だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『レプリカたちの夜』一條次郎著

提供: 本が好き!

伊坂幸太郎氏のオビ、「とにかくこの小説を世に出すべきだと思いました」ミステリーかどうか、そんなことはどうでもいいなぁ、と感じるほど僕はこの作品を気に入っています。

「オーデュボンの祈り」などを読むと伊坂さんのこの言葉になるほどと思う。伊坂好きからすれば、現実生活の中にある何か異世界めいた感じに共感する。感覚的な小説は、作者の持っている世界にどこまで共鳴できて、時間を忘れて読んでしまえるか、楽しめるかにあって、小説を読む楽しみはそこにある。

これは、現実を離れた面白さだった。舞台になるレプリカ工場で品質管理をしている往本が、仕事場を歩いているシロクマを見たことから話が始まる。
友人の粒山に話すと「疲れてるんだね」と相手にされない。ところがこの話を聞いた工場長に呼ばれた。なぜか顔色が死人のように悪く「シロクマを見たんだね、それについて調べてくれないか」という。この辺はミステリ小説が始まるような。

そんな大きなレプリカは作っていないけどなどと思っていると。
「われわれにもゾウと同じくらいの記憶力があればよかったのだがね。まあゾウにかぎらず、鮭や花にだって記憶はあるのだけれどね」
そしてゾウの思いやりについて人間と比べたりする。そんな工場長を、上司だからか納得ずくか、別にいぶかしむ風もなく聞いていて、往本がシロクマはここで作ったのだろうかと聞くと、そうだろうね。品質管理だからチェックするのは君だ。などという。

こんな風に会話もなにか空中を浮遊していき、周りの雰囲気も日常の雰囲気ではないようだが、それが不思議でもなんでもなく。何と比べるわけでもなく、こんな中で往本だけは変じゃないかなと感じながらも生活が続いていく。これも次第に、慣れてくる。往本はその後も何げない風に習慣通り仕事をしているが、それにしてもシロクマに出会わないと解決しないがと思ってはいる。

読んでいて、実生活という、生まれながらできあがったものの中で暮らしていれば、時間の流れに乗って年を取るのでそれが生きるのに楽であまり支障もないように見える。違和感もない。往本の薄い疑惑もまぁこの程度だろう。
この世界では、ただ感情的なあれこれはただ個人的な内部のできごとで、本質的には疑いようがない。あまり考えることでもない世界で往本や粒山も暮らしを続けている。
あやふやな存在意識は悩みの種である。なにかか起きていても、軽い時間の流れに乗っていればとりたてて悩むことではない、できれば拘らないで暮らす方法を模索したりしている、ふと疑いを持ったり抗ってみたくなった時があっても、心の中で作り出す別な暮らしの映像は、実生活とは違った形で発現されるのが楽だと思っている。

喜びであれ悲しみであれ、時間を伴った現実は心のありかたを抜きにして流れていく。現実とは直視できないほど四苦八苦に満ちているとすれば、幸不幸など見ないふりをして楽しいことを考えなくては生きていけない。慣れるっていうことで。
ここでは自分の作り出した都合のいい方法で現実を見る、または障害物を丸めて小さくして密かに心にためて身を守っている。そしてよく見ると、現実は、愉快で可笑しなものもあふれている、それをレプリカ工場という虚像の中で展開させ話の流れに乗せる、この作者の並みでない頭のなかを覗きたい。

ごく主観的な自分という実在は、実は勝手な思い込みであって、流行りの言葉で言えば粛々と消化している日常は、本質から遊離した都合のいい虚像かもしれない。

それを書くとすれば、自分自身の本質に関わるありえないような世界で起きる出来事に、真剣に向かい合うと。重い話になる。
無関心にすっ飛ばす。
モニターで五目並べをしているうみみずの机には難しい本が山になっていたり、レプリカはゴーレムのようで水をかければ溶け。地下洞窟にある硫黄温泉でくつろぎ、ブラジルからの出稼ぎ嬢から「あなたなにジルじん?」と訊かれ、太り気味の粒山が頭髪が薄いのもかまわず多くの女にもて、驚くことに妻がいて、彼女は巫女で、お神楽踊りなどを舞いに舞って昇天する。というのもありだろう。

そんな、こちらから見ればありえないようなシーンも、なぜかおかしく、仕事につぶされたと思った工場長が復活しても、居眠り部長がいなくなっても、一面人間生活の内部を描いた広い意味のたとえ話のようで面白かった。 まだあとに発刊されたのは三作しか見当たらないが読んでみようかなと思う。

「02020新潮文庫100」で買っていたがフェアに乗り遅れたm(__)m

(レビュー:ことなみ

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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レプリカたちの夜

レプリカたちの夜

動物レプリカ工場に勤める往本がシロクマを目撃したのは、夜中の十二時すぎだった。絶滅したはずの本物か、産業スパイか。「シロクマを殺せ」と工場長に命じられた往本は、混沌と不条理の世界に迷い込む。卓越したユーモアと圧倒的筆力で描き出すデヴィッド・リンチ的世界観。選考会を騒然とさせた新潮ミステリー大賞受賞作。「わかりませんよ。何があってもおかしくはない世の中ですから」。

この記事のライター

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