だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『夜鳥』モーリス・ルヴェル著

提供: 本が好き!

フランスの作家モーリス・ルヴェル(1875-1926)は、コント若しくは掌編のスペシャリストという印象が強いのですが、長編小説、戯曲、翻訳も手掛けていて、幅ひろく活躍した才人だったようです。しかし、彼を発掘して日本に紹介した翻訳者田中早苗がコントしか手掛けなかったせいもあるのか、コント以外の作品は日本では出版されていません。ルヴェルのことは、別冊宝石第32号に収録されていた田中早苗訳による13の作品で数十年前に初めて知ったのですが、それらも収録されている本書を今回読んでみると、その大半を覚えていて、初読時の衝撃の大きさを再認識した次第です。本書は、田中早苗が編纂・翻訳した1928年刊の同題の本に一篇を追加したもので、彼がルヴェルを訳した全ての作品、31篇が収録されています。

特に気に入った作品を簡単に紹介します。

・『或る精神異常者』
サーカスや演劇などで突発的事故に出会うことに生きがいを見出した男がいて、とある危険な高速綱渡り芸を見せる出し物を、毎日見に行きます。しかし、毎回あざやかな芸を見せつけられるだけです。ところが、ある日芸人と直接話す機会があり、芸の秘密を知ってしまいました。

・『麻酔剤』
愛人の夫人が手術を受けることになり、麻酔を担当することになった医師がいました。ところが、手術が始まると、女性がうわ言を言い始め...。

・『幻想』
ある乞食が、盲目の乞食相手に「だんな様」のふりをする話です。結末のペシズムが印象的ですが、チャップリンの傑作『街の灯』(1931年)の元ネタかも、と思わせる作品です。

・『犬舎』
不貞の妻と、その愛人と、猛犬をたくさん飼っている夫、という組み合わせの話です。

・『闇と寂寞』
「彼等は三人とも老いぼれ、衰え、見るも惨めな有様であった」
足の悪い老女と、盲目の男、聾唖の男、三人の姉弟の話です。

・『生さぬ児』
自分の子供と思って育ててきた息子が、別の男の子供かもしれないという疑いを持った父親の、その子に対する残酷な仕打ちが語られます。

・『碧眼』
かっては売れっ子だった「碧眼」というあだ名の娼婦は、肺病を病み、施設で療養していました。死刑に処された昔のひもだった男の命日に許可を得て墓参りをするのですが、生前約束していた花を買う金もありません。金を得るためには、体を売るしかありませんでした。
なんとも残酷な結末、ラスト一行アンソロジーの資格十分です。

・『麦畑』
麦を刈っている時に、地主と女房の不貞の現場を押さえた夫の話です。

・『青蠅』
自分の殺した女の死体を前に、警察に問い詰められても、知らぬ存ぜぬを押し通す男の前に現れたのは...。
超自然現象を扱うことのほとんどない作者ですが、気味の悪い本作にはその匂いがあります。

・『フェリシテ』
「至福」を意味するフェリシテという平凡な女性のたどる不幸な人生の話です。

・『ふみたば』
愛人だった夫人から別れを告げられた挙句、それまで彼女が送った恋文を返すように言われた男は、はらわたが煮えくり返る思いでしたが、そのようにします。しかし、作家だった男は、ある復讐を企てたのでした。 この作者は、いわゆるオチには重点を置いていませんが、本作は例外です。これも最後の一行アンソロジーの資格十分です。

・『暗中の接吻』
別れた愛人から、顔に硫酸をかけられ、盲目となった男は、しかし裁判では、自分にも非のあったことを訴え、女の情状酌量を懇願します。釈放された女に、男は一度だけ自分にひとりで会いに来てくれるよう頼みます。断るわけにもいかないと思った女は、出かけますが...。 人間の心の怖さを語った作品です。

・『老嬢と猫』
信心深い独り暮らしの老嬢の唯一の友は、牝猫のプセットでした。ところが、プセットがさかりがついたことから、潔癖症の老嬢の精神のバランスが崩れだすのでした。

・『情状酌量』
軍隊に入り遠方で暮らしていた一人息子が、強盗殺人を犯し逮捕されます。駆けつけた母親に対し、弁護士は「情状酌量の余地があれば、死刑にはならないかもしれない」と言います。母親は、自分が村で盗んだ金を埋め合わせるために、息子に無理に金をせびったという偽の証言をし、結果として、息子は無期懲役となります。しかし、母親は...。

・『父』
病気で早死にした母親は、一人息子に、死後に手に渡るようにしてあった手紙を残していました。そこには、息子の真の父親は別の男だということが書いてありました。そして、その男は今も存命で、お前のことも知っている、とも記されていたのでした。

・『二人の母親』
第一次大戦の爆撃で、同じ産婦人科病院に入院していた二人の母親は難を免れましたが、産まれたばかりの赤ん坊は一人しか助かりませんでした。医師も看護師も死んでしまい、どちらの女性の赤ん坊が生き残ったのか知る術がありません。しかし二人の母親は、ある解決策を思いついたのでした。

お分かりのように、不実な妻や親子関係を扱った作品が多いです。その他の傾向として、身分や外見の違いを扱ったものも少なくありません。ただ、これらの作品が輝きを失っていないのは、こういう題材はいつの世にも存在することと、フランス文学伝統の心理描写の巧みさがあるからだろうと思います。

また、この中で更にベストとなると、難しいですが、『碧眼』『青蠅』『暗中の接吻』『情状酌量』を挙げておきます。いずれもペシミスティックな内容のものですが、この辺りは好みの問題だと思います。

(レビュー:hacker

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夜鳥

夜鳥

フランスのポオと呼ばれ、ヴィリエ・ド・リラダン、モーパッサンの系譜に列なる作風をもって仏英読書人を魅了した、鬼才ルヴェル。恐怖と残酷、謎や意外性に満ち、ペーソスと人情味を湛える作品群は、戦前〈新青年〉等に訳載されて時の探偵文壇を熱狂させ、揺籃期にあった国内の創作活動に多大な影響を与えたといわれる。31篇収録。エッセイ=田中早苗・小酒井不木・甲賀三郎・江戸川乱歩・夢野久作/解説=牧眞司

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