だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『人質の朗読会』小川洋子著

提供: 本が好き!

朗読された物語のあとには、その物語の作者の職業、性別、年齢、なぜこのツアーに参加したかが、さりげなく記されている。
女性四人に男性四人。職業は、主婦を含めさまざま。年代は、二十代から六十代まで。
語られた内容は、子ども時代の忘れがたい思い出や、大人になってからふと巡り合った日常のささいなできごと。

べつに申し合わせたわけではないのに、どの物語にも”死”が潜んでいる。
”死”は、生の一部であり、自分たちはいつでもそこへ赴く準備ができている、とでもいうように。

仕合せ自慢をする人も、経歴や業績を自慢する人もいない。
ことさら過去の不遇を嘆く人もいない。
きちんと生きた日常の一コマにこそ、自分自身の人生はあるのだと、監禁生活の極限にあって、気づいたかのように。

襲撃事件から百日以上たって、政府軍と警察の特殊部隊が、元猟師小屋に強行突入した。
ゲリラ軍との銃撃戦。仕掛けられていたダイナマイトの爆発。
人質とゲリラ兵は全員死亡した。

添乗員と観光客七人。人質は計八人なのに、物語が九つあるのは、盗聴していた政府軍の兵士が、すべてが終わってから自分の物語を語ったからである。
人質たちに共感し、その死を悼むかのように。

それにしても、小川洋子さんは、擬人化の達人である。
ビスケットもハキリアリも、さりげなく擬人化され、人間よりも人間らしく、それぞれの場所でそれぞれの一生をきちんと生きている。
ひとつひとつの物語が、心が洗われるように美しくすがすがしいのは、人もモノも、物語の中で、つつましくきちんと生きているからではないかと思った。

(レビュー:紅い芥子粒

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

本が好き!
人質の朗読会

人質の朗読会

遠く隔絶された場所から、彼らの声は届いた――慎み深い拍手で始まる朗読会。祈りにも似たその行為に耳を澄ませるのは……。しみじみと深く胸を打つ小川洋子ならではの小説世界。

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