だれかに話したくなる本の話

【「本が好き!」レビュー】『海からの贈物』アン・モロウ・リンドバーグ著

提供: 本が好き!

この浜辺での生活から私が持って帰ることになった
一番大事なものは何かと言えば、それは或いは、潮が満ち引きする
そのどの段階も、波のどの段階も、そして人間的な関係のどの段階も、
意味があるということの思い出かもしれない。(本文より)

この本の存在は知っていても、実際に手にとって読もうとするする人は意外と少ないのではないだろうか。

アン・モロウ・リンドバーグといえば、言わずと知れた、世界で初めて大西洋単独横断飛行に成功したチャールズ・リンドバーグの妻であり、彼女自身もまた飛行家として活躍した女性である。

愛児を誘拐されて喪うという大きな不幸はあったが、あらゆる意味で現代文明の最先端を行く特別な女性、と多くの人がイメージしていると思う。

そんな彼女の著書だからきっと、「女性よ、立ち上がれ!」風の勇ましいものか、あるいはこの『海からの贈物』という表題から現代の宇宙飛行士のように、普通の人が見られないものを見た人の、自然や生き物に関するある種の啓示と抒情に満ちた内的告白を想像されるかもしれない。

しかし実際に読んでみると、この本にはそのような種類の主張や信仰告白とは肌合いの違ったメッセージが込められていることに気づかされる。

アン・リンドバーグがこの本の中で表明しているのは、物理的にも精神的にも日々広がっていく世界のなかで、人はいかに自身の本質を見失わずに生を営んでいくことができるか、という問題意識である。

生活のなかで絶え間なく押し寄せる義務や、それに負けじと沸き起こる欲求によって、自分が本当に望んでいる自分の姿や自分の生活を見失うことは、いうまでもなく、彼女がこの本を書いた1950年代よりももっと切実な形で、多くの現代人が直面している問題だ。

それが特に家庭も仕事ももつ女性にとって重要な問題であることも、そしてそれが個人の事情や資質の問題としてではなく、より社会的な視点から議論されなければならないこともまた、たしかなことだ。

この本の中で著者は、この問題に関していくつかの解決法を提示してくれている。

それは例えば、一人の時間を持つこと、生活を物理的に簡素にすること、不要なものを捨てるのを怖れないこと。 そしてどちらか一方を否定することが不可能であればバランスをとることなど、かなり具体的な提言だ。

しかしこれらの助言もそれ自体はそんなに目新しいものでもなく、また「もっと多く、もっと速く!」という価値観に洗脳され切っている現代人が、これらの方法を実行するのは難しいことかもしれない。

また、社会運動的な視点からみれば、この問題を何よりもまず「内的な信念の問題」と捉える著者の考えは「なまぬるい!」ということになるのかもしれない。

しかしこの『海からの贈物』で著者が与えてくれるものは、そんな実利的な個々の方法論というよりむしろ、誰もが内に秘めているある種の精神的な力を引き出す手がかりである。

その力とは、自分にとっての本当の豊かさと平穏な精神生活に対する想像力であり、それは著者が海との対話の中で自己の内面に新たな時間の流れを感じたように、自分より大きなもの、自分とは一見異質なものでありながら、強く惹かれるもののリズムに身を委ねることによって、自らの内に湧き上がるものであるようだ。

著者にとっては、その大きなものこそが<海>なのだった。

「精神と肉体の活動のうちに不動である魂の静寂」──
この一点を探して、それぞれの<海>との対話を始めたとき、人は現代の病理から一歩抜け出す道を歩き始めることにならないだろうか。

機械文明の最先端を生き、子どもたちを育てながら危険と隣り合わせの職業生活を送った著者の言葉だからこそ、静かに重く心に響いてくる。

(レビュー:菅原万亀

・書評提供:書評でつながる読書コミュニティ「本が好き!」

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海からの贈物

海からの贈物

女はいつも自分をこぼしている。そして、子供、男、また社会を養うために与え続けるのが女の役目であるならば、女はどうすれば満たされるのだろうか。い心地よさそうに掌に納まり、美しい螺旋を描く、この小さなつめた貝が答えてくれる――。有名飛行家の妻として、そして自らも女性飛行家の草分けとして活躍した著者が、離島に滞在し、女の幸せについて考える。現代女性必読の書。

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