だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『夜が明ける』西加奈子著

提供: 本が好き!

辛い小説だと前評判で何度も聞いて覚悟はしていたけど、やはりそれを超えていく痛みが何度も襲ってくる内容の小説であった。タイトルである「夜が明ける」ことを唯一の希望と思いながら、ただひたすら孤独で暗い道をテクテクと歩き続ける。そんな気持で読んでいた。

よく「見える景色が変わる」っていう。金持ちには金持ちの、貧乏には貧乏にしか見えない景色があり、それはなってみなければ決して見ることがない。

だから本書を読んで自分が登場人物たちの痛みや苦しみを理解できたかというと甚だ疑問が残る。書いている西さんご自身もその辺の戸惑いや葛藤があったようだ。「当事者ではない自分が書いていいのか、作品にしていいのか」と、自問自答されている。読者はもちろん、もはや作者である西さんですらそんな戸惑いの中にいる。

この小説に何度か繁華街を彷徨う鼠などが出てくる。貧困に苦しむ彼は、鼠と同じ位置から鼠たちの姿を追う。そういうことなんだなって思う。地を這うような生活って、鼠たちの表情まで見える位置まで、下へ下へと視線が下がることなのだ。地べたに寝るってことはそういうことなんだ。心身ともにボロボロになるってこういうことなんだ。

この国で今起きていることが詰まっている。貧困、虐待、過重労働、セクハラ等々、ニュースで毎日目にする問題だ。来る日も来る日も繰り返されるこれらの言葉にある意味ならされてしまっている自分に気づく。そして、言葉ばかりで本当に苦しんでいる人の姿に靄がかかっている。そんな自分の生ぬるい部分に熱湯を注いだのがこの作品だった。

あらすじ等は今回割愛したが、「社会にある様々な問題を扱った小説」とひとくくりにしたくない作品である。これを読んだからと言って、弱者のことを理解が出来たとか、問題意識が高まったとか、そんなお行儀の良い感想は自分にはない。でも、何かぼんやりしていたものが刺激され、ヒリヒリした感覚は残っている。具体的にこれといった言葉はまだ見つからないが、それだけ深い内容であったのは間違いない。

「執筆にあたり」という文章が巻末に小さく記載されている。その最後の行を読んで、西さんの強い覚悟と強い思いを感じた。

尚、この小説に関しての責任は、全て著者にあります。

やっぱり西加奈子は強い!筆一本で荒波に向かっていく後ろ姿が見える。わたしにとって西さんはそんな作家と言えるのだ。

(レビュー:Kurara

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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夜が明ける

夜が明ける

直木賞受賞作『サラバ』から7年、本屋大賞第7位『i』から5年。西加奈子が悩み苦しみ抜き、全力で書き尽くした渾身の作品『夜が明ける』が、10月20日、ついに刊行。

「当事者ではない自分が書いていいのか、作品にしていいのか」という葛藤を抱えながら、それでも社会の一員として、作家のエゴとして書き抜いた本作は、著名人、書店員をはじめ、多くの人の心を揺さぶる救済と再生の感動作。

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