は配当が良かったですし、値動きも安定していましたから、退職金の運用によく使われていたんです。ところが、東日本大震災が起きて、株の価値が十分の一になってしまった。そのタイミングで姉が亡くなったんです。

そうなると、兄は「遺産はいらない」という過去の発言なんて関係なく、自分の相続分を要求してきますよね。姉は遺言書を残していなかったので、そこでモメてしまったわけです。

――遺言書があれば江幡さんの親友の母がスムーズに相続できたのに……。

江幡:そうなんです。結局、親友の母が泣き寝入りする形で半分ずつ相続したのですが、遺言があれば、事前の申し合わせ通り彼の母が100%相続できました。兄弟(兄妹)間の相続には「遺留分」がないので、兄は何もできなかったはずです。

身近な人でこういう争いをしているのを見ていたことが、遺言を残す重要性を知ったきっかけでした。口約束は当てにならないんだなと。

――とはいえ「遺言を書いて欲しい」と親や親族に話すのは躊躇しますよね…。遺言を書いてもらうベストタイミングというのはあるのでしょうか?

江幡:はい、あります。それは、やはり体調を崩した時なんですよね。体調を崩すことは誰にでもありますし、例えいつも精力的で気丈な人であってもふとした時に弱気になってしまうことがあるんです。

だからといって、本人が納得していないのに周りが勝手に進めてしまうと、後々トラブルになり遺言取り消しにつながることも。なので、強引に進めることは絶対にしません。恋愛も同じですよね、何事も機が熟さないとうまくいかないものです。

そういったことも含めて、これまで関わってきた3000件の相続相談の経験をもとに、その顧客にとってベストタイミングを見極めて進言することができます。

――ただ、遺言は必ずしも万能ではないとも聞きます。遺言があっても相続でモメてしまう場合はどんなことが起きるのでしょうか?

江幡:今お話した「遺留分(兄弟姉妹以外の相続人は相続財産の一定割合を取得できる権利)」を侵害しているケースはモメますよね。遺言を残すにしても、そこには留意する必要があります。

あとは、親族や親族の配偶者に「わけのわからない人」がいるケースも要注意です。法律としてルールが決まっていても、それを無視して土足で入り込む人も、中にはいるので。

――江幡さんは、金融や保険の世界でキャリアを積んできたとお聞きしました。相続の世界に入ったきっかけは何だったのでしょうか。

江幡:学生の頃から金融業界で独立しようと思っていたので、まず何社か経験して10年後に独立しようということで、保険会社に就職して、それから富裕層向けのプライベートバンクに転職しました。

プライベートバンクって、いわゆる「一見さん」はいなくて、限られた顧客にしっかり寄り添って資産運用や税金対策の相談に乗っていくというスタイルなのですが、顧客の方々が一番心配していたのが相続だったんですね。そこで相続対策の相談を受けているうちに知識が増えていったわけですが、それが独立してから生きた形です。気づいてみたら業務の半分が相続関連になっていますね。

――相続の際は顧客との信頼関係をいかに築くかが大事なポイントだと思います。この点について江幡さんが大事にしていることはありますか?

江幡:、嘘をつかないこと。それと変に忖度せずにメリットだけでなくデメリットも説明することですね。そのうえで顧客に選択肢を提供するということを大切にしています。自分達の利益に誘導したり、自分の考えを押し付けてくる「専門家」には注意してください。結局、顧客ファーストではないのです。私たちが3000件を超える相続を手がけられているのも、デメリットも含めて直言する姿勢が信頼を生んでいるからだと思います。

――相続の仕事を始めた頃の失敗エピソードなどがありましたら教えていただきたいです。

江幡:ある著名人の相続対策を手掛けたことがあるのですが、その仕事を途中で大手弁護士事務所に取られたことですかね……。こちらとしては顧客にとって一番メリットがある提案を低価格でご案内したのですが、大手事務所は数段劣る提案を何十倍もの値段で提示して、しかも顧客はそちらを選んだ。ブランディングというものの大切さを思い知りました。

――また、キャリア全体を通しての挫折体験や、そこから立ち直ったエピソードなどもお聞きしたいです。

江幡:プライベートバンク時代に経験したリーマンショックはやはり大きかったです。当時何か大きなことが起こるっていうのはわかっていたので、僕は自分の顧客に対しては投資をさせずに、資金を引き揚げさせていたんです。だから大きな損失を出さずに済んだのですが、同僚の営業マンの顧客や顧客の会社の中には破産したところもありました。

そういうのを見て、サラリーマンをやっているうちは、本当の意味で顧客のための仕事をすることはできないなと思ったんですよね。ノルマがある以上、達成するためには顧客のためにならないこともやらざるをえなかったりしますから。独立する決心をするきっかけになったという意味でも、リーマンショックは自分にとって大きな出来事でした。

うちの会社は相続だけではなく、資産運用や法務・税務・財務管理など、預金業務を除けば銀行と同じことをやっているのですが、今回の新型コロナウイルスの流行の中でも顧客の方々に損失を出させず、利益をもたらすことができているのは、当時の教訓が生きているのかなと思います。

――相続を専門にするには相当な知識と経験が必要ということですね。では、なぜ江幡さんは3000件もの相続案件を手がけることができたのでしょうか?

江幡:その理由は大きく二つあると思っています。まず一つに、いくつかの金融機関から信頼を得ているので毎日安定的にご紹介が来ること。またそのご紹介に対して、相続専門のチームを組んで結果を出し続けていることです。

相続専門チームには、私のように金融機関出身者を中心に、税務・財務・運用等の専門家がいます。顧客の現状を俯瞰的に分析する人がいて、その下にそれぞれの専門家が対策を考えて全体最適な提案を出し続けられるのが大きな強みとなっています。

そして、プロフェッショナルとして仕事をし、あくまで顧客の利益の一部を報酬としてもらうという考え方がベースにあるので創業以来12年以上にわたって一度も会社としてノルマはありません。我々の信念は、大企業ではできない「顧客一族と末永い繁栄を図るため一助となるのが使命である」と考えています。

――最後に本書の内容をふまえて、江幡さんの描く理想の相続、そして読者の方々にメッセージをいただければと思います。

江幡:理想の相続はとにかく「モメないこと」です。そのためには前編でもお話した「事前にやっとく。現状を知っとく。専門家に頼んで納得。」というキーワードを実践していただくことがポイントですね。

人間は誰でもいつかは死にます。自分が死ぬ時のことなんて考えたくない人がほとんどだと思いますが、それでも必ず起きることについては、後に残された人のためにも事前に準備をしておくことが大切だということはお伝えしたいですね。

(新刊JP編集部)

プロが教える  相続でモメないための本

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