だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『恥さらし (エクス・リブリス) 』パウリーナ・フローレス著

提供: 本が好き!

「人は無邪気なお人好しなのではなく、自分で自分を欺くのだ。人は実に巧みに自分を欺く。そうしてあまりにも巧みに欺くので、しまいにはそのことを忘れてしまう。そしてある日、そうした行為が自分に跳ね返ってきて、思いがけずわたしたちを背後から捕まえる」(本書収録『アメリカン・スピリッツ』より)

1988年生まれのチリの新進作家パウリーナ・フローレスが、2015年に発表したデビュー短編集です。全部で9作収められていますが、いずれも素晴らしいものです。

チリというと、1970年に誕生した「世界初の民主的選挙によって成立した社会主義政権」(Wikipediaより)であるアジェンデ政権が、1973年9月11日(もう一つの9・11)の軍事クーデターにより倒され、その後1990年まで軍事独裁が続いた国という印象が私は強いのですが、作者は独裁政権時代を知らないわけで、本書からその時代の雰囲気を窺い知ることは、ほとんどありません。

そのかわり、ここで語られているのは、世界中どこでもいそうな、あまり裕福でない普通の人々の生活であり、親子関係であり、恋人関係であり、友人関係であり、愛憎劇です。そして、最も特徴的なのは、少し謎を残したままの作品が多いことです。

例えば、『よかったね、わたし』は一人称で語られる女学生「わたし」の過去(『セーラームーン』がホットな話題としてでてくることから時代が分かります)と、三人称で語られる図書館勤めの女性の現在が交互に描かれるのですが、この二つの時間の登場人物の接点が明確ではありません。おそらく、こうだろうという推測はできるのですが、明示されているわけではありません。

また、『恥さらし』の中では「あらゆる年齢層の男女を募集中」と謳った「一大オーディション」に、失業中の父親と娘二人が出かけるのですが、結局何のオーディションであったのかは、想像はつくものの、これも明示されていません。その他にも『テレサ』に登場する男と少女の関係、ちょっと衝撃的なラストの意味など、十の謎を十説明しないで、六か七ぐらいにとどめておく話が多いです。でも、実生活で知る「真実」なんて、このぐらいの範囲のことしか分からないのではないでしょうか。

それと、ルシア・ベルリンの『掃除婦のための手引書』もそうでしたが、時々、とても印象に残る文章に出会えます。冒頭にも一つ掲げましたが、あと二つだけ紹介します。

「ホセファは水平線に視線を定めていた。海がまだ蒼穹の上にある水と下にある水を分かつ前の、創世記のころの世界がそうだったように、海と空が同じ暗闇に見えた。
海と空は同じひとつの闇で、UFOは上にも下にもいて、飛ぶことも浮かぶこともいっぺんにできた」(『ライカ』より)

この作品は、恋人と海辺にUFOを見に行った少女の処女喪失の話(マンディアルグの『海の百合』を連想します)ですが、題名は、旧ソ連製のロケット、スプートニク2号に乗せられ、地球生命体として世界で初めて宇宙を飛び、宇宙で死んだ犬の名前です。血統書犬などではなく、ありふれた雑種犬でした。それを思いながら、この文章を読みたいものです。

「わたしはナナおばさんとは違う。わたしは彼女のようではなかった。わたしは責任を負わないし、彼女がしてきたことはなにもしない。それに、誰があんなことをできるだろうか?自分以外のあらゆる人の人生を気にかける生き方。他人に身を捧げ、他人から忘れられ、それでもなお感謝の気持ちを持つ。わたしは感謝の気持ちなど持つつもりはない。17歳のわたしは、じぶんのことを気にかけるべきだと心に決めた。自分の家族だって捨てられる、必要とあらば、どんな相手だって捨てられる、永遠に旅立ち、結果は捨てていくのだ、私はそう考えた。自分は物事を忘れられると期待していた。主役としての自由、自分だけの人生、幸せな暮らしを心の底から求めていた。あのころのわたしは、滑稽なほど世界を相手に胸を張り、世界を打ち負かして無傷でいられると信じていた」(『ナナおばさん』より)

この文章は、17歳を過ぎた者、でも、これを書いている時は17歳の気持ちを忘れてしまうほどには年をとっていない者の気持ちが率直にでているように思えて、わが身を振り返って、私は感動しました。

さて、傑作揃いの本書ですが、私が好きなものとしては『恥さらし』『テレサ』『タルカワーノ』『フレディを忘れる』(映画『エルム街の悪夢』のフレディのことです)『ナナおばさん』『アメリカン・スピリッツ』『ライカ』『最後の休暇』『よかったね、わたし』を挙げておきます。ひらたく言えば、全作品が好きなのです。全作品オススメです。

(レビュー:hacker

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

本が好き!
恥さらし (エクス・リブリス)

恥さらし (エクス・リブリス)

1990年代から現在までのチリを舞台に、社会の片隅で生きる女性や子どもの思いを切実に描き出す。チリの新星による鮮烈なデビュー短篇集。

この記事のライター

本が好き!

本が好き!

本が好き!は、無料登録で書評を投稿したり、本についてコメントを言い合って盛り上がれるコミュニティです。
本のプレゼントも実施中。あなたも本好き仲間に加わりませんか?

無料登録はこちら→http://www.honzuki.jp/user/user_entry/add.html

このライターの他の記事